1話
某日、人類は突如として、絶滅の危機に追いやられることとなった。
連日、たくさんの人が行き交っていた街は見る影もない。ビルは崩れ、かつては青かったであろう空は黒煙で塗りつぶされていた。
所々で人の呻き声が虚しく響き渡る。
――まさに、地獄。
今の光景を表すには、この一言で充分であった。
はたしてこの地球上に、生きている人間は存在するのだろうか。
あちらこちらで火柱が上がる中、かすかに、何か音が聞こえる。
――ジャリ……ジャリ……ジャリ。
小石が転がる音――何かを引きずっているのだろうか。炎、呻き声、引きずる音。三つが奇妙なバランスで、不気味なメロディーを奏でる。
やがて、音の主は姿を現した。
少女だ。制服を着ているのを見てみるに、高校生くらいだろうか。どこかぎこちない歩き方だ。さっきの音は、足を引きずる音らしい。
この場に動いているのは少女だけだが、しかし生きていると思われる人間はただの一人もいなかった。
少女の服はボロボロで、古い血だろうか。赤黒く汚れている。口からはだらしなくよだれが垂れ、そして何より――。
――少女の手には、何者かの腕がしっかりと握られていた。
ズルズルと足を引きずりながら歩く姿はまるで、映画に出てくるゾンビそのものだ。
彼女はその濁った目に何を映し、そしてどこへ向かうのだろうか。その足取りには、一切の迷いがないように感じ取れる。
いや、少女がゾンビである以上、迷いだとかそういう感情は持ち合わせていないのだろうが。
ともあれ、少女が進もうとしている先は行き止まりだ。
元々は道路だったのだろうが、建物が崩れた衝撃だろうか、亀裂によってコンクリートが持ち上がり巨大な壁を造っていた。
壁は圧倒的な威圧感を放っており、節度ある人間ならまず、近づかないことだろう。
まるで空へと続く一本道のようであるそれに、少女は躊躇なく歩みを進めていった。
一歩、また一歩と進む彼女の脳裏に、ある光景が思い浮かぶ。
それは、暑い夏の日。目が痛くなるほどの青空の下――。
少女と、少年。二人、並んで長い長い上り坂を歩く。
二人とも、どこかぎこちない。
ふと、少年が少女の方へと手を伸ばし――。
その手は何も掴むことはなく、どこかいじらしく引っ込んでいく。
これはゾンビである少女が、かつては人間だった時の記憶だろうか。
少女は、ただただコンクリートの壁を見上げていたが、やがて諦めたのか、それとも満足したのか、はたまた他に理由があったのか。
少女はくるりと踵を返し、元来た道を引き返していった。
もうすぐ、日が暮れる。
辺りには、少女の足を引きずる音だけが響いていた。




