疲労
ただ今、王妃様主催のお茶会で、ディル王子の奥様と王妃様と談笑中です。
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………
……
…
私はとってもツカレテイマス。
ディル王子は去年、国の有力貴族のお姫様と結婚したそうだ。
名前はマリーシュレル様。年は18歳。
マリー様は、細くて小柄で儚げで控えめな印象の人。
赤茶の髪の毛が、彼女の印象とは違うけれど綺麗な人だ。
「…そんなことがあってね、本当にディルバードは優しいんですのよ」
おほほほ、と先ほどからずっとディル王子の自慢話をする王妃様は、マリー様とは対照的な迫力美人。
今日も深紅のドレスがお似合いです。
そんな王妃様の話に、控えめに笑いながら相槌をうつマリー様。
王妃様が最近、私をお茶会に誘ってくれるのには理由がある。
理由は簡単。
私がディールの姫だから。
この世界で、私を手にすることは途方もない戦力を手にすることと同義。
で、端的に言うと私とディル王子をくっつけようというワケ。
王妃様の目的は、ディル王子を次代の王にすること。
その駒として、私はとっても価値があるということ。
私が王子側に付けば、今までのようにルイの存在に脅える必要はない。
例え、私が王子の側室になったとしても話はそんなに簡単ではない筈だけど。
王妃様は細かいことには拘らない方らしい。
そうそう。
初対面なのに殺されかけた魔道士ボーグは、この王妃様専属らしくて。
何でも、王妃様がこの王宮に側室としてあがる前から、王妃様に仕えていたそうでかなり有能な魔道士ということだった。
王妃様曰く、ボーグは初日の私への非礼をかなり反省していて、謝罪に来ようとしているようだけどクウちゃんがそれを許さず、私にある一定の距離まで近づくと、威嚇してくるらしい。
私はあの日以来、ボーグの姿をちらっとも見ていないので、それが本当の話なら私の半径10メートルは近づけないことになっているんじゃない?
それで、代わりに何度も王妃様が謝ってくれている。
本気で、私がクウちゃんにお願いをすれば、ボーグの一人くらいどうこうするのは何てことはないからね。
もちろん私も初対面であんなことされて、ボーグに対して良い印象なんてないけれど、だからと言って同じことをしたいわけではない。
それに、この王宮事情を知ってしまった今では、優秀な魔道士は残しておいた方がいいだろうしね。
お世話をしてもらっている身なので、その辺りは弁えているつもりです。
「どうでしょう?今度、ディルバードと二人で遠乗りなどに出掛けては。あの子もユキ様と二人きりになる時間が欲しいでしょうし」
話が途切れた所で、王妃様の王子押しが始まる。
きたきたきた。
「とんでもない。マリー様という奥様がいらっしゃるのに」
失礼のないように、さも驚いたという表情を頑張って作って、言う。
っていうかさ、自分の息子の奥さんの前で他の女をすすめる姑ってどうなの?
もう少し、マリー様に気を使ってくれないもんかな。
「あら。王族に嫁いだ者には、当然のことですわ。強い男の周りに女は集まるものですもの」
ねぇ?と振り返ってマリー様を見る王妃様。
「…えぇ」
小さく笑って頷く、マリー様。
嫌だと思っても、この場で嫌だなんて言えるわけないよねぇ…。
マリー様って、いつもこんな風に王妃様に付き合ってるのかな。
それだと、ストレスも溜まるだろうなぁ。
そんなこんなで、その後しばらく王妃様の王子を押しをのらりくらりと交わして、今は自室に戻ってきてます。
「疲れた~」
「きゅいきゅい!!」
倒れるように、ベッドに横になった私にクウちゃんが心配そうに鼻を押し付けてくる。
あぁ、癒される…。
ぎゅっと、クウちゃんを抱きしめてふぅっとため息を吐く。
私の立場は微妙。
セリンガムの王宮にいる限り、私はディル王子の側にもルイの側にも立てない。
どちらが王に相応しいかなんて、私が決めることじゃないからね。
でも、私の行動一つで決定してしまいかねない。
毎日のように私に面会を望む貴族が絶えないから、やっと覚えた貴族達の勢力図を頭に入れながらディル王子側に立つ人、ルイ側の人それぞれ同じように会って話をしている。
これが、王妃様との会話と同じくらい気を使う。
誤解を招くようなことを言ってはいけないし、あげ足を取られてもいけない。
私が一番恐いのは、私がルイ側に立とうとしているという風にディル王子側の人達に思われたらまたルイの命が狙われかねないっていうこと。
ただでさえも、ルイが私を連れて王宮に帰ってきているから、ディル王子側の人達が神経質になっている。
ルイはまだ子どもだから。
私が守れる部分は守っていきたい。
「でも、正直もうへとへとだよね~」
でも、竜の里へ行けばそんな状態からも多少は開放される筈。
だからもう少し。
それに、今日はこの後ルイとレイと一緒に遠乗りに出かける予定だ。
マイ・エンジェルズの顔を思い浮かべると、顔がにやける。
「頑張るぞ~!!」
私は誰に言うともなく、クウちゃんを抱きしめて呟いた。
「………何で?」
侍女さんに呼ばれて、厩舎の方へ行くとそこには、ルイとレイとなぜかディル王子がいた。
「久しぶりです。ユキ」
キラキラと眩しい笑顔を浮かべて挨拶する王子に、思いっきり顔が引きつってしまう。
あの……とっても気まずいんですが……。
「遠乗りに出かけると聞いて、ぜひ一緒に行きたいと思いまして。以前に約束したでしょう?」
してないしてない。
あれは、あなたが勝手に言っただけ。
そう言えたらどんなにいいか。
「……ユキ。嫌なら遠慮することはない」
ルイの低い声が聞こえて、そちらを向くと不機嫌な顔をした彼と目が合う。
ルイのこんな顔、前にもどこかで見たような…?
でも、これはいいことかもしれない。
二人の本音は分からないけれど、表面上は対立し合っている王子とルイが一緒に出かけることなんて今まで、ないんじゃない?
お付きの人達もいるし、こんな公の状態で何かが起こるとも考えにくい。
波紋は呼ぶかもしれないけれど、現状打破のとっかかりにはなるかも。
もしかして、王子はそんなことも考えている…?
「行きましょう!!」
覚悟を決めて、叫ぶように言えば王子は嬉しそうに笑い、ルイは更に顔をしかめた。
「では、どうぞ」
連れて来られた馬に身軽な動作で跨った王子が、私に手を差し出す。
……ホワィ?
美麗な王子が(白馬ではないけれど)、毛並みのいい馬に跨って手を差し出す様子は絵本の挿絵のようだけど。
こんな姿が生で見られるなんて、本当に眼福だけど。
なぜ、私に手を差し出すのですかね?
馬に乗れない私は、護衛の女性騎士の馬に一緒に乗せてもらうことになっていたはずだ。
「兄上。ユキの馬は決まっています」
ルイの声がして、私も肯定するように必死に頷く。
「ルイシークには悪いが、これは以前から私とユキとの約束だからね」
にこり、と本音が読み取れない微笑みをルイに向けた次の瞬間。
グイッ。
王子の腕が私の腰に回り、そのまま引き上げられた。
「ぎゃぁっ!!」
突然のことに、全く色気の無い悲鳴が私の口から出る。
「「兄上っ!!」」
後ろでルイとレイの叫び声がする。
「お先に失礼するよ」
王子はそう言うと、私を後ろからしっかりと抱きしめた形で、馬を走らせた。
何が一体どうなったの!?
パニックになった私は、もうただただ振り落とされないように必死に馬の鞍にしがみついていることしかできなかった。
「ここならいいかな」
しばらく走って、やっと馬を止めた王子はさっと馬から降りると馬の手綱を引いて歩く。
私の乗馬経験なんて、ポニーに揺られたことぐらいですからね!!
必死にしがみつき過ぎて、体はガチガチです。
王子は確かに見た目からは、想像できない力の強さで抱きしめていてくれたけど。
でもさ、何て自分勝手なんだろうね!この人!
初心者の気持ちを考えた、スピードってものがあるでしょう?普通さ。
王族ってそういうものなの!?
文句ばかりが胸の中を渦巻いて、だけど引っぱたいてしまった負い目からそんなことは言えず、ふてくされている私の横にふよふよと浮かんでいるのは、もちろんクウちゃん。
馬のあの速さにも、余裕で付いてこられる翼竜はやはり色々と規格外なのだろう。
「ユキ。顔を上げて」
王子に言われ、しぶしぶ顔を上げると目の前にあるのは大きな湖だった。
「…きれい」
不機嫌だったことも忘れて、思わず呟いていた。
目の前にあるのは澄んだ水をたたえた湖。
周りにある木々の影が映っていて、青にも緑にも見える。
そこに、太陽の光がきらめいてとても幻想的な光景だった。
「良い眺めでしょう?」
王子の言葉にこくりと頷く。
「疲れた時、よく来るんです」
「…分かる気がします」
風にそよぐ木々の葉と湖面をなぞる風の音が混ざって、もの凄いヒーリング効果だ。
「ユキ」
そっと名前を呼ばれて、私は視線を王子に向ける。
いつもは見上げる顔が、馬に乗っているせいで少し見下ろす形になる。
「ありがとう」
そんな私の瞳を捉えて、王子が言う。
「……何がですか?」
お礼を言われるようなことは何もしていない筈ですが…。
むしろ、私は謝らなければいけないのに。
「ユキに言われて、私は決心がつきました」
にこりと王子は笑う。
「今までの私は、周りで起きていることに対して興味が持てませんでした。全てが私の意志を無視して決まっていく。生まれた時からの状況に反感を持つことすら億劫だったのです。だから、流された。」
こくり、と頷いて先を促す。
「それが良いことだとは思っていませんでした。だけれど、行動を起こすことも恐かった。けれど、ユキに言われてやっと決心がつきました」
王子は、はっきりと言う。
「私の体は国のもの。国のために役立てることに決めました」
「…そうですか…」
それが、具体的にどういったことなのか聞いてはいけないような気がして。
ううん、聞くことが恐くて。
私は頷くことしかできない。
「ユキ。お願いがあります」
そんな私に微笑みかけて、王子が続ける。
「…何ですか?」
「私を見ていてください」
「…見る?」
「これから私は、あなたに認めてもらえるように努力します。あなたには、それを近くで見ていて欲しい」
何だろう…。
だんだん、王子の瞳に熱がこもってきているような気がする。
よく分からないけれど、「はい」とは言ってはいけない気がする。
王子が私の手を取る。
「私の妃になって欲しいんです」
……キサキ?
………きさき??
………………………。
妃!!??
「マリー様がいらっしゃるじゃありませんか!?」
思わず私は手を振り払って、叫ぶ。
そんな私に、それが何か?といった調子で王子は首を傾げる。
「側室の立場を懸念されているのなら、心配無用ですよ。あなたはディールの姫ですから立場はマリーシュレルより上でしょう。時間がたてば正室になることもできる」
はぃぃぃぃっ!?
何、それ!?
それって、私じゃなくてディールの姫が欲しいってこと?
っていうことは、王妃様と同じ考え!?
いや、それもそうだけど、私やマリー様のことも何だと思ってるわけ!?
馬鹿にしすぎじゃない!?
王子のふざけた言葉に私の中で、また怒りが湧き上がる。
「…王子と私は合わないと思います」
色んなものを飲みこんで、やっと出した私の言葉に王子はまた首を傾げる。
「合わない?」
「…夫婦生活など送れないということです」
こんなに短時間に何回もイライラする相手と、一緒に生活なんてできる筈がない。
「こんなに愛しているのに?」
さらりと言ってのける王子に、また顔が引きつる。
「王子が愛しているのは、ディールの姫でしょう?」
「何が違うのですか?ユキはディールの姫でしょう?」
王子の言葉にため息が出る。
うん。もういいや。
引っぱたいたって罪に問われなかったんだし、これくらいクウちゃんに免じて許してもらおう。
私は王子に向かって、思いっきり笑いかけた。




