プロローグ──アナタは今日から勇者です
「アナタは今日から勇者です」
白い空間に少女が一人。と、俺が一人。
「夢……?」
白すぎて眩しい空間に、目をチカチカさせながら、徐々に頭を起こしてゆく。確か俺は、家のベッドで昼寝を……。
「じゃあ、夢か」
「現実ですよ」
「あ、初めまして」
「ええ、初めまして」
俺の予想を否定した彼女に挨拶をする。どんな会話を始めるにも、まずは挨拶からだ。
「木野 京っていいます。えーっと、趣味はゲームと漫画です。よろしくお願いします」
「堅いですね」
「そうですかね」
「まあいいです。この度天界において、『勇者指導役』を任されました。イシュネッタと申します。趣味は無いです。よろしく」
「よろしくお願いします」
互いに最低限の自己紹介を済ませる。数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは彼女であった。
「どうすればこの状況が現実だと信じます?」
「あぁその話。そうですね……」
未だに現実味を帯びない。この状況には、やけにハッキリした夢、という言葉がしっくりくる。現実だと信じるには……。
「俺が勇者って話でしたけど、舞台は異世界ですか?」
「ええ、あなた方の世界で馴染みつつある異世界像と相違ありません」
「なら多分、異世界の景色を見て、異世界の音を聞いて、空気を吸って料理を食べて人と話せば、きっと現実だと思えます」
「なら早速、異世界へお送りしましょう。目的地のナビゲーションはお任せ下さい」
「それじゃあ、お願いします」
「ではでは異世界転移まで……さん、にい、いーち」
〇
「う
わ」
最初に覚えたのは浮遊感。
次の瞬間に覚えたのは、恐怖心であった。
なぜならば、
「落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるぶぶぶぶ」
『落ちてるんですよ』
「──!?」
どこからともなく聞こえた声。それは先程まで話していた少女、イシュネッタの声であった。
『どうです? これなら存分に異世界の空気が流れ込んでくるでしょう』
「あぶぶぶぶぶ」
むしろ呼吸がしづらい。打ち付ける空気に顔を引き攣らせながら、死を目前にすることで生きていることを感じていた。
『それにこれなら、異世界の景色を一望できますし、音も凄いはずです』
真下に広がるのは広大な草原。城壁に囲まれた街もあり、異世界に来たという実感はふつふつと湧き上がっている。聞こえるのは、自身の身体が風を切る轟音だ。
これは! ひょっとして! 本当に!
「びばぶぶびばーーー!!(訳:異世界きたあーーー!!)」
腕を広げ、足を広げ、大の字になって地面へと迫ってゆく。まずは最初のミッション、無事着だ。
『楽しんでます?』
「ばぼびむべばぶーー!!(訳:楽しんでますーー!!)」
俺は求めていた。つまらない日常を打ち壊してくれる何かを。夢だ夢だと思い込んでいたのは、現実のつまらなさが嫌と言うほど身に染みていたからだ。
それにしてもこの状況、どうしよう。
『風の初級魔法を使ってみましょう』
「ばぼお!?(訳:まほう!?)」
『地面に打ち付けられる直前に【ルヴォン】と唱えてみてください。タイミングを間違えなければ、生存です』
「ばぢばべぼあ?(訳:間違えたら?)」
『死です』
このままのスピードで落ちれば、地面にはあと数秒で届いてしまう。失敗は許されない。しかし思考を張り巡らせたり、準備する猶予も与えられていない。
ただ勘に従うしかないと、覚悟を決めて数秒。
目と鼻の先に地面が迫る頃合いで……
「ルヴぉぶふっ」
〇
「死んでしまうとは情けない」
「すみません……」
「詠唱のタイミング、遅すぎです。残念ながらアナタは死にました」
「えっ、てことは俺の人生終わりですか!?」
せっかく面白くなりそうなところだったのに。
「いいえ、アナタにはまだ四機残っています」
「四機……ってゲームとかで聞く残機のこと?」
「ええ、アナタはあと四回生き返ることができます」
「そんなことが! 凄いですね、異世界」
そっと胸を撫で下ろし、安堵した。
「あっ、そうだ。ついでなんですけど、一つ質問いいですか」
「どうぞ」
「俺のどこに勇者として選ばれる要素があったんですか?」
「そんなの無いです」
「……案外、適当な感じなんですね」
「まあ正直天界では、勇者は誰でもいい、って風潮なので」
「じゃあ俺が選ばれたのは……」
「クジです」
「異世界に行けるのは嬉しいけど、なんか複雑ですね」
「はい、説明パートは終了です。今度は私がタイミングをナビゲートしますから、それに従って魔法を唱えてみてください」
「えっ、ちょ」
「さん、にい、いーち」
〇
「ひ
ゃ」
そして先程のように落ちてゆく。
生き返ることができることを知り、先程よりも落ち着いた心持ちで挑戦することができそうだ。
慣れたジェットコースターは楽しい。それと同じで、景色を楽しむ余裕……はない。目が乾燥して、それどころでは無いのだ。
下には、先程と同じように草原と街。同じところにリスポーンしたらしい。
「バビボベバビブバッ(訳:ナビお願いしますっ)」
『魔法発動まで、あと二十秒』
意外と長い。
『あと十秒』
と思えば、意外と短かった。
『さん、にい、いち──』
「ルヴォン!」
唱えてすぐ、突風が巻き起こり、俺の落ちる威力を相殺してくれた。地面から役一メートルのところで一瞬だけ浮遊し、それから落下。
「いだっ」
それでも一メートルのところから落ちるのだから、当然着いた尻もちは痛い。
『お疲れさまでした』
「空から落とす必要ありました?」
『そういうチュートリアルだと思って受け入れてください。それに、楽しかったでしょう?』
「──正直、めちゃくちゃ楽しかったです」
『なら問題ありませんね。早速ですがアナタには、これから私が提示する目的地へと向かってもらいます』
「それって」
『ええそうです。アナタが空から見ました、王都【パピヨン】へ向かってもらいます』
「ついに異世界人との交流イベントかあ」
ワクワクを胸に、すでに遠くに見えている街へ向かって歩き出す。
「あ、そうだ。これからもナビゲーションお願いしますね!イシュネッタさん!」
「畏まらなくて結構です」
「じゃあ、ちょっと馴れ馴れしいかもだけど……よろしく! イシュネッタ!」
「ええ、よろしく」
※
プロローグ──アナタは今日から勇者です
終わり
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トピック──魔法編1──
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ルヴォン:風の初級魔法。広範囲にそこそこの風を巻き起こすことができる。圧縮して刃の如く……みたいな攻撃はできない。
攻めには向いていない。




