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ゴールデンボーイ  作者: 柏木椎菜


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11/16

十一話

 シルヴィナはすぐに街の病院に運ばれて、そこで傷の治療を受けた。僕は待合室の椅子に座って、ただ良くなることを祈るしかなかった。すごく長い時間を待たされた。何時間経ったんだろうか。窓の外は明るい昼間から、星の見える夜に変わってた。待合室にいた人も、いつの間にか僕一人だけになってた。心配してくれた看護師のお姉さんがお菓子を持って来てくれて、僕はそれを食べた。お腹が空いてたからすごく美味しかった。シルヴィナが治療してた部屋から出てきたのは、それを食べ終えたすぐ後だった。

 手術とかいうのをしてたみたいで、台に乗せられて運ばれるシルヴィナの全身は白い包帯だらけだった。あれだけ何箇所も切られてれば、当たり前なのかもしれないけど。近付いて顔を見てみると、口元とか右目には痛そうな青アザがあった。ごろつき達に殴られたせいだ。そして左目には包帯がぐるぐる巻きにされてた。ここには大きな傷があった。だから包帯もこんなに巻かなきゃいけないんだろう。

 ベッドが四台並んだ部屋にシルヴィナは運ばれて、その一つに寝かされた。看護師のお姉さんに、しばらく入院してもらいますと言われた。怪我がちゃんと治るか、診る必要があるらしい。他のベッドに患者はいなかった。二人だけじゃ広い部屋で、僕はシルヴィナが目を覚ましてくれるのを側で待つしかなかった。看護師のお姉さんが真っ暗じゃ困るでしょと、火を付けたろうそくを持って来てくれた。横の机に置いて、その灯りに照らされたシルヴィナを見つめる。早く目を覚ませってば――心の中でそう呼びかけながら、そのまま僕はいつの間にか眠ってしまった。

 次に気付いたのは、腕に何かが触れた時だった。椅子に座ってベッドの端でうつ伏せになってた僕は、それが腕を突く感触で起きた。

「……んん……」

 ゆっくり頭を動かして目を開けると、部屋の中はすっかり明るくなってた。後ろにある窓のカーテン越しに、あったかそうな太陽の光が入ってくる。朝になったのか――目をこすって身体を起こして、何気なくシルヴィナを見た瞬間、僕は動きを止めた。

「……あ」

 当然閉じてるものと思ってたシルヴィナの黄色い右目が、じっとこっちを見てた。殴られたせいなのか、白目が赤くなってて、青アザも残って痛々しかったけど、僕と目が合うと口がちょっとだけ笑うように動いた。

「やっと起きてくれた」

 そう言いながらシルヴィナは僕の腕を人差し指でつんつん突いた。起きた……ちゃんと、生きてる……!

「……何? 泣きそうな顔しちゃって」

 言われて僕は慌てて顔をそらした。

「なっ、何で泣くんだよ。お前なんかで……」

「そうよね。私なんかのために泣くわけないよね。……とりあえず、ジュリオの無事な姿見られて、よかった」

「お、おう……僕が助けを呼びに行って、それで助かったんだぞ」

「そうだったの。あいつらに殴られた後のことは、まったく憶えてなくて……」

「傷だらけだったから、番兵のおじさん達がここに運んだんだよ」

 まだ痛くて動けないのか、シルヴィナは右目だけを動かして自分の腕を見る。

「……この包帯からして、そうみたいね。全身がまだジンジン痛い感じ」

「動けるか?」

「どうかな……ねえ、お医者様を呼んできてくれる? 怪我の状態を聞いておきたいから」

「わかった、行って来る」

 椅子を下りて僕は部屋を出た。廊下を歩きながらお医者様を捜してキョロキョロしてると、横の部屋から出てきた看護師さんが声をかけてきた。

「あら、どうしたの? お見舞い?」

「そうじゃなくて、お医者様はどこにいるの? 呼んでって頼まれて……」

「お医者様? 誰か苦しんでる人がいるの?」

「僕の、知り合いが目を覚ましたんだ。それで、怪我のことを聞きたいって言うから……」

「君は昨日運ばれて来た女性の、連れの子よね?」

 すると別の看護師さんが現れて、横から言った。

「……そうなの?」

「ええ。重傷の女性。……目を覚ましたのね。じゃあ先生に伝えておくから、君は部屋で待っててちょうだい。すぐに行くわ」

「うん。早く来てね」

 僕は部屋に戻ってシルヴィナに伝えた。看護師さんが言った通り、それからすぐにお医者様は部屋に来てくれた。

「身体の具合はどうかな。おかしなところはない?」

 白衣を着たぼさぼさ頭のお医者様は、優しく笑いながらシルヴィナに巻かれた包帯の様子を確認する。

「全身のだるさと、まだ少し痛みもありますけど、おかしいというほどじゃありません」

「そうか。あれだけ殴られ、切られてれば、痛みがあるのは仕方ないだろう。休んでいればそのうち消えてくるはずだ。ひとまず問題なしと見ていいかな」

「先生、私の怪我は、どの程度の怪我だったんですか?」

「重傷だったよ。打撲による皮下出血、刃物による外傷が十数か所もあった。半分は浅いものだったが、もう半分は縫うほど深いものだったよ。運ばれるのが遅ければ、命を落としていてもおかしくなかった。それぐらい危ない状態だった」

「打撲と、外傷……それだけでも重傷だったんですか?」

 これにお医者様は、笑顔から真剣な顔に変わって言った。

「実は、それだけじゃなくてね……顔の傷も、特に違和感があったりは?」

「ピリピリした痛みと、少し重たいような、軽いような、妙な感覚はありますけど……変なこと言ってすみません」

「いや、何も変じゃないよ。そこの傷は深く切られていたんだ。そういう感覚も残るだろう。さらに言えば、残念なことに傷は、左目にも及んでいてね……」

「え……?」

「眼球を、摘出するしかなかった。残しておいても、傷が元で感染症を引き起こす恐れがあって、もう一度光が戻る見込みはなかったんだ」

「じゃあ、私の左目は、もう……?」

「本当に残念だが、あなたの命を優先した結果だと理解してほしい」

 僕の心に固くて冷たいものがぶち当たったような気持ちだった。治療を受けて目を覚ましてくれて一安心してたのに、シルヴィナの左目が、なくなってたなんて……。僕は、何て言えばいい? 僕をかばってシルヴィナは傷を負ったんだ。だから左目がなくなったのは、僕のせいになる。僕が、左目をなくさせたも同然……。

 見るのが怖かった。それでもちょっとだけ顔を上げてシルヴィナを見てみた。宙を見つめながら、ゆっくりした動きの左手で、包帯の巻かれた顔を確かめるように触ってた。本当にないのか、左目はもうどこにもないのか……そんなふうに見える仕草だった。そうだよな。一番辛いのは本人なんだ。こんなことになって、泣いて、叫んで、暴れたい気持ちになってるかもしれない。でも痛みで動けない身体じゃ、そんなことすら――

「はい。先生方は私を救ってくれた命の恩人です。その結果で片目を失おうと、私の感謝の気持ちは何も変わりません。本当に、ありがとうございます」

 シルヴィナはうっすら笑いながら、お医者様にお礼を言った。その顔や声に、悲しみも怒りも感じない。言葉通り、ちゃんと感謝してるようだった。それに僕は驚いた。辛くないのか? 左目がなくなったのに、悲しくならないのか? 僕だったら笑ってお礼を言うなんて、絶対にできそうにない。だって、大事な目が一つ取られたんだ。二度と元通りにならなくて悲しいはずなのに、それなのに、笑顔になれるなんて……。

「そう前向きなことを言ってくれると、こちらも安心できる。他の傷の経過と合わせて、包帯を取り替える時にまた様子を見に来るよ」

「あの、私はいつまで入院することになりそうですか?」

「それは身体と傷の具合によるが、最低でも、顔の包帯が取れるまではいてもらいたい」

「はあ、そうですか……」

「退院のことよりも、まずは早く治すことを考えるべきだ。食欲があるなら看護師に何か頼んで食べてはどうだ? 体力を付ければ治りも早くなるからね」

「……そうですね。そうします」

 励ましの言葉をかけてお医者様は帰った。それを見送ったシルヴィナは早速看護師さんに食事を頼んだ。それを用意しに看護師さんも出て行くと、部屋はまた僕達二人だけになった。

「もう明るいから、ろうそくの火、消してくれる? あとカーテンも開けてほしい」

 言われて僕はろうそくの火を吹き消して、窓に行ってカーテンを開けた。眩しい光が部屋にどっと入り込んでくる。外を見てみると、病院の中庭が見えた。働いてたお屋敷の庭ほどじゃないけど、いくつか植木があって、ベンチもあって、なかなか綺麗だ。何人か入院患者らしき人がそこに座って風に当たってた。シルヴィナの身体が動くようになれば、僕があそこに連れて行って、気晴らしに散歩でもできるかな……。

「ありがとう。……そこから、何が見えるの?」

「庭だよ。ベンチがある庭。日が当たってあったかそうだよ」

「へえ。じゃあそのうち、ジュリオと一緒に行きましょうか」

 振り向いて見ると、シルヴィナはこっちにちょっとだけ顔を向けて、僕を見て笑ってた。それを見てると、僕の胸は何かにぎゅうぎゅう締め付けられて苦しかった。

「……どうしたの? 暗い顔して」

「その……」

「何?」

「その……ごめん……」

 自然と言葉が出てた。僕はシルヴィナに、謝らなくちゃいけない気がした。

「何なの? 急に」

「左目……なくなったのは、僕のせいだから……」

「……どうして? 私はジュリオのせいだなんて思ってないけど」

「だって、僕をかばったから、それであいつらに殴られて、切られて……」

「あなたを守るのは当たり前じゃない。あのごろつき達はあなたを連れ去ろうとしてたんだから」

「でも、僕を置いてけば、そんな傷負わなくて済んだのに」

「じゃああなたは、私一人だけで逃げてほしかったの?」

「そうじゃ、ないけど……」

 シルヴィナは天井に目をやると、小さく息を吐いた。

「あれは私のせいよ。治安の悪そうな街だって自分で言っておきながら、人気のない道へずんずん入って行った私のせい。謝らなきゃいけないのはこっちよ。怖い思いをさせて、ごめんなさい」

「それは、食べ物を売ってる店を探してたからで――」

「店なんて他にいくらでもあるわ。諦めて他の場所を探すべきだったのよ。私の判断ミスね」

「僕は、そう思ってない。悪いのはやっぱり――」

「違う。悪いのは私の判断と、何よりあのごろつき達よ。暴力を振るったあいつらが一番悪いの。だからあなたが罪悪感を覚えることはないわ」

 女はまた僕のほうを見ると、うっすら笑った。

「人を傷付けた人間は、必ず報いを受けるものなの。ごろつき達もいつか、痛い目を見るわ。私みたいにね」

「お前は傷付けられたほうじゃないか」

「あなたにとっては、そうじゃないでしょ? 私は……あなたの両親を殺してしまってる」

 言われて僕の心臓はドキンと跳ねた。忘れてたわけじゃない。それなのに、なぜかすごく悲しみが込み上げてきた。シルヴィナが、僕の敵だってことに……。

「その報いなんだと思う。左目を失ったのは……」

「お食事、持ってきましたよ」

 その時、看護師さんが部屋に入って来て、僕達の話を途切れさせた。

「まだ体調が万全じゃないので、消化のいいものにしておきました」

 笑顔の看護師さんはシルヴィナの身体をゆっくり起こして、そこに机やナプキンをてきぱき用意する。心配して食事も手伝おうとしたけど、一人で大丈夫と言われると、看護師さんはまた後でと言って去って行った。

「……食べる?」

 シルヴィナが聞いてきた。

「お前が食べるもんだろ? 僕は別に……」

「そうだけど、いざ出されると、そんなに食欲湧いてこなくて」

「食べないと、早く治らないって言われてたじゃないか。ちゃんと食べろよ」

「わかってるけどさ……じゃあ、半分食べない? お腹空いてるでしょ?」

「……本当に、食べないの?」

「お願い。手伝ってよ」

 正直、お腹は減ってた。だからちょっと嬉しかったけど、そんなことは言わずに僕はスプーンを握ってとろみのあるスープを飲んだ。……見た目はまずそうだけど、味は悪くない。

「次はジュリオの分もお願いしなきゃね。患者じゃないけど食べさせてくれるかな」

 そう言ってシルヴィナは小さく切られたリンゴを食べた。それを横目に僕も食事を続けた。言った通り一皿を半分ずつ、二人で食べる。

「……何だよ」

 ふと見ると、シルヴィナがこっちを見つめてた。

「ふふ、無事で本当によかったって思って」

 何も言えず、目をそらしてしまった。僕はよかったなんて、とても思えない……。

 食べ終わってしばらくすると、看護師さんが食器を片付けに来てくれた。美味しかったか、体調はどうかと聞くと、またすぐに戻って行った。シルヴィナは横になって休み、僕はすることがないから窓の外を眺めてた。窓辺はポカポカあったかい。こんなことがなければ今頃、港へ歩き進んでたんだろうな……。

「あなたが報いを下すものだと思ってた」

 声に振り返ると、横になったシルヴィナがこっちを見てた。寝てなかったのか。

「……何?」

「さっきの話の続きよ。報いを受けるなら、あなたからだと思ってた」

「どうして?」

「だってあなたは私を殺したいほど憎んでるでしょ?」

 憎んでる……それはそうだけど、なぜかはっきりと口では言えなかった。

「私が襲われてた時、あなたは一人で逃げることもできたわ。でも助けを呼んで戻って来てくれた。私を見捨てることだってできたのに」

「あの時は、僕も助けが必要だったし、お前を助けたのは、何ていうか、ついでって感じで……」

「怪我をして動けない私は、あなたにとってすごく殺しやすくなったはず。何でそうしないの? 今だって、やろうと思えばできるでしょ?」

 僕は答えに詰まった。確かに、まだ十分動けない今なら、力のない僕でも殺すことはできるかもしれない。だけど僕の頭にはそんな考えは浮かんでない。あんなに強く、敵をとってやるって思ってたのに……自分で自分の気持ちに戸惑ってる。

「私は、あなたに殺されても仕方ないって思ってるから。だから目を覚ました時、自分がまだ生きてて、しかも側にあなたが見えて、安心したけど、同時に疑問だったの。何でこの子は何もせず、ここにいてくれるんだろうって」

「……前にも、言っただろ。お前は僕が殺すんだ。ごろつきになんか殺させない」

「うん。だけど私はベッドで横になりながら、あなたとこうして話してるわ」

「それは……武器、持ってないし……」

「武器なんかなくても、考えればいくらでも方法はあるでしょ」

「ぼ、僕は、ちゃんとやりたいんだよ。絶対に殺せるやり方で……。それに、怪我で弱ってる相手を殺すなんて、何か、卑怯な気もするし……」

「自分の気持ちより、公平さを優先させるの?」

「わ、悪いかよ。僕はお前を、正々堂々と殺したいんだ。いくら隙があっても、今のお前を殺す気はない。だから、安心して休んでろよ……」

 ちらっとシルヴィナを見やると、黄色い右目が真ん丸になってた。

「あなたは、それでいいの?」

「そう言ったんだから、いいに決まってんだろ」

 戸惑ってる本心を隠しながら言ったけど、シルヴィナにはばれてないだろうか。

「……そう言うなら、あなたを信じて、何も気にせず休もうかな」

「おう……でも、怪我が治るまでだからな」

「わかったわ。……ありがとう」

 僕はまた窓の外に目をやった。これで、いいのかな――答えが見つからない自分の気持ちに、僕は聞き続けるしかなかった。でもやっぱり、気持ちはあやふやで、つかめないままだった。

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