王都での任務4
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「さて皆さん、私が今回のオーク殲滅作戦を担うアイシル中隊第二小隊、その隊長のセトニアです。短い間ですがどうぞよろしく。」
ラカン川沿岸にあるというオークの巣、それよりも北に位置する草原にて、セトニアは十人程度の小隊メンバーを前に軽く挨拶した。血の付いた斧を持つ女戦士や、筋骨隆々の男達をまとめる者として本来支援職である聖女のセトニアが立つという光景は異様としか言いようがない。
「さて今回の作戦、一声にオークと聞くだけでは単に低ランクモンスターを狩るだけの簡単なものだと思うかもしれません。まあ、本作戦に参加する皆さんの中にそんなことを考える愚か者はいないとは思いますが一応言っておきます。本作戦はピランツ王国の中枢を担う王都を守るための極めて重要なものです。もし失敗すれば、国の政治、運通、経済が滞り、最悪国が国として成り立たなくなります。よって、相手のランクは低くても、重要度は極めて高い。そのことを肝に銘じてください。」
セトニアが今回の作戦の意義を説明すると、冒険者達の顔が引き締まった。どうやらガラにもなく長ったらしい演説をした甲斐があったようだ。
普段オークとは、それほど強い魔物ではない。もちろん戦う力を持たない一般人からすれば脅威なのだが、ギルドが定めた対オークの適正ランクはD、つまりDランクの冒険者パーティーで充分対策可能なレベルだ。冒険者からすればお手軽に狩れる良い飯のタネである。
だが、群れており、巣を持っているとなるとレベルも危険度も上がる。オークは雌が生まれない種族なので他種族の雌を使って仲間を増やす。その良いカモが戦う力がない人間の女性だ。巣を持ったオークはそこを根城にして周辺の人間の村を襲い、食料と女性を奪って他はすべて殺していく。放っておけば次々に村を襲って仲間を増やし、手が付けられなくなる。
その牙が王都に向けられる前に、また、これ以上被害が出ない内に潰す。相手はたかがオークだが、これは超重要任務なのだ。
__と、こんなことを説明してみたが、セトニアにしてみればこの程度のことは冒険者なら誰でも知っていて当たり前のことだった。獣でもあるまいし、戦う相手のことは事前に知っておくのが当然だ。だというのに今回の作戦にあたる冒険者達の中にちらほら油断している愚か者がいた。まったくもって信じ難いことだ。彼らはまさか日々魔物や賊を考え無しに殺しているのではないか。そんな考えることをやめてしまうような奴は人間失格だ。もはや獣以下だ。
というわけで仕方なくごく当たり前のことを丁寧に説明して小隊の緊張感を高めたというわけだ。セトニアはため息をついた。まったく嘆かわしい。ここにいる冒険者はランクD以上、全員が一人前の冒険者だというのにこんな当たり前のことも分からないとは……。Dランク昇格の際ペーパーテストでもやった方がいいのではないだろうか。
「さて皆さん、いよいよ出撃ですが何か質問はありますか?」
「ちょっと待ってくれないだろうか。」
セトニアが質問を促すと一つ手が挙がった。その人物は鎧や剣をガシャガシャ鳴らしながら自信たっぷりに前に出てくる。セトニアはその顔を見てうんざりした。血や泥で一滴も汚れていない装飾たっぷりの鎧と剣、キラキラとうっとうしい程に輝く髪、目、顔。セトニア達と同じCランク冒険者パーティー”白きバラ”のリーダー、エーモン=ランストゥーズだ。彼は王都を管理する三つの貴族の一つ、東エリアのランストゥーズ家の次男だ。端的に言えばいいとこの坊ちゃんである。
彼はセトニアの下まで歩いて行くと身振り手振りをキラキラさせながら意見した。
「私は納得できないのだ。何故第二小隊の隊長が君なのかね?」
「ギルドでの作戦会議で散々説明されたはずですが? 攻撃力が高い我々”勇ましき剣”がそれぞれの小隊の指揮を執ることで作戦に勢いをつけ、結果それが作戦の成功率を高めることになると。」
「そこだよ私が納得できないのは。勇者だか何だか知らないが、攻めるしか能のない平民冒険者より、私のような名家の生まれ、かつ実力も確かな者が上に立ち、堅実に勝ちをもらう。この方が皆も安心ではないか?」
エーモンの言葉、一見理に適っているようにも感じられるが全く違う。会話にならない。セトニアは辟易とした。
”勇ましき剣”の面々がそれぞれの小隊の指揮を執ることで勢いをつけ、短期決戦に持ち込むことで成功率を上げる。
これはそもそも決定事項であり、今更誰が騒ごうが変えられない。大体エーモンを隊長にしたところでメリットがない。”勇ましき剣”と”白きバラ”はランクは同じCだが中身は全く違う。
セトニア達は地道な訓練と実戦経験に基づく確かな戦闘力を持っている。が、エーモンはパーティーメンバーである護衛二人の力と、お金と実家の権力でもってランクを引き上げてきた。エーモンの全く汚れていない綺麗な鎧と剣がその良い証拠だ。
仮に彼らを隊長にしても、短期決戦に持ち込むことはできないだろう。彼は小隊の戦力を攻める者と自信を守る者に二分するからだ。そうなれば作戦はズルズルと長引き、冒険者達の体力や士気の低下などから成功率は格段に下がる。
というわけで彼にはすっこんでいてもらいたいのだが、彼は自分という存在に絶対の自信を持っている。ストレートに下がってくれと言ってもただでは下がらないだろう。「では君の力をみせてもらおう」と決闘でも申し込まれるのがオチだ。せっかくロイスの株を上げるチャンスだというのにそんな面倒なことはやってられない。
__………まったく面倒くさい。
という心の声を表情には決して出さずにセトニアは頷いた。
「分かりました。隊長の座は貴方に譲りましょう。」
「ふふ、当然だな。」
「ですが、指揮権は変わらず私が持たせていただきます。」
「…………どういうことだ?」
セトニアの言葉にエーモンは訝しげに眉をひそめる。セトニアはニッコリ微笑んで続けた。
「確かに貴方の言う通り、貴族は高尚な方々、人の上に立つのは道理です。ですが同時に、このような血と泥にまみれた戦場に赴くべき方々でもありません。ですので貴方はお屋敷へお戻りになり、紅茶でもすすっていていただければよろしい。上に報告される書類上では貴方は輝かしい英雄として記録されるでしょう。」
貴族が欲しいもの、それは名声と立場だ。そしてこのエーモンもまた、それらが欲しくて冒険者なんぞをやっている。彼の家、ランストゥーズ家は当主として長男が台頭し、立派に取り仕切っている。一方、能力的に劣っていて行き場がなくなってしまったエーモンはそれを埋めるべく冒険者になったのだ。
つまり、異議を申し立てたエーモンの目的は、「自分が小隊長となり、王都防衛に大きく貢献した実績」なのだ。セトニアはそこを突いた。エーモンはこの条件を呑めば、何の苦労もせずに目的のものを手に入れることができる。一方でセトニアは、彼女自身の功績はなくなってしまうが、ロイスが最大限活躍できるように立ち回れば、ロイスの護衛・指導役であるセトニアの評価も上がるので何も問題ない。むしろ作戦に邪魔そうな貴族様がいなくなってくれて万々歳だ。まさにWINWINの提案である。
「………なるほどな、では任せたぞ。」
エーモンも理解できたのだろう。彼はニヤリと笑って去っていった。この場にいる冒険者全員が証人だ。この瞬間から名義上隊長はエーモンとなる。だがセトニアは気にも留めずに気を取り直して隊の指揮を執りだした。
「さて、無駄な時間を食いましたが、作戦開始です。オーク共の魂をあの醜い身体から解放してあげましょう!」
「「「おぉぉぉっ!!」」」
士気充分な戦士達を従え、セトニアはオークの巣に向かって勢いよく南下し始めた。
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「なるほどな、では任せたぞ。」
エーモンにその言葉を言わせ、この場から立ち去らせた少女に、斧を持ったビキニアーマーの女戦士モロコは心底感心した。あのエーモンという貴族はギルドでも厄介者扱いされている。何かと主導権を握り違ってギルド全体の和を乱す問題児でありながら王都を管理する貴族の息子。こういう厄介者の対処のプロである受付嬢達ですら手を焼く存在だった。
だがこのセトニアという少女はどうだ。機転を利かせた提案で見事にあのお邪魔虫を引かせて見せた。これによってセトニア自身の書類上の評価はされなくなってしまうが、それでも彼女の所属するパーティーの仲間が二人、小隊長を務めている。それによってパーティーの評価が上がり、ひいては彼女の評価も上がることだろう。極めて合理的で冷静な判断だ。
それに出撃前のあのスピーチも良かった。あれのおかげでオークという低ランクモンスターの名でたるんでいた馬鹿達も危険と責任を再確認し、それが隊全体の士気の向上に役立った。
冷静な判断力と柔軟性、さらには荒くれものの冒険者達をまとめ上げる統率力。聖女セトニア、彼女が隊にいるだけでこの作戦の成功は間違いない。それ程の安心感を彼女は与えてくれた。
「すごい奴だよ、あんたは。」
おそらく噂の光魔法に使うであろう杖を持ち、隊の先頭を走るセトニアにモロコはそう声をかけた。それに対してセトニアはよく分かっていないようで、首を傾げながら「…………ありがとうございます。」と、控えめに礼を言った。その飾らない性格もモロコには好感だった。モロコはフッと笑う。
「さあ! 奴らの巣が見えてきたよ隊長! 第一小隊の連中はもうおっ始めてるようだ!」
セトニアの隊が巣に着くとそこはもう戦場と化していた。一足早く着いたロイス率いる第一小隊とオークの群れが入り乱れて戦っている。辺りはオークの血と亡骸でいっぱいだ。ロイスは隊の切り込み隊長としてしっかり活躍しているようだ。損害も最小限に抑えられている。
だが、オークが巣に籠って籠城戦を始め、戦闘が滞っているようだ。巣の中の戦力は未知数で安易に飛び込むのは危険、また、巣の中には囚われた近隣の村の女性達がいる可能性があり、巣の中を戦場にしてしまったら彼女達に被害が及ぶ可能性がある。
これらの理由から第一小隊は攻めあぐねているようだ。このままではセトニア達が増援に行っても状況は変わらないだろう。
「どうする隊長! 少人数を巣に送り込んで残りで巣を囲むかい?」
状況を理解したモロコはセトニアに指示を仰いだ。モロコが提案した作戦はこの状況で最も妥当なやり方だった。巣の中に送り込む少数部隊の被害は避けられず、時間もかかるが立てこもる戦力が分からない敵にはこうするしかない。
「いいえ、強行突破します。」
だが、セトニアの考えは違ったらしい。彼女は自身の杖をオークの巣に向けて走りながら魔力を集中させた。杖の先の宝玉がキュィィィンと光り輝く。そして彼女はその魔力を一気に放出した。
「”破滅の光”」
ゴオォォッッ!!
セトニアが放った極太の光線は轟音を立てながら洞穴のようなオークの巣をいともたやすく吹き飛ばした。