王都での任務3
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勇者ロイスの指導・護衛任務を引き受けて早一か月、セトニアは苛立っていた。
決してロイスの成長が悪いからではない。むしろ彼の成長は目を見張るものがあると感心していた。日々の努力より、勇者の剣を抜いた当初とは比べ物にならない程強くなり、命を奪う覚悟も徐々についてきた。相変わらずのヒューマニストであることに変わりはないが、最近では、違法取引を行っていた誰が見てもどうしようもないクズを叩き斬り、その晩宿のトイレで吐いた。彼は勇者として少しずつ前進しているのだ。
ではセトニアは何に苛立っているのか。それはロイスの成長の証拠となる戦果がないことだった。確かにロイスは成長しているが、王城のお偉いさん達にそれを分かりやすく伝える結果がない。定期的に城から送られてくる使者に報告することがないのだ。これまでは「まだ結果は出ていませんが、勇者ロイスは確実に陛下の御眼鏡に適う存在になっております」のようなことを何とか言葉を濁してごまかしてきた。だが、そろそろボキャブラリーの限界が見えてくる。このままでは指導役の自分の評価にも影響が出てくる。何とかしなければ。
そんな理由で苛立つセトニアはロイスとマリーと共に、冒険者ギルドの食堂で朝食をとっていた。マリーは年頃の女の子らしく野菜とパンがメインの軽食だが、ロイスとセトニアは朝から肉などの精力がつくものをがっつりと食べる。セトニアの指導の中に「戦いに身を置くからには食べれるときに腹いっぱい食べておく」という教えがあるからだ。
__それにしても…………
朝食を食べ終えたセトニアはギルド内をぐるりと見渡した。
__今朝はいやに慌ただしい。何かあったのだろうか。
いつも依頼を受理する受付嬢やボロボロになって帰ってくる冒険者で騒がしいギルドだが、今朝は何か雰囲気が違った。受付嬢は皆いつもより深刻な顔をして仕事をしていて、冒険者達も念入りに武器を磨いてはピリピリしている。
間違いなく何か厄介事があるのだろう。セトニアがそう思考する間もなく、ギルドの奥の部屋から緑色の髪の男性が広間へ飛び込んできた。
「今手の空いている者は集まってくれ! 緊急依頼だ!」
この細身の男性の名はアイシル、Bランク冒険者パーティー「華麗なる羊」のリーダーだ。卓越した戦術と確かな戦技によって数々の戦いを切り抜けてきた優秀な冒険者である。優男のような見た目からナメてかかる者も多いが、力だけしか価値を感じないバーバリアンより余程優れた人物である。あたかも野蛮な狼をその角で返り討ちにする羊のように。現在彼は主に冒険者達の中間管理職のような立ち位置におり、ギルドマスターからの命令を時折皆に伝えている。
アイシルの声にその場にいた冒険者達は広間へと集まった。十分な人数が集まったと確認したアイシルから緊急任務の内容が発せられる。
「大型のオークの巣が王都東部ラカン川沿岸に確認された! 王都防衛のため、私を隊長とした中隊を組み殲滅する! 戦う意思がある者は志願してくれ!」
それを聞いたセトニアは、それはそれは嬉しそうに笑った。
時を遡るに三日前のこと、王都とラカン川の間に位置する村が突如オークの群れの襲撃を受けたらしい。普段は平穏でこれといった戦力を持っていなかったその村はあっという間に滅ばされた。その村で奇跡的に生き残った男性が冒険者に連れられて王都に来て、その時の規模や数を報告してくれたそうだ。その男性の報告と冒険者が実際に見た村に残された足跡から見るに、ギルドマスターはラカン川付近にオークの巣があると睨み、調査をしたところビンゴだったそうだ。
襲撃を受けた村は気の毒だが、セトニアにしてみればこれはまさに棚から牡丹餅。この殲滅任務に参加してロイスがそれ相応の働きができれば胸を張って王からの使者に報告できる。当然誰よりも早く志願した。というかセトニアが志願するまでもなくロイスが手を挙げていた。人間第一の思考の持ち主として件のオークは許せないのだろう。
とにもかくにも予定通り殲滅作戦に参加できたわけだが、セトニアはまだ足りないと思っていた。セトニア達勇者パーティーの冒険者としてのランクはC。六段階中下から三番目だ。リーダーが勇者というネームバリューこそあるものの、この程度の評価を受けている志願者は他にもいる。このままではロイスは中隊内の一兵士としてしか使われないだろう。それではロイスが戦果を挙げる機会がないかもしれない。
「発言よろしいでしょうかアイシル氏、提案があります。」
「…君は"勇ましき剣"のセトニアか。言ってみてくれ。」
だからセトニアは作戦会議中に進言した。ただ数で攻めるより効率的で、ロイスの活躍の場も作れる作戦があるからだ。
発言を許可されたセトニアはその作戦を語る。オークの巣は完全にラカン川を背に存在している。つまり、オーク達はこれ以上東へ下がることはできないのだ。そこで、中隊を三つの小隊に分ける。まず二つの強襲部隊が北と南から巣を挟むように攻撃を仕掛ける。二つの部隊で巣を叩いて叩いて叩きまくって、強襲部隊が討ち漏らしたオークは必然的に王都へ逃げることになるので、主に魔法使いで構成された掃討部隊がこれを殲滅する、というものだ。
この作戦の最大の肝は三つの小隊の隊長にはそれぞれロイス、セトニア、マリーを任命するという点だ。強襲部隊の隊長に、攻撃力のみを見ればトップクラスのロイスとセトニアをおくことで切り込み隊長として役割を発揮し作戦に勢いをつける。また、掃討部隊の隊長に魔力制御に長けたマリーをおくことで正確で無駄のない攻撃が期待できる。
こうすることで作戦の効率と成功率を上げるだけではなく、ロイスに充分な活躍の場も作ることができる。まさに一石二鳥の作戦だった。
「…確かにそうだな。しかし……」
だというのにアイシルは決断を渋っているようだった。一体何故か。セトニアは考え、ギルドに所属して一ヶ月程度のパーティーのメンバーが小隊長を受け持つなど生意気だと思われていると判断した。
「アイシル氏、私はこの作戦が最も損害なく迅速に事態を終息させるのに適していると考えます。もちろん、中隊全体の指揮権はアイシル氏にありますので、我々は貴方の指示で臨機応変に対応します。」
「いや、それは分かってるのだが……任せていいのか?」
アイシルからこの言葉が出たということは作戦は採用するということだ。
「ええ、もちろんです。ロイス氏、マリー氏、よろしいですか?」
「ああっ!」
「やってやるわよっ!」
セトニアは自分の計画通りに事が運んで零れそうになる笑いを必死にこらえた。
▼
ギルド内の中間管理職を担うアイシルの仕事は冒険者には珍しく書類仕事が多い。受付嬢の依頼受理や成功確認の印を見て、冒険者一人一人の成績を確認し、費用対効果が釣り合っていないと場合によっては解雇することもある。
「"勇ましき剣"か…」
そんなアイシルだが、最近頭から離れないパーティーがあった。ロイスが率いる勇者パーティー"勇ましき剣"である。
遡ること約一ヶ月前、彼らは実戦経験を積むためにこのギルドに所属した。その後、彼らは異例のスピードで出世し、今やCランクにまで上り詰めた。
冒険者は最低ランクのEから始まり、皿洗いや草むしりなどの雑用をしながら下積みを経る。その後ようやく一人前の冒険者と認められるDランクへ昇格して今度は戦闘経験を積み、一定の成績を修めることでCランクになれる。通常、ここまで来るには大体二年程の期間が必要だ。その二年の間魔物や賊と戦い続け、死ななかった者がやっと中堅冒険者と呼ばれるようになる。
だが、"勇ましき剣"の場合は入り口から違っていた。勇者の指導役を担っているという聖女セトニアが___
「私達は王の命の下、ロイス氏の実戦訓練にやって来ました。よって誠に図々しくはありますが、ランクをDへ引き上げてはくれませんか?」
___と言ってきたのだ。これが普通の新人冒険者ならば突っぱねることもできたのだが、相手は王の息がかかった勇者パーティーだ。無下にするわけにもいかない。だが、要求をそのまま受け入れれば他の冒険者から不満が出る。そこでアイシルは現役Dランク冒険者との模擬戦を提案した。ルールは単純、勇者パーティーの中で最も戦闘力がある者が、現役で活躍するDランクの戦士を降伏させることができれば勝ちというものだった。
その結果は___
「うぅ……ゴホッ……ごべん…なざい……ごべん…なざい…」
「よろしい。」
筋肉の塊のような大男が全身血まみれで、華奢な少女に土下座するという異様な光景になった。アイシルはその光景に目を見開いた。
彼女はその男より決して筋力があるわけではない。だが、力の使い方が異常に上手かった。殺してはいけないというルールに基づき、腕や足の関節など、急所を外しかつ戦力を削る位置を的確に叩く。先にすべての力を集中させた蹴りや拳で、本分である光魔法を使うことなく。
その力量もそうだが、アイシルが一番ゾッとしたのは彼女の人格だ。確かにアイシルは「殺しさえしなければ何をしてもいい」と言った。だがその言葉はセトニアが常識的な人格を保有していることを前提としたものだ。彼女がそうであるならば、派手な高威力の光魔法を披露するなりしていたはずだ。だが彼女はそれよりも効率的なやり方で相手の心を折りにいった。彼女にとっては「相手の降伏」という結果さえあれば魅え方などどうでもいいのだ。
ひたすらに「結果」のみを求める極端な仕事人間。必要ならば人だって平気で殺してしまうだろうセトニアの人間性にアイシルはゾッとした。
「発言よろしいでしょうかアイシル氏、提案があります。」
そして今日、オークの殲滅任務での作戦会議でもセトニアは異質さを発揮した。"勇ましき剣"の三人をそれぞれ隊長として三小隊で包囲殲滅する作戦を提案してきたのだ。
攻撃力を有する者を隊長にすることで作戦に勢いを持たせることにはアイシルも賛成だ。だが、自分のパーティーメンバーをバラバラにすることに逡巡していた。冒険者にとって最も信頼できるのは同じパーティーの仲間だ。命懸けの戦場ではその仲間と基本離れることはない。
だが、セトニアは迷いなく、自分からパーティーを解体した。それもすべては「結果」のために。
「……任せていいのか?」
「ええ、もちろんです。ロイス氏、マリー氏、よろしいですか?」
「ああっ!」
「やってやるわよっ!」
アイシルにとって"勇ましき剣"は頼もしい期待の新人でもあり、恐怖の対象でもある。非常に印象が強い存在だった。




