留学生・・・というか・・・
「こ○×△●か」
ベッドの上でやっと目をさましたマリはつぶやいた。
浴室で倒れたのに驚き、課長は医者に電話しようとしたが、マリはおぼろな意識のなかで、とぎれとぎれの口調で、しかし激しく、それだけはやめてほしいと懇願した。
しかたなく課長は彼女をバスタオルでつつんで抱き上げ、ベッドに寝かせてあげた。
すると「ありがと」といって、静かになってしまった。
死んでしまったのではないかと思ったくらい静かだった。
課長は彼女の唇に耳を近づけた。唇に聴いてみると、かすかでやすらかな寝息がきこえた。
課長はほっとした。
そして彼女の口もとから、赤い液体がまた少し流れ出し、ふっくらした真っ白なタオルに鮮血の玉模様をゆっくりとつくった。
が、彼女は目を閉じたままちょっと笑い顔になって、「たいしたこと、ないの」とつぶやいたので、ああ、きっとたいしたことない、と根拠まったくなしに課長は思った。
そうしてから、課長はマリを見守っていたのだ。
「コ○×△●カって、中南米の・・・」
そこまでいって課長は口ごもった。本当に中南米だったか。マリは天井を見るでもなくみつめたまま、
「そこのシュッシンです、わたし」
コ○×△●カ。ユーラシア・コーカサスじゃなかったか。
たしか南米の国だ。そうか南米ってこういう顔だったか。まあ、歴史のなかで、南アメリカにもユーラシアやヨーロッパから人が流れ込んでいるだろうし似たようなもんか。
「遠い国だね」
「でもないです。めかくしされてヒコウキのせられて、ねむらされてると、すぐに、にっぽん」
「・・・めかくし?」
「シャッキンなの。あたし、ベンキョウのシャッキンで、めかくしされました」
「勉強のための借金」
「ベンキョウするため、ガッコウいきます」
「学校。すると、君、看護とか介護とか」
課長は、最近、日本が介護の外国人労働者のよい就職先になっているというのをテレビでみたのを思い出して、あてずっぽうでいった。
しかしマリは目をまるくして、
「そうね。よくわかるね」
図星だった。調子にのって課長は続けた。
「それで、君には家族がたくさんいて、家族のためにお金を稼がなくてはならない」
「そうね。よくわかるね」
「そういう君に、だれかがつけいって、金貸したんだ」
「かりたのは、わたしの、オカアサンよ、ゴヒャクマン」
「五百万円・・・」
彼女や彼女の家族にとって、途方もない大金であろう。彼女の学費のためだか、大家族の生活のためだか、よくわからない五百万円だ。
「それは、きっと、わるいけど、わるい奴だ。貸した奴は。ブローカーだ。五百万円か・・」
安い。この女の子を五百万円なら、安い!
と、まるでブローカーになった気分で課長は思い、強く首をふった。
田村、おまえ人買いか?何をひどいこと考えてるんだ。
「きみは大変だ」
そういって課長が毛布の上からそっとマリの体に手を置いた。
マリはじっと何か考えていた。
目のふちがほんの少し光った。涙かと思う。しかしすぐに笑った。
「ダイジョウブだよ、おキャクさん。あたし、ダイジョウブのことよ」
それから、途切れがちながら、マリは話をしたがった。話をする相手がほしいのだと思った。課長はやさしい聞き役おじさんになった。結構、彼女のことがわかった。
彼女の家族は十人。父は不在(失業して家出でもしたのか)。
ブローカーから金を借りた「オカアサン」は、彼女の実の母ではないらしい。
失踪した父の後妻で、水商売系で、悪い人ではないが無計画でだまされやすく、見事に人買いにひっかかった。
その人買いは巧妙なビジネスマンで、日本人だった。
オカアサンには、国連の奨学金だといって説明したらしい。
彼女はその奨学金で、日本に留学できる。
たいへん結構な話で、うれしいけど、急な話だから、考えさせてくれといったが、オカアサンは了解しているのに何だ!といって脅迫され、「めかくし」されて(本当の目隠しなのか、薬でものまされて眠らされたのかは彼女の日本語からはよくわからない)飛行機にのって、目覚めたら日本だった。
「で、デリバリーなんとかを、やらされてる」
「でりばり、そうぷ」
・・・・つづく




