591話 その正体は……
「やあ」
猫霊族の男性はこちらを見て、柔和な笑みを浮かべた。
ただ、釣りの最中なので両手は竿を握ったままだ。
「あ、はい。こんにちは」
「うん、こんにちは」
親しげに挨拶をされたけど……誰だろう?
俺のことを知っている様子だけど、でも、こちらは見覚えがない。
「よかったら、一緒に釣りをどうかな?」
「え? 釣りですか?」
「なにか悩んでいるように見えてね。そういう時は、無理に答えを探そうとしないで、のんびりするといい。そうすれば、答えの方からやってくるものだよ」
「はあ……」
「そして、のんびりするといえば釣り。釣りはいいよ。楽しいし、落ち着くことができるし、おいしい魚もゲットできる。一石三鳥というヤツだね」
「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えて」
竿を受け取り、男性の隣に並ぶ。
「これを使うといいよ」
「ありがとうございます」
組み立て式の椅子をもらう。
それに座り、スタンバイ完了。
エサを針につけて、釣りを始めた。
「なかなか上手だね」
「そうですか?」
「うん、良い感じだと思うよ。僕はそこそこ釣り歴が長いんだけど、キミのように筋の良い人間はなかなか見ない。以前、釣りをしていたことが?」
「旅をしていたことがあって、その時に、食料を調達するためにしていました」
もっとも、俺一人の力で獲物を釣り上げたことは少ない。
だいたい、テイムした動物に手伝ってもらっていた。
だから、こうして自分だけの力で釣りをすることはほとんどない。
さきほど、リファとしていた時を含めれば二回目だ。
「あっ」
ほどなくして、クイッと竿が引っ張られた。
獲物が食いついた。
すぐに竿を上げるものの……
「あ……」
失敗。
エサだけ食べられて、逃げられてしまった。
「焦ったらいけないよ。のんびりと根気よく。それでいて、いざという時のタイミングを逃さないようにしないと」
「なるほど」
「はい、もう一度やってみるといい」
エサの入った箱を渡された。
釣りをしている場合じゃないんだけど……
でも、一度やるのも二度やるのも同じか。
それに、この人の言う通り、息抜きは必要かもしれない。
「今度は、すぐに竿を引き上げないで、少し様子を見た方がいいね。獲物がしっかりと針を咥えるまで待つんだ」
「わかりました」
再び釣り糸を垂らした。
「……」
「……」
言葉はない。
ただ、のんびりとした時間が流れる。
こんな時間も悪くないな。
色々なことがあったせいか、静かに過ごすことができなくて……
でも、今はのんびりと過ごしていて……
うん。
とても心地いい。
がむしゃらに前に進むだけじゃなくて、時に足を止めることも大切なのかもしれない。
「ところで……」
「はい?」
「いつもありがとう」
「え? なんのことですか?」
「娘は迷惑をかけていないかな? あの子はいい子なのだけど、ちょっと視野が狭いというか、やらかすことがあるからね」
「……ちょっと待ってください」
猫霊族の男性が娘と言う。
それはつまり……
「もしかして、カナデのお父さん……ですか?」
「ああ、そうだよ」
「……」
驚きに固まってしまう。
まさか、こんなところでカナデのお父さんに出会うなんて。
しかも、そうとは知らず、一緒に釣りをしていたなんて。
「ああ、そっか。すまないね、自己紹介を忘れていた。僕は、フウリだよ」
「えっと……レイン・シュラウドです」
「うん。よろしく、レインくん」
「よ、よろしくお願いします」
どうしよう?
カナデのお父さんだと知ると、急に緊張してきたぞ。
娘に近づく悪い虫として、粛清されたりしないだろうか?
一般の父親は、娘を持つと色々と過激になると聞くが……
「すまないね」
「え?」
「キミ達のことは聞いていたんだけど、里に近づく魔物を討伐するため、あちらこちらに出ていたんだ。戻ってきたのは、ついさっきで……本当は挨拶をするべきなのに、ついつい釣りを優先してしまった」
「あ、いえ……大変だったんですね」
「なに、大したことじゃないよ。ここらの魔物は、それほど強くないからね」
「はあ……」
「ここだけの話だけど……魔物よりもスズの方が怖いからね。カナデが里を出た時、ケンカになったのだけど……うん、あの時は死ぬかと思ったよ。はっはっは」
それ、笑って言うことじゃないような……?
「えっと……怒ったりしないんですか?」
「え? なにがだい?」
「俺のことです。なんていうか、カナデをたぶらかしたとか、そんな感じで」
「たぶらかしたのかい?」
「まさか!」
「だよね。あの子は軽く見たけど、そんな感じはまるでない。とても楽しそうだ。キミと一緒にいることが、あの子の幸せなんだろうね」
「……」
「だから、むしろ僕の方がお礼を言わないとね。カナデのこと、いつもありがとう」
ペコリと頭を下げられてしまう。
「い、いえ! 俺の方こそ、いつもカナデに助けられてばかりで……」
「いやいや。スズから話を聞いているけど、レインくんがいなければ娘はどうなっていたことか……」
「いえ、でも……」
「いやいや、だけど……」
互いに頭を下げて……
「……にゃー。レインとお父さん、なにやっているの?」
いつの間にか近くに来ていたカナデに、とても不思議そうな顔をされてしまうのだった。
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