323話 契約
「どうしたんだ、リファ?」
「んー……よくわからない」
すぐに、リファはいつもどおりの無表情に戻った。
ただ、どこか落ち着きがなくて、何度もこちらをチラチラと見ている。
「レインとお別れって考えたら、寂しくなった」
「そっか……でも、すぐに帰るわけじゃないから。さっきも言ったけど、今後の様子を見るために、しばらくはクリオスに滞在する予定だから」
「うん。そうだね」
リファはこくりと頷いてみせるものの、どこか納得していない様子で、最後まで落ち着きがなかった。
――――――――――
夜。
普段なら誰もが寝静まり返っている時間だが、この日は、いつになっても人々の明るい声が街に響いていた。
度重なるスタンピードの発生。
クリオスの人々、最強種は街が滅びることも覚悟したが……しかし、それはギリギリのところで覆された。
ホライズンの英雄によって、黒幕である魔族が討伐されて、救われたのだ。
そのことを祝い、夜遅くまで宴会が続いていた。
「ぷはー! 勝利の美酒はうめえなあ、おいっ」
レゾナもその一人で、領主の館で、アルと一緒に酒を飲んでいた。
「やれやれじゃな。水のように際限なく飲みおって。これは、上等な酒じゃぞ? もうちっと、じっくりと味わうということを覚えよ」
「いいんだよ、んなことは。酒は酒だ。豪快に飲む、ってもんが基本だぜ」
「まあ、祝いの席じゃからな。妾も細かいことは言わぬよ」
「ほれ、アルも飲め。もっと飲め。潰れるまで飲め」
アルコールで顔を赤くしたレゾナが、アルのコップに新たに酒を注いだ。
かなり酔っているのか手元が怪しく、少しあふれてしまう。
もったいないと言うように、アルが指を立てた。
すると、あふれて床に落ちるはずの酒が宙でピタリと止まり、浮かぶ。
そのままふわふわとコップに戻った。
「そんな魔法、よく使えるな」
「ふふん、妾の目が黒いうちは、アルコールの一滴も逃さないのじゃ」
とんでもない力を見せて、限りなくどうでもいいことを口にしていると、客間の扉がゆっくりと開いた。
そこから、リファがひょっこりと顔を見せる。
「お、なんだ? リファじゃねーか。一緒に飲むか?」
「ううん、お酒はいいや。それよりも、お母さんに話したいことがある」
「あん? 話? 今じゃなきゃダメなのか」
「ダメっていうわけじゃないけど、できれば早い方がいい」
「……わかった。なら、ここでもいいか? アルも一緒になるけどよ」
「うん、オッケー」
「なにやら悩みを抱えている顔じゃのう。妾も相談に乗ろうではないか」
「実は……」
――――――――――
「……ぷはー」
ニーナが両手で大きなコップを持ち、なみなみと注がれている酒を一気に飲み干した。
甘いジュースのような酒なので、お気に召したらしい。
にっこりと笑顔になる。
ただ、酔いも一気に回っているらしく、顔が赤くなる。
さらに、ふらふらと体が左右に揺れ始めた。
「大丈夫か、ニーナ? あまり飲みすぎない方がいいぞ」
「だいじょう……ぶ。わたしも、最強種……だもん。アルコールは平気……にゃあ」
「私の台詞!? 最近、みんなにパクられてるような気がするよ!?」
「そんなことありませんよ、にゃあ」
「そんなことないのだ、にゃあ」
「あからさまな挑発!?」
「みんな、酔ってるわね。お酒っていうものは、もっとゆっくりじっくり味わうものよ」
「せやな。おっと、タニア。そろそろ空やで、ウチが注いでおくでー」
「ありがと」
みんな、思い思いに宴会を楽しんでいた。
みんなの笑顔を見ていると、俺もうれしくなるので、楽しい。
こんな時間がずっと続けばいいけど……そう思うのは、贅沢かな?
「レイン」
名前を呼ばれて振り返ると、リファがいた。
いつの間にか姿を消していたけど、いつの間にか戻ってきていたらしい。
「どこに行っていたんだ?」
「ん。ちょっとお母さんに相談を」
「相談?」
なにか悩みがあったのだろうか?
お兄さん絡み……とか?
「レイン、お願いがある」
「うん?」
「ボクをレインのものにして」
「ぐほっ!?」
突然の爆弾発言に、思わずむせてしまう。
酒が気管に……!?
「にゃ、にゃにゃにゃ……!? まさか、レイン、もうリファに手を……!?」
「ちょっと、どういうことよ、レイン!?」
「ご、誤解だ……ごほっ、ごほっ。俺はなにもしていないから」
「あれ? レイン、喜ばない?」
ひたすらに慌てていると、リファが不思議そうに小首を傾げた。
その台詞を聞くと、俺に喜んでほしいと思い、今のようなことを口にしたのだろうか?
だとしたら、真逆だ。
喜ぶどころか、ひたすらに慌ててしまう。
「突然、どうしたんだ……? なんでそんなことを?」
「昼間、モヤモヤしていた理由がわかった。ボク、レインと一緒にいたい。恩を返さないといけないし、もっと一緒にいたい」
「恩とか、そういうのは気にしなくてもいいんだけど……それに、クリオスを案内してもらう、ってことで話はまとまらなかったか?」
「それじゃあ、対等じゃない。もっともっと、きちんとしたことをして、それで恩返しをしたい。それで、ボク、考えた。でも、わからなくて……お母さんに相談した」
「……もしかして、レゾナさんから今の台詞を言うように?」
「うん、言われた」
あの人はなにを考えているんだ!?
と、心の中で絶叫した。
「お母さんは、あの台詞で男はイチコロと言っていた。どう? イチコロ?」
「いや、それは、なんていうか……」
「ねえねえ。というか、リファはレインと一緒にいたいっていうことは、私達のパーティーに加わる、っていうこと?」
ひたすらに困っていると、助け舟を出すように、カナデがそんなことをリファに問いかけた。
その質問を受けたリファは、軽く視線を下にやり、考える。
ややあって、小さな口を開く。
「……うん、そうかもしれない。ボク、レインの仲間になりたい。それで、恩返しをしたい」
「にゃー……また一人、レインにたぶらかされる子が」
たぶらかしてなんていない。
いないのだけど、みんな、カナデと同じようにジト目を送ってきた。
なぜ……?
「えっと……それは本気なのか? きちんと考えた上での行動なのか?」
「もちろん。だから、お母さんにも相談してきた」
「レゾナさんはなんて?」
「ボクの好きにしていい、って」
レゾナさんの許可をもらっているのなら、俺がどうこう言うこともないか。
それに、リファはこう見えて、きちんとした考えを持っている。
軽い気持ちで仲間になりたい、って言っているわけじゃないだろう。
「……うん、わかった。俺は問題ないよ。みんなはどう思う?」
「私はいいと思うな。リファとここでお別れ、っていうのは寂しいし」
「あたしも問題ないわ」
「新しい仲間は歓迎です」
「うむ、我にまた一人、後輩ができるわけだな! ダッシュでパン買ってくるのだ!」
「一緒に……行こう?」
「ウチも賛成やでー」
みんなも問題なし。
「じゃあ……歓迎するよ、リファ」
「うん」
手を差し出すと、どこかうれしそうな感じで、リファがこちらの手を握る。
「それと、ボク、レインと契約をしたい」
「リファも?」
「ボクだけ仲間はずれはイヤ。だから、契約する」
「えっと……ああ、わかったよ。じゃあ、契約しようか」
確たることは言えないが、でも、たぶん、リファとも契約できるだろう。
最強種と契約するなんてありえない、なんてことを今更言うつもりはないし……
それに、自分の出自を知った今なら、そういうことも可能だろうと判断した。
指を噛み、その血で手の平に魔法陣を描いた。
何度もしていることなので、もう慣れたものだ。
「……我が名は、レイン・シュラウド。新たな契約を結び、ここに縁を作る。誓いを胸に、希望を心に、力をこの手に。答えよ。汝の名前は?」
「……リファ……」
リファの体に魔法陣が刻まれる。
「……これで終わり?」
「ああ、契約成立だ」
俺はもう一度、リファに手を差し出す。
「これからよろしくな、リファ」
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