321話 帰還と報告
「おかえりなさい、モニカ」
「ただいま戻りました、リース様」
黒の屋敷と名付けられている場所で、モニカはリースと再会した。
床に膝をついて、そのまま頭を下げる。
「もうしわけありません、リース様。先に魔法で報告をした通り、あの計画は失敗……ヴァイス様も滅ぼされてしまいました。私も力を尽くしたのですが、一歩及ばず……」
「いいんですよ、モニカ。ヴァイスのことは残念ですが、その責任をあなたが感じることはありません。強いて責任の所在を明らかにするなら、それは私のせい。レイン・シュラウドという人間の力を見誤った私の責任ということになりますから」
「そんな……! リース様に責任なんて、そのようなものはございません。そのようなことを、私は求めません」
リースが謝罪すると、モニカは途端にうろたえた。
そのようなことはしないでください、と慌てている。
その姿からは、リースに対する強い敬意が見られた。
レインの前で見せたような妖しい気配はまるでない。
信者が神を信仰するように。
子供が親を無条件で愛するように。
モニカはリースに対して、それらと近い感情を見せていた。
もしもこの場にアリオスがいたら、驚いていただろう。
君もそのような顔をすることがあるんだな……と。
「ヴァイスにお願いして、スタンピードを起こしてもらう……邪魔な最強種を排除しつつ、魔王様に捧げる贄として、多くの魂を集める。我ながらいい作戦だとは思いましたが、こうも簡単に切り崩されてしまうとは……本当に、頭が痛いですね」
リースにとって、今回の計画はわりと重要なところに位置していた。
うまくいけば休眠期に入っている魔王を目覚めさせることできる。
そう考えていたために、きちんとした計画を練り、それなりの体勢で挑むことにした。
同胞であるヴァイスに出向いてもらったのも、そのためだ。
しかし、結果は散々なものだ。
計画が失敗するだけではなくて、ヴァイスも失ってしまう。
かなりの痛手だった。
そんな現情報を振り返ったところで、リースは、ふとイリスの言葉を思い出した。
いつだったか、レインを侮らない方がいい、と言っていた。
それは、このことを指していたのだろうか?
もしかしたら、イリスはレインの力を知っており、こうなることを予期していたのだろうか?
「……いえ、まさか」
そんなことはありえないと、リースは首を小さく横に振る。
レイン・シュラウドは勇者となる資格を得ているが、その体に流れる神の血は薄い。
数値で換算したら、アリオスの半分以下だ。
そんな人間が魔族を上回るなんてことは、普通に考えてありえない。
ヴァイスが破れたのは、なにかしらの偶発的な要素が重なった、不運によるものだろう。
リースはそう決めつけた。
「リース様」
「ん? なにかしら」
「今後の予定は決まっているでしょうか?」
「そうですね……小さな計画はいくつも動いていますが、現時点では、あなたに動いてもらう予定はありませんね」
それだけヴァイスの作戦に力を注いでいた。
かなり痛い誤算だ。
「でしたら、私が動く許可をいただけないでしょうか?」
「あら? なにか思いついたことが?」
「思いついたというか、以前から考えていたことがありまして」
モニカは内緒話をするように、小さな声でリースに自分の計画を伝えて……
それを聞いたリースは、感心するように何度か頷いて、楽しそうな笑顔を作る。
「いいですね……ええ、とてもいい計画だと思います。このようなことを言うとあなたに失礼かもしれないけど、まさか、モニカがこんな作戦を考えられるなんて。ふふっ、うれしい成長ですね」
「ありがとうございます」
「では、さっそく行動に移ってもらってもいい?」
「はい、かしこまりました」
「悪いですね。帰ってきたばかりだというのに」
「いえ、お気になさらず。私は、リース様のために働けることこそが、なによりの幸せなのですから。たくさん命令していただける方が、逆にうれしいのですよ」
モニカが笑みを浮かべる。
その笑みは、リースに対する信頼であふれていた。
いや、信頼以上と呼ぶべきだろう。
単なる上と下の関係だけではなくて……
それ以上の深いなにかが込められていた。
――――――――――
ヴァイスが元凶ということに間違いはないと思うが、それでも、念の為に古城内部と、周囲の探索をした。
もしかしたら、スタンピードの原因が他にあるかもしれない、と考えてのことだ。
内容が内容だけに、慎重になりすぎるに越したことはない。
ただ、それは杞憂だったらしく、問題はなにも見つからなかった。
それを確認した俺達は、古城を後にして、クリオスに帰還する。
――――――――――
「「「おぉおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」」」
クリオスに戻り、街に入ると……
俺達の姿を見つけた街の人々が、急に歓声をあげた。
「にゃんっ!?」
「はぅ……!?」
カナデとニーナが驚いて、共に尻尾をぴーんと逆立てていた。
「なんですか、この騒ぎは?」
「む? 皆、なぜか笑顔を浮かべているな」
ソラとルナは訝しげにしていた。
タニアとティナも似たような感じだ。
ただ一人、リファは落ち着いていた。
落ち着いているというか……この展開を想定していた?
そんな感じで、特に驚くことはない。
「えっと……リファ」
「なに?」
「この状況、もしかして心当たりが? 知っているなら、どういうことか教えてくれないか?」
「クリオスの人はノリが良い。その結果」
「……すまん。もう少し、わかりやすく頼む」
「えっと……」
今の説明でなんでわからないの? というような顔をされてしまうが、リファはめんどうくさがることなく、きちんと説明してくれる。
「たぶん、ボクの仲間の誰かが、ヴァイスを倒したことを感知したんだと思う。当然、その話は街中に広げられる。そんな時、ボク達が帰ってきた。レインは英雄みたいなもの。この街はノリが良い人が多いから、盛大に出迎える。以上」
「あー……」
淡々とした説明を受けて、なんとなく、この状況を理解した。
「レイン。みんなに応えるべき」
「え? 俺が……?」
「レインはボク達のリーダー。なら、リーダーが応えるべき」
「えっと……」
照れくさいし、柄じゃないんだけど……でも、リファの言うことは一理ある。
そうすることで、この事件に終止符を打つというか……そういうことを、この街の人に伝えることができる。
俺は一歩前に出て、勝利を宣言するように拳を突き上げた。
一瞬の静寂の後……
「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉっ!!!」」」
人々の歓声がもう一度、響くのだった。
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