1167話 致命的に……
「レインくんがいなかったら、私が八つ裂きにしていたよ……ガルルル」
吠えるミルアさん。
ものすごい怒りだ。
でも、ガルルルはやめましょう。
サクラと同じ狼じゃないんだから。
「決闘でいかさまをしたり、タニアを小さくしたり……やっていることは許せないですけど、ただ、話をした限り、悪人のようには感じなかったんですよね」
「それはそうだよ」
「え?」
「だって、あいつは自分が悪いことをしているなんて欠片も思っていないもん」
欠片も?
それは、どういう意味だろう?
「グローヴェインのご両親は、けっこう偉大な竜だったの。今はもう亡くなっちゃったんだけど……それで、さらに神格化された感じはあるかな?」
偉大な功績を残した者がこの世を去る。
残された人達は、その人のことをより強く想うようになり、神格化することは珍しくはない。
「だから、その息子のグローヴェインも期待されているというか、慕われているというか……グローヴェインなら、きっと素晴らしいことを成し遂げてくれる! なにしろ両親の若い頃にそっくりなのだから! っていう感じ」
「プレッシャーがありそうですね。ただ……本人は、それにしっかりと向き合い、応えようとしているように感じますけど?」
「うん、それは正解。グローヴェインは、期待と責任を果たそうとしている。しているんだけど……」
ミルアさんは、とても深いため息をこぼした。
「やる気はあって、行動力もある。責任感と義務感も持ち合わせている。ただ、倫理観が抜けているというか……自分は上に立つ者で、その使命を果たさなければいけない……なんて、傲った考えをしているんだよ」
「それは……」
「そのせいで、他の人のことをちゃんと考えてあげることができていない。こんなことをされたら傷ついて痛いだろうな、っていうことをまるで想像できていない。だから、真面目だけど、でも、暴走を繰り返しちゃうんだよ」
「……厄介ですね」
「うん、焼きたくなるくらいに」
ミルアさんの言葉をそのまま受け止めるのなら、グローヴェインは悪人ではない。
しかし、善人でもない。
グローヴェインは正しいことを行う。
善行を行う。
ただ、それはグローヴェインが思う善行であって、世間一般の善行と当てはまるかどうかは、また別の話。
……という感じだろうか?
簡単に言うと、世界で一番自分が正しい、と思っているような相手。
もちろん、人は誰しもそういう考えを持つ。
自分の考えを持って、それが正しいと信じて動く。
とはいえ、絶対的に信じることは少ない。
本当にこれは正しいのか? って迷うことはあるだろうし。
こうすることが正しいはず、と思っていても、ある程度は周囲に合わせていく。
……グローヴェインはそれをしない、っていうことか。
「レインくん、負けないでね! 負けたら私、里を焼かなくちゃいけないから!」
「えっと……里を焼くに関してはノーコメントで。でも、決闘については、絶対に負けません、と返しておきます」
こういう時、どんな顔をすればいいのだろう?
俺は苦笑するしかない。
とはいえ、決闘にかける意気込みは誰にも負けていないつもりだ。
なにせタニアの未来がかかっている。
絶対に負けられない。
「よし」
小さく呟いて。
気合を入れて。
前に進んで、グローヴェインと対峙する。
「よくきたな。逃げず、私と戦うことを選んだことを素直に褒めようではないか」
「えっと……どうも」
先のミルアさんの言葉通りなら、これでもグローヴェインは俺のことを褒めているのだろう。
嫌味とかではなくて。
……厄介な性格だな。
こうして対峙していると、嫌な感じがひしひしと伝わってくる。
「貴殿にも譲れないものがあるのだろう。しかし、それは私も同じだ。竜族の未来を掴み取るため、必ずタニア殿を手に入れてみせる」
その言葉が引っかかる。
「……タニアを手に入れるとか、ものじゃないんだけどな」
「? なにを言う? 女性は家を守り、そんな女性を男が守り、己のものとする。それは当たり前のことだろう」
「え? いや……」
「ものというのは言いすぎたかもしれないが、しかし、本質的なところはそういうことだ。なにもおかしなことではあるまい?」
「あー……」
性格だけじゃなくて。
価値観も『アレ』なのか。
昔はグローヴェインのような考えを持つ男は多かった。
というか、それが当たり前として認識されていた。
しかし、今はそれは時代遅れ。
互いが互いを尊重する時代で、一方的にどうこう、なんて話はない。
「……あぁもう」
後ろの方でミルアさんが恥ずかしそうにしていた。
グローヴェインの言葉を聞いて、同じ竜族として恥ずかしく思っているようだ。
負けられない理由が一つ、増えたな。
こんな男に負けていたら、同じ男として恥だ。
◇ お知らせ ◇
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