1164話 グローヴェインの視点
「ふむ」
己の巣に帰ったグローヴェインは竜の姿に戻り、先のことを思い返した。
里にやってきた人間と最強種達。
見慣れぬ最強種がいて首を傾げたものの……
それ以上におかしなことは人間がいたことだ。
とはいえ、名前を聞けば納得した。
レイン・シュラウド。
先の大戦で世界を救ったとされている英雄だ。
その名声は竜族の里にまで響いている。
「私の決闘相手は、その英雄殿か……一筋縄ではいかないかもしれないな」
「なに、恐れることはないでしょう」
部下である竜がやってきて、そのようなことを言う。
「相手はたかが人間。英雄などともてはやされていますが、大した力は持たないでしょう。最強種が仲間にいるようなので、その連中のおかげかと」
「いや、侮ることはよくない」
部下は笑うが、グローヴェインは笑うことができなかった。
「あの人間がどれほどの力を持つか、それはわからないが……あのミルア殿が信頼しているのだ」
「それは……」
「それだけでも脅威に値すると思わないか?」
「は……つまらないことを言ってしまい、申しわけありません」
「気にしなくていい。それはそれで、貴公が私のことを高く評価してくれているということだ。嬉しく思う」
「もったいなきお言葉!」
「それで……」
グローヴェインは、明日の天気を尋ねるような気軽さで聞く。
「魔道具は問題ないか?」
「はい、問題ありません。今は、念の為のメンテナンスをしていますが、なにも異常はないとの報告を受けています。本番でも、期待通りの性能を発揮してくれるでしょう」
「相手は人間だが、それについては?」
「そちらも問題ないかと。あの魔道具は、相手の魔力の流れを阻害するもの。最強種だろうが人間だろうが、魔力を持っているという点は共通しています故……あの魔道具を使用すれば、どのような相手であれ、その力は半減するでしょう」
決闘にイカサマがあったことを堂々と告白する部下。
しかし、グローヴェインがそれを咎めることはない。
むしろ……
「うむ、それを聞いて安心した」
よくやった、と褒めていた。
「貴公の言うように、人間を相手に……と思わないでもないが、しかし、ミルア殿に認められるような人間だ。侮ることなく、できる限りのことをした方がいいだろう」
「ええ、ええ。そこで、あの魔道具の出番ですね」
「力を半減させられるというのなら、私の勝利は揺るがないだろう」
「魔道具などなくてもグローヴェイン殿ならば、と思いますが……しかし、あなた様がおっしゃるように、油断はしない方がよさそうですね」
「ああ、その通りだ。この決闘に勝利すれば、ミルア殿も私のことを認めざるをえない。その時こそ、私はタニア殿を妻に迎えて、この里の長となる!」
交わされる会話はろくでもないことばかり。
いかにして勝つか? ではなくて。
いかにして相手を貶めるか? に集中していた。
しかし、グローヴェインはそれを恥と思わない。
卑怯と思ってもいない。
勝者にならなければならない。
敗者なんてごめんだ。
そのためならば、どのようなことでもする……いや。
「私が長となり、里の皆を導いていく……その義務が私にはある。なればこそ、私が長となるのは必然であり、確定された未来なのだ」
グローヴェインは、卑怯な手段を使うことに欠片も後ろめたさを感じていなかった。
むしろ、相手が人間だろうと油断せず全力で挑む自分はすごい、とすら思っている様子だった。
それこそが誇りなのだ、と。
「……ただ」
グローヴェインは少し考えてから言葉を続ける。
「できるのなら、もう一つ、手を打っておきたい」
「もう一つ、ですか?」
「うまく言葉にできないな……これは勘だ。あの人間と話をした時、底しれないなにかを感じた……もしかしたら、魔道具だけでは足りぬかもしれん」
「まさか。あの魔道具に抗える者なんて、それこそ魔王くらいしかおりませぬぞ?」
「わかっている。わかっているのだが……どうしても気になってしまうのだ。この危機感をうまく説明することはできないが……私を信じてくれないか?」
「……わかりました」
部下の竜は、少し考えてから頷いた。
「グローヴェインさまがそこまで言うのなら、なにかしら考えましょう」
「頼む。私の方でも色々と考えてみよう」
……その後。
グローヴェインを慕う竜達によって構成された派閥が、さらなる切り札について話し合い、知略を巡らせた。
悪巧み、とも言う。
ただ……
彼らは竜であり、普段はどんな動物よりも大きな体を持つ。
だからこそ、ひっそりと片隅にいるネズミに気づくことはなかった。




