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画面上での違和感は、鷲塚エイジ(42)プロデューサーの狙い通りだった。


「谷岡内閣の支持率低下はもう致命的だと思うんだよ、ああ、外野は黙ってろ! そこについてはこのデータが示すとおり…」

「ちょっと待って! ちょっと待って! そんな誰が集計したかもわかんないデータなんてどうでもいいんだよ! 問題の核心は!」


生収録の討論番組。

有名人、知識人、政治家、財界人等々、赤裸々な本音トークが視聴者に支持される『問題激論! トンデモーニング!』。

鷲塚エイジはおのれの抜擢が成功裏に終わる予感が、予定調和のようにおのれの中に潜んでいることを感じていた。

スタジオ中央の円卓に並ぶ論客たちのなかに、非常な違和感を醸しているお子さまの姿があった。


「どうしてここにいるのかいまだに納得できないんだけど、ほっとくのもなんだし一応聞いてみようか。おじさんたちのお話の内容は分かったかい、ぼうや」


司会は討論番組にこのヒトありと一目置かれる俵屋宗太郎(72)は、討論に置いていかれている観のある野分ハルミ(5)を指名した。特注の椅子に座ってようやく顔を出すのが精一杯の幼児が、指名に応えて起立しようとして、鷲塚エイジの叱責が飛ぶ。


「カメラから切るな! 普通に撮ってもフレームに入らんだろうが!」


ハルミの立ち姿はきれいにテーブルの陰に隠れてしまう。急遽お立ち台を用意されて、ようやくハルミの姿がカメラに復活する。


「はいっ!」


いまさらのようにピッと手を上げる。

大人たちの視線が痛い。こんなとげとげしいプレッシャーの中で、幼児が満足に発言などできるのだろうかと誰もが思う。それを、この幼児はやってしまう。

鷲塚エイジは、背筋におののきを覚えた。


「よく分かんないけど、五歳のぼくに分からないんじゃ、テレビ見てる人もぜんぜん意味なんて分かんないと思います!」


五歳視点を忘れずに、まさに正論!

専門家がおのれの知識をひけらかすだけでは問題の核心は視聴者まで届かない。小難しい言葉を連呼したところで、その言葉を聞き手が知らなければ意味のない暗号と同じである。


「シュショウはジショクして、コッカイはカイサンソウセンキョすればいいんでしょ? 結局ケツロンはそのへんでしょ?」

「は……ははは」


核心を突かれて言葉をなくす論客たちが、目で鷲塚に訴える。

CM! CM!

CM入りが宣言されるや、スタジオがざわめいた。何日もかけて資料をかき集め、おのれのあたう限りの英知と情熱を注ぎ込んで議論に臨んでいた大人たちが、恐るべき『無知の一刀両断』にさらされる恐怖に戦慄した。とても放送できない恫喝まがいの怒声や、子供を起用したことへのあからさまな不満がそこここで噴き上がる。

鷲塚エイジはぽつんと一人で立つハルミの側に寄って、「まだやれるか?」と聞いた。

「お仕事だから」ハルミの回答は、簡潔だった。






「なかなか面白い見世物だったよ」


収録がハケて、スタジオをあとにしたハルミの横には、彼の敏腕マネージャーを自認する野分リツコと、番組スポンサーの広報担当だという男が、幼児の小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩いている。

すっかりテレビ局の出入りにも慣れて、もともと派手目な衣装がお気に入りのリツコは、威風堂々肩で風を切って歩く女優のようなようすで、たまにホンモノと間違われて慇懃な挨拶でもされるとそれだけでご満悦である。


「出不精の王様がなにしてるのかと思ったら、こんな極東の地でジャリタレというわけですか。それでこの職業を継続している意味は、『仲間集め』のため、と」

「なにか不満でも?」

「いえいえ、滅相も」


時折見せるほわっとした笑顔は年増女をらくらくと篭絡するにちがいない。この男、自称大手電機メーカーのやり手広報マンというふれこみであるが、はたしてその肩書きのどこまでを信じてよいのやら。

男は当然のように、ハルミの手を引いてビルの前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。


「おかあさま。どうもすみませんが、今度ウチのCMで子役を探してましてね、すこしハルミくんとお話させていただきたいのですが…」

「まあっ! CMですか!」


CM、と聞いただけで、ぱぁっと目を輝かせた!


「それではハルミ君をお借りします」

「まあまあっ! こちらこそよろしくお願いしますわ!」


リツコはひとかけらの疑いも抱かずに、手をひらひらと振って息子を送り出した。

それに応えながら、男はハルミにしか聞こえない小声で、


「ノーテンキな親もいたもんだな、こりゃ」

「しかたないでしょう。収録現場にまで入り込んだスポンサー関係者が、まったくの身分詐称、ショタコン変態誘拐犯だなんてたいていは想像すらできないよ」

「…変態とは、王様も代替わりして言葉遣いもずいぶんと悪くなったもんだ」


行き先を告げて、男はシートに深く腰を据えた。


「判定官ですか…」

「しばらくご無沙汰だったもんで、上司が近況を調べてこいと……『鉱山』のクソ鉱夫どもが連名で『所有者不在』の申し立てを行っているんだ。所有者を確定できない財産は、現有者にその優先占有権が認められる。王様の要求で石を送った現地代理人は、怒り狂った鉱夫どもに吊るし上げられた。われわれが王様の『生存』を認定しなければ、『鉱山』はやつらのものになる」

「ずいぶんと不法がまかり通るんですね。ぼくの全財産だっていうのに」

「それがあちらの『法』だよ」


それほど時間を経ずして、ふたりは街中の路地に降り立った。

そこはかつて駅前の一等地として有名デパートがあった場所だった。その後破産したデパートが撤退したあと、入居する企業も見つからず、半ば廃墟として放置されている。大通りに通行人と車がひきも切らずに流れている繁華な場所であるだけに、その廃墟はいかにももったいなく、それでいて不気味な忌避感に包まれていた。


「それでは自分はこれで。適当な場所から見物させてもらいます」

「近くで見なくてもいいの? どうせあなたなら、銃弾ぐらい当ったところでかすり傷ひとつつかないでしょう?」

「いえいえ。こう見えても自分はそれなりにこの社会に溶け込んでいますから。顔を見られたくないんですよ。とくに警察の方などには」


建物は仮設の壁で囲われていたが、それを飛び越えることぐらいはハルミにもたやすい。


「手助けなど必要ではないはずですが。われわれと『対等』であることを公式に認められた人物が、万に一つもあのような手合いに遅れをとることなどないでしょうに」

「それを証明しなくちゃいけないんだよね」

「ええ。まあ」


その瞬間、ハルミの体が宙に躍った。

高さ2メートルの仮設壁が、まるでその辺のガードレールに見えるほどの取るに足らなさで、幼児の侵入を許した。


「それではご武運を!」


壁ひとつ隔てただけで、街の喧騒がひどく遠くなる。

いい天気であったはずなのに、ビルに切り取られた細長い空には星ひとつ見えない。ただひとの街ばかりがあふれるほどの光を放っていた。

標高三千メートルを超える高原の国で、彼は降るほどの星空を見上げて生を繰り返した。あの色彩に乏しい小さな国でですら俗事には倦んでいたというのに、こんな異邦の地に生まれてまで自分はなにをしているんだろうか。

急にすべてがどうでもよくなることがある。放り出して走り出したい衝動に駆られる。

どうせまた繰り返すのならば。

『鉱山』など鉱夫たちにくれてやったっていい。そんな些事はどうでもいい。

『大いなる義務』がなんだというのだ。あんな小さな国ひとつ治めていくだけでも大変なのに。

この世界を。

この星すべてを。


《あなたが示す力が、王の権威となって民を守ることでしょう》


いにしえの約定。

照明ひとつない無人の建物の入口に近づく。

もしもここがより多くの人の目に触れていたなら、またたくまに『心霊スポット』の汚名を与えられていたことだろう。街中にあるとはいえ、打ち捨てられた病院にも等しい虚無感が建物の闇によどんでいる。


「お待ちしておりました。陛下」


入口の脇に、ミユウとナラク侍従長こと吉崎クロード(5)が控えていた。

小さく頷きあったのみで、入口をくぐるハルミのあとにそっと付き従う。


「みなは?」

「いまのところは計画通りに」

「あの刑事は……やっぱりダメだったみたいだね」


ハルミの苦笑に、ミユウが静かに応じる。


「この国の警察機構は動きません。どうやら上の方で政治的な妥結が図られたようです。E国大使館も本国からの圧力で警察への捜査要請を取り下げたそうです」

「これで全部なかったことにするつもりなんだろうね。…あとあと姫が秘密裏に保護されれば、王女誘拐なんていう事件があったことすら抹消されて、きっとテレビとかも涼しい顔で別のニュースを流してチャンチャン。あの頑固そうな刑事、いまごろ頭の血管が切れそうなほどカッカきてるんだろうな」


くつくつと笑って、ハルミはデパートの開け放たれたドアをくぐった。

そこは4階まで吹きぬけたエントランスで、いまはもう動くことのないエスカレーターが止まった時のなかで凍りついている。

その明かりの乏しい空間の中心に、白い人影が浮かび上がり、来客に気付いたようにこちらへと近づいてくる。白いチャイナドレスに身を包んだ女性だった。


「ようこそおいでくださいました、国王陛下」


まだ20代半ばの美しい女性だった。女体美という要素をすべて集めてきたかのような完璧なスタイル、そしてそれを大胆にアピールして臆することもないしぐさが世の男たちを誘って止まなかったであろう。卵形の白い面差しに嫣然と微笑を浮かべ、細くしなやかな指先が誘うようにハルミたちに向けられる。

が、彼女にとって不幸なことは、来客者たちは『大人の色香』というものにまったく無縁でいられる年頃のお子様たちであったことだろう。

大胆に切れ込んだドレスのスリットからのぞく美しい脚線にすらほとんど興味を示さない。

色仕掛けは効かない、そう判断したものか。女性は即座におのれの印象を改め、有能な秘書然とした行儀よさでハルミに腰を折った。その切り替えの素早さは、別の意味で有能な女性を好まない一部の男どもを萎縮させるに充分であっただろう。


「《支配人》がお待ちです。どうぞこちらへ…」


うながし、ハルミたちに背中を見せたその瞬間。

おのれの無防備をさらけ出すことで得られる相手の一瞬の油断。その瞬間、女性は恐るべき刺客となって後方のハルミたちに襲いかかった!

ほとんど予備動作もなく鋭い蹴りが放たれて、それが予想外に空を切る。


「物騒な案内人ね」


子供たちはほとんど危うさもなくその攻撃を回避し、体勢を整えていた。

わずかな舌打ちのすぐ次の瞬間、身を翻した女性の回し蹴りが再びハルミを襲った。見事な脚線美が惜しげもなく披露されているのだが、残念なことにその場では魅惑の魔法もまったく効果を発揮しなかった。見とれて呆然と攻撃を受けるという愚かしさに無縁の三人は、一瞬の遅滞もなく迎撃の体制に入る。

女性の一番近く、ハルミを背後にかばう立ち位置にいたミユウは蹴りをかがんでやり過ごしたあと、すぐさま反撃に移るべく構えたが、


「待って」


主人の短かな言葉に引きとどめられるように動きを止めた。


「ハルさま…」

「たぶん、これはぼくを試そうという趣向なんだと思う」


ハルミはかばわれるべき立ち位置から、直接攻撃をやり取りする攻守当事者の位置へと身を移す。


「陛下を試すなどと、なんと不遜な…」


クロードが憤慨するも、ハルミに制されては黙るしかなかった。止められはしたが、ミユウとクロードの眼差しは相手を射殺さんばかりに鋭さを増している。

1対1。

客観的には1対0.2ぐらいに見えたが、対等の決闘者として両者は互いを見据えた。


「いいよ。いつでも」


そして余裕の表情で相手を挑発したのは、客観評価0.2のほうであった!






都内某所で謎の決闘が始まったころ、都内某所のヤスダビルヂングは定刻を迎えた。

鳴らない電話を受け持たされたレナが居眠りする横で、熱心にマンガ雑誌を読みふけっていた諏訪リョウジは、侍女のナユにお盆で小突かれるまで五時になったことにも気付かなかった!


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