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第9話






 電撃歌祭りは、大成功に終わった。

 というか、向こうから『次回も出演して欲しい』という話まで既に来ていた。

 今度は猶予時間がかなりあるので、曲も含めてどうするのかを話し合うのは十分だろう。


 彼女の人気も高まり、さっそくテレビの出演依頼が来ていた。

 そのため今は家に居ない。

 俺も一通りの家事を終わらせて暇になったので、少し出かけていた。

 ……と言っても普段あまり行かない方角に散歩をしにいくだけである。


 そういえば結婚してからこうして一人でウロウロすることなんて買い物以外であっただろうか?

 仕事以外では……と考えて、ふと彼女との出会いを思い出して思わず笑ってしまった。


 当時、同じようにブラブラと散歩していた。

 確かあの時は、音楽業界から結構なお誘いを受けていたが、自分のチート能力があまりにもヤバ過ぎて逆に音楽への情熱を失いかけていた。

 そんな時、偶然彼女が外で撮影を行っている現場に通りかかって―――そして偶然彼女と目が合う。

 長い黒髪が風によって靡く姿は、幻想の世界に紛れ込んでしまったかのように神秘的だった。


「可愛い子だな」


 第一印象から、綺麗というより可愛い子だなという感じだった。

 撮影をしているから女優かアイドルか……なんて考えながらも通り過ぎようとして、何故か猛ダッシュしてきた彼女に腕を掴まれたんだっけ。

 そして息を切らせながら彼女は口を開いた。


「あ、あの! 連絡先を交換しませんか!?」


 当事者である俺も驚いたが、現場の人間はもっと驚いただろう。

 どこの世界に、撮影中に全てを投げ出して男の所に走っていく女優?アイドル?が居るだろうか?

 あの時から一緒だった橋本マネージャーも呆然としていたが、ハッと意識が戻るとスグにこちらにダッシュしてきて素早く俺に名刺を渡してきた。

 それを確認するよりも先に、彼女は美結をガシっと掴んだ。

 そして彼女は抵抗しようとする美結を抱えてワンボックスタイプの大きめな車の中へと入って扉が閉まった。

 その様子は、完全に手慣れた誘拐犯のようでもあり、それを見ていた誰もが言葉を失う。 

 どうしたものかと思っていると、あの手慣れた誘拐犯……ではなく、さっきの名刺を渡してきたスーツ姿の女性がやってきて声をかけてくる。


「あとでこちらから連絡致しますので、ご連絡先を教えて頂けますか?」


 後日、本当にマネージャーから連絡があり、何度かやり取りをして……ようやく美結との連絡が出来るようになった。

 もちろんマネージャー監視の上だったようだが、それでも何故か最初から恋人気分な文章が恐ろしい勢いで打ち込まれ続け、最初は頑張って止めていたマネージャーも最後は諦めたようで後半は特に凄かったのを覚えている。

 その癖に、いざデートなどの直接会うことになると、まるで異性と全くかかわったことがないというような純粋無垢な少女となる。

 ただひたすらウルウルした瞳と上目遣いでこちらをじっと見てくる。

 声をかけると恥ずかしそうに頬を赤らめ、まるで恋する乙女のような仕草で遠慮がちに答える。

 偶然手が触れるだけで手を引っ込め、恥ずかしそうに触れた部分を愛おしそうに撫でながら、そしてまたウルウルした瞳でこちらの様子を伺う。

 何か装飾品をプレゼントすれば、俺と会う時は必ずそれを身に着けてくる。


 こんなに可愛い子の、これほどの猛アタックに耐えられる男が居るだろうか?

 あっという間に交際することになったことで、ずいぶんとマネージャーには苦労をかけただろう。

 そう考えて、途中で見つけたケーキ屋で今度彼女にもケーキを買って労ってあげようという気持ちになった。


 そうして昔のことを思い出しながら歩いていると、エレキギターの音が聞こえてきた。

 何かやってるのかと思ってその方角に歩いていく。

 すると人通りの多い場所の休憩スペースみたいになっている場所で、エレキギターを持って歌う少女が居た。


 少し高めの身長に、腰まである金髪を靡かせ、しかも一部の髪だけ赤色に染めている。

 その見た目に違わず、ギターを演奏しながら思いっきり歌っていた。

 彼女オリジナルソングという訳ではなく、あくまでも人気曲を歌っているだけ。

 しかし俺は足を止めて彼女の歌を聞いていた。


 決して上手いという訳ではないが、粗削りながらも才能はあると思わせるほどの感情の乗せた歌い方。

 歌う技術など後からいくらでも練習次第でどうとでもなるが、こうした才能は練習ではどうにもならない。

 ただ気になるのが、今の彼女のスタイルはまるで―――



 彼女の歌が終わると、俺はスグに近づいて彼女の前に置かれていたギターケースに1万円を入れる。

 すると彼女は驚いて声をかけてきた。


「ちょ、ちょっとお兄さん。入れるお金間違ってない?」


「いや、合ってるよ」


「え、ええぇ……」


 驚きと困惑の表情を浮かべる少女。

 見た目からすればもっと激しい性格に見えたが、どうも違うらしい。


「ところで気になったんだが、キミもしかして本来は他のメンバーが一緒だったりしないか?」


「え?どうしてですか?」


「歌い方というか演奏の仕方というか、どうも本来はグループで活動している……そんな感じに見えたからさ」


「……そういうのってわかるんですか?」


「何となくね」


 俺にそう言われて少女は、ぐっと何かに堪える表情になる。

 それから少しして口を開いた。


「ちょっと前までグループで活動してたんですけど……方向性の違いってやつですかね?そういうので一人になっちゃって」


 どこか悔しそうで、でもどこか寂しそうで。

 そんな彼女を見て考える。

 今うちの事務所は美結1人だ。

 今後を考えると、もう少し人は欲しい。


 幸い彼女には才能がある。

 時間をかけて少し手を加える必要があるが、十分プロとしてやっていけるレベルだ。

 そこまで考えて、俺は自分の名刺を差し出す。


「―――水野エンターテインメント?」


 名刺を受け取った彼女は首をかしげる。


「まだ出来たばかりの弱小事務所だけど、もし興味があったら連絡してくれ」


 そういうと彼女は一瞬だけ嬉しそうにしたが、スグに微妙な表情になる。

 恐らく出来たばかりの事務所という所で不安に感じたのだろう。

 それでも俺は、これ以上何も言う気はない。

 全ては彼女の選択次第だ。


 彼女の不安に何か言う訳でもなく、ただ手を振って立ち去る。

 そろそろ家に帰って準備をしないと妻が帰ってくるからね。

 ああ、そうだ。

 確かマネージャーも一緒に来て今後の話をしたいって言ってたから、妻と彼女のために労いのケーキをいくつか買って帰るか。






 その日の夜。

 名刺を受け取った少女―――『高藤(たかふじ) 瑠璃(るり)』は、シャワーを浴びたあとにパジャマ姿でベッドに寝ていた。

 手には今日貰った名刺。

 それをじーっと見てから、ふと何かに気づいて携帯を操作する。

 そして水野エンターテインメントの公式ページを発見して中身を確認して―――彼女の世界は吹き飛んだ。


 MIYUというアーティスト名と、彼女が最近歌った曲にある『美樹』という名前を見て。







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