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第11話







 どうしてこうなった。

 それが今、俺が一番言いたいことだった。

 高藤 瑠璃に一応形式的な面接をさせてくれという話をして、応接室に通した。

 お茶を出してから、彼女の今までの経歴や目指したい方向性などを聞いて行くだけ。

 そのはずだったんだ。


 ―――しかし


「へぇ、そうなんだ~」


 今、俺の右側にはこれでもかと腕にしがみ付き、手を恋人繋ぎで搦めてくる妻の姿があった。

 どういう訳か、突然やってきて事情を聴くと何故か隣に座ってのコレである。

 おかげで右腕が全く使えない。

 何か資料を出すのも全て左手一本でやらなければならず非常に効率が悪い。

 何故なら右手を放してくれないのだ。


 ただひたすらに笑顔で彼女との形式的な面接に世間話で割り込んでくる。

 幸い、瑠璃ちゃんもウチの嫁と話がしたかったみたいで、会話は非常に盛り上がっていた。

 そして彼女の狙いはやはり『美樹』だった。


「美樹からの曲の提供ってあるんですか!?」


 何か質問は?と聞いた時の彼女の第一声がそれだった。

 あると答えると彼女は座っていたにも関わらず、その場で飛び跳ねて喜びたいような表情をしていた。

 どうやらファンらしい。

 もし目の前に居る俺が『美樹』だと知ったらどうするんだろうか?と思わなくもないが別に公表して回る気もない。


 それから事務所内を案内する。

 嫁さんは、ずっと腕にしがみ付きっぱなしである。

 ついでに橋本マネージャーとも顔合わせをした。

 最初は彼女が瑠璃ちゃんのマネージャーも兼任するが、採用した人間から1人マネージャーになる者がいるので、いずれは彼女専用のマネージャーが付く予定だ。

 あとはまず彼女には本格的なトレーニングをして貰う必要がある。

 まだまだプロとしてやっていくだけの技術も体力も足りない。

 指導する先生を誰にするかという話もして、それらの手配は橋本マネージャーに任せる。

 そしてその日のうちに契約書を渡す。


・契約期間は無期限。

・途中解約は自由で罰則なし。

・著しくイメージを損ねたり、犯罪行為等を行った場合など、重大な違反行為が無い限りはこちらから解雇することはない。


 といった感じで、業界人が見れば驚くほど緩い契約内容にしてある。

 どうせ辞めると決意されるほどの状態なら、契約で縛り付けても意味はない。

 それなら互いに円満に手続きが出来た方が良いだろう。

 未成年にその場で契約書を書かせるなんてことはせず、保護者の同意書も貰ってくるように各種書類を手渡して、今日の所は帰って貰った。


 そして今、この状況をどうしようかと考えている。

 我が妻は、タレント用の待機部屋の一番良い部屋のソファーを占拠していた。

 俺が近づこうとするのに気づくとまるで警戒している猫のようにこちらを睨みつけてソファーの上で大きなブランケットに包まっている。

 まるで芋虫のような……いやアンモナイトに見えなくも……猫だからニャンモナイトか?

 とりあえず謎の籠城の姿勢を見せていた。

 こんな彼女を見たのは久しぶりだ。

 俺が他の女性と仲良くすると嫉妬して、たまにこうなる。

 今回は散々事前説明したはずなんだがなぁ……。


 何か打開策は無いかと考え、ふと思い出した。

 アレを持ってこよう。

 一度部屋を出ると社長室の机の引き出しに入れておいた大きな封筒を取り出す。

 そして部屋に戻ると、そ~っと中へと入る。

 彼女の死角から回り込んで背後までたどり着くと、そのままブランケットごと彼女を抱きしめるように上から覆いかぶさった。


 何か小動物のような鳴き声と共に顔だけ出してる彼女に自分の顔を近づけて声をかける。


「言った通り何も無かったでしょ?なのにどうして拗ねてるの?」


「……拗ねてないもん」


 完全に駄々を捏ねている子供のような妻が可愛くて、愛おしくて、思わず笑いながら抱きしめる。

 そんなこちらの余裕が気に入らないのか、逃げようと抵抗するが自らブランケットに包まっているのだ、逃げようなどない。

 なので先ほどの大きな封筒を取り出すと、彼女の前に差し出す。

 これが何なのかわからずに首をかしげる彼女に『中身を見て』と促す。

 中に入っていた紙を見て彼女の顔は一瞬にして真剣になる。


「これは?」


「ちょっとキミに歌って貰いたい歌なんだ」


「私に?」


「そう、キミに」


「どうして?」


「ちょっとした仕事で曲を提供することになってね。歌い手が決まってないようだったからこっちでキミでって指名したんだよ。つまり立派な仕事だね」


「……そうなんだ」


 カンタンなやり取りになっているのは、会話中も彼女が曲の書かれた紙から視線を外さないからだ。

 それから少ししてブランケットの鎧を脱ぎ捨て、大人しくソファーにちょこんと座った彼女は、ずっと紙を握り締めて穴が開くほど凝視している。

 橋本マネージャーが入ってきて声をかけたが、あまりの集中力に返事すらない。

 仕方が無く状況を説明するとマネージャーに仕事の詳細を確認されたので―――


「ああ、国際救済団体CCCからの依頼だよ。今度、団体のミュージックビデオを作りたいらしくてね。だからそのための曲として作ったんだ」


 すると彼女は驚きの表情と共にフリーズしてしまった。

 何故ならそれは、世界的な仕事と言っても良いレベルのものだったからだ。


「ついでに向こうの承諾を得てるから、今度の電撃歌祭りの新曲としても使えるぞ?」


 綿密な調整が必要にはなるが、歌を歌う瞬間にミュージックビデオを同時公開という形にすることも可能だと既に許可は貰っていたりする。

 という訳で、あとは美結が歌うだけと言えた。


『水野美結 × いのち = 相性度70%』


 この『いのち』という歌は、あくまで国際救済団体CCCからの要望が中心であるため、どうしても美結用に調整しても相性度は落ちる。

 しかし7割もあれば十分だろう。

 これで喜んでくれるかと思ったら、まさかのそのまま社内のレコーディングスタジオに直行して歌の練習に入り始めてしまった。


 やる気に火が付くのは良い事だが、流石にちょっと燃え過ぎではないか?

 まだまだ時間があるんだからと、夜遅くまで残ろうとする彼女を説得して自宅へと帰った。


 ベッドで俺に抱き着いて眠る彼女を見ながら俺は思った。


「やっぱり俺がしっかり管理しないとダメだな」


 眠る彼女のおでこにキスをしてから俺も眠りについた。






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