24話 山あり谷あり〈ロジェリオ視点〉
足を踏み入れると、皆がこちらに視線を集中させた。刹那、息が詰まりそうな重たい空気がその場に流れ出す。そのような中、ボス的な存在であろう男が声をかけてきた。
「何の用だ?」
「イゴールに手を出したのは君たちか?」
訊ねると、男はきょとんとした顔をした後にハッと鼻で笑い嘲るような笑みを浮かべた。
「だから何だよ。俺たちは裏切り者に制裁しただけ――」
「僕と決闘しろ」
「はあ?」
決闘しろと告げた途端、男の顔が怒りに歪んだ。でも、僕は改めてその言葉を口にした。
「僕と決闘をしろ」
「誰が戦うかよっ……。寝言も大概にしろ」
男は疎ましそうに、シッシッと僕を手で追い払うような動きをする。すると、その周りに居た取り巻きたちも男に賛同するように「そうだそうだ!」と、僕に罵声を浴びせ始めた。
だが、僕は立ち去ることなく目の前の男を見据え続け、その男の核を突くための言葉をかけた。
「負けるのが怖いのか?」
「ああ? 舐めたこと言ってんじゃねえぞ!?」
僕の問いかけに、案の定激高した様子になった男はギロリと眼光鋭く睨んできた。そのため、僕は作戦通りだと更に話を続けた。
「なら戦え。僕が気に食わないなら、僕に攻撃しろ。何人でかかって来ても良い。相手になる。ただし、その戦いに僕が勝ったらイゴールに謝れ、そしてこれからは手を出すな」
「っ……本当に何人でも良いんだな?」
「ああ」
男の質問に頷きを返す。すると、男は化け物を見るかのようなに目を見開き、口角を上げて声を漏らした。
「あとで後悔すんなよ?」
「もちろんだ」
僕がそう言葉を返すと、男は取り巻きたちに広場に移動するぞと声をかけた。こうして、僕たちは決闘のため広場に移動してきた。
「君の名前は?」
「ああ? 何でお前に名前をっ――」
「決闘で名乗るのは騎士の常識だ。僕はロジェリオ、君は?」
「っ……ロッドだ」
取り巻きの長の名前がロッドだと判明した。そのため僕は、ロッドに改めて決闘の説明をした。
「ロッドだな。何人かかって来ても良いが、敵大将は君だ。君が剣を手から離すか、戦闘不能になった時点で終わりだ。分かったな?」
そう声をかけると、ロッドはうざったらしいといった表情で舌打ちをした。そして「分かったよ」といいながら、持ち場に移動した。
するとそのとき、慌てた様子の院長が僕に向かって走ってきた。
「ど、どうなさったのです!? 決闘と聞いて飛んできましたが嘘ですよね!?」
「いえ、本当です。そうだ、ちょうど良いところに来られましたね。審判をお願いします」
「はい!?」
院長はひっくり返りそうなほど驚いた様子で、広場にぐるりと視線を回す。その直後、悲惨なほど気苦労に塗れた表情を見せ、ゆっくりと頷きその役目を受け入れた。
「絶対に大怪我は駄目ですからね!」
そんな言葉の後、院長は決闘開始の合図をかけた。こうして、イゴールへの謝罪とこれからの扱いをかけた決闘が始まった。
◇◇◇
試合が始まり、僕を滅多打ちにしようと取り巻きたちが勢いよく襲い掛かってきた。だが、大量の人数で飛びかかったことが災いし、彼らは仲間内での相討ちにより一瞬で自滅した。
「おい! お前ら何してるんだ! 頭使え!」
そんなロッドの怒号が聞こえる中、新たな取り巻きが目の前に現れる。先ほどの自滅を見て学んだのか、一斉に攻撃をするのも最大同時に三人に留まっている。
しかし、僕にとって彼らを倒すことは造作もなかった。剣術を上手く使いこなせてなさすぎたのだ。
それに、後ろから奇襲を仕掛けてきたがそれらもすべて意味がなかった。対峙する視線が、後ろから来る敵の存在をありありと伝えていたからだ。
恐らく実戦経験の差もあるのだろう。僕は襲いかかってくる取り巻きたちを一気に倒し、早々に敵大将であるロッドの元へ辿り着いた。
「結局、一騎打ちなのかよ」
そう言いながら、ロッドは僕が振るう剣を受け止める。その瞬間、先ほどまでの取り巻きたちとは剣のレベルが違うと瞬時に悟る。それと同時に、ロッドの目の奥に燃える炎が見えたような気がした。
真剣を使わずに木剣を使って戦っているため、あたりにはガンガンッという気がぶつかり合う重たい音が響く。だが、その音はすぐに消えた。
「あっ……!」
ロッドの手から木剣が飛んでいったのだ。もちろん、僕が払った剣によって。
「何でだよっ……。クソっ……!」
手から剣が離れたことがよほど悔しかったのだろう。ロッドは剣を持っていた自身の右手を地面に叩き付け始めた。
「ロッド、そんなに自分を傷付けるな」
「はあ? うっせーんだよ。イゴールさんに謝りゃいいんだろ! 約束は守るから、もうどっか行け! 失せろ!」
いきり立った野生の猫のように僕に威嚇をするロッドに、思わずため息を吐く。だが「分かったよ」と声をかけ、僕は広場を後にした。
◇◇◇
決闘を終えた後、取り巻きたちとロッドは本当にイゴールに謝罪したらしい。そして今後、剣術の練習をする人たちにも手を出さないという約束も取り決めたという。
それから数日が経った頃、イゴールとアグニ、そしてニクスと僕の四人で行っていた剣術指南の時間には、ある変化が起こっていた。
「なあなあ! やっぱりあいつらも一緒に練習したいんじゃねえの?」
「だろうね。でも、面子が立たないから来れないんでしょ」
アグニとニクスがそんな会話をしながら視線を向ける方を見やると、僕に見られたと焦りながらもこちらをチラチラと柱の影から覗いている取り巻きたちがいる。
――あれで隠れられていると思っているんだろうか?
「なあ、ロジェリオ」
彼らに目を向けていると、突然イゴールが話しかけてきた。
「ん? イゴールどうした? もしかしてまだ傷が――」
「いや」
僕の懸念に首を振ると、イゴールは親指で柱に隠れる背後の彼らを指しながら言葉を続けた。
「あいつらを誘っても良いか?」
「彼らを?」
「ああ、あんたにあんな態度を取ったから、自分たちからは来れないだろう。だから声をかけて、参加できる機会を作ってやりてえんだ」
めんどくせえ奴らなんだよと控えめな笑みを見せるイゴールは、何だか楽しそうに思える。そんな彼に僕が返す言葉は一つしかなかった。
「もちろん良いぞ。よろしく頼んだ」
そう言うと、イゴールはフッと笑い軽い足取りで彼らの方へと歩いて行った。それからしばらくし、イゴールが柱に隠れてこちらを見ていた全員を連れて来た。
「頼まれたから、仕方なく来てやった」
「どんなものか確認しに来ただけだ」
「お前が変なことしないか、ちゃんと監視してやるよ!」
そんな言葉を吐く彼らだが、目は練習用の木剣を見て輝いていた。目は口ほどにものを言うとはこのことだと、改めて実感する。
「じゃあ、今日の練習を始めるぞ!」
そう声をかけ、僕らはいつもと変わらない剣術指南を始めた。
◇◇◇
「今日は勢ぞろいだな」
イゴールが取り巻きたちを剣術指南に誘ってから一カ月が経ったころ、剣術指南にはロッド以外の全員が集まっていた。一度参加した彼らは枷を外されたかのように、毎日剣術指南を受けに来るようになったのだ。
最初はもう少し確認しないといけないと言い訳をしながらだった。しかし今では、少しずつ打ち解けていったこともあり、自分の意思で積極性を持って指南を受けに来ている。
だがそんな彼らは、最近共通するある悩み事を抱えていた。
「ロッドさんは今日も来なかったか」
「ロッドさんが一番剣術を学びたいって、リディア様に頼んでたのにな……」
そんな話が聞こえ、そう言えばあの決闘以来ロッドをめっきり見かけなくなったと気付く。
――一度、彼を僕から誘ってみるか?
そう考えた僕は今日の剣術指南を終えた後、ロッドを探してみた。すると、目星が当たり意外と早く彼を見つけることが出来たのだが、先客がいた。イゴールだ。
二人は真剣な表情で、話し合いをしていた。
「ロッド……お前も剣術指南に来ないか? あいつら、この一カ月で本当に剣の腕が上がったぞ?」
「分かってる、分かってるけどよ……。あいつが気に食わねえんだよっ……」
「ロジェリオか?」
「ああ。だってリディア様を貶めたやつだろ? あんな奴から剣を習うなんてっ……」
その言葉を受け、イゴールは難しそうに顔を歪ませる。その彼の表情を見て、僕は意を決しロッドに声をかけた。
「ロッド」
「っ! 何でお前がここにっ……!」
驚いた顔でこちらを見たロッドが、怒りの形相をイゴールに向ける。きっとイゴールが僕を呼んだと勘違いしたんだろう。慌てて訂正の言葉をかけた。
「イゴールが呼んだわけじゃない。ちょうど君を探してたんだ」
「はあ? あんたが俺に何の用があるって言うんだよ」
怒りを隠すことの無い彼の態度に、僕を心底嫌っているのだと痛感する。だが、僕は彼にそれでも話かけた。
「ロッド、君も一緒に剣術訓練をしてみないか?」
「あんたからは教わりたくない!」
「……リディアを傷付けたからという理由でか?」
そう訊ねてみれば、彼は僕の顔を見て目を見開いた。そして、怒りのまま飛びかかるように僕の胸倉を掴んだ。
「そうだよ! ドブみたいな人生から救ってくれた人を傷付けたやつ、師として崇められるわけないだろ!?」
「じゃあ、僕を利用しろ」
「はあ……?」
怒るロッドから、気が抜けたような声が発される。そんなロッドに僕は続けた。
「技術を盗めば良い。僕を利用して成り上がればいい」
「そんなっ……」
ロッドは途端に躊躇うような表情を見せた。怒りとは違い、戸惑っている様子だ。すると、横で話を聞いていたイゴールが加勢した。
「教わらなくていいから、間近で見学してみろよ。お前、たまに見に来てただろ?」
「っ……気付いてたのか?」
「まあな」
その言葉を聞くと、ロッドは前髪をクシャリと手でかき上げ地面にしゃがみこんだ。
「決闘で分かったんだ。こいつの実力だけはホンモノだって。だけどよ、こいつが師になることがマジで受け入れらんねーんだよ」
悔しそうな声を出すロッドに、自身の愚かさを突き付けられているような気分になる。
「ロッド、別に僕を師と思わなくて良い。一度来るだけ来てみないか?」
そう声をかけると、ロッドは声を荒らげることもせず口を閉ざした。それから三分ほど思い悩んだ表情を浮かべていたロッドが、ポツリと呟いた。
「明日、一度だけ行ってみる……」
「ああ、ロッドが居たらみんな喜ぶ。ぜひ来てくれ」
そう声をかけると、ロッドは「もういいだろ、どっか行け」と言い僕の胸を突き飛ばした。そのとき見えたロッドの目は、葛藤の渦から抜け出せずにいる彼の気持ちを表しているかのようだった。
◇◇◇
声をかけた次の日、ロッドはちゃんとやって来た。皆の歓喜の声を受け少し恥ずかしそうにしながらも、見学という体で僕たちの訓練の様子を見ていた。
それから一カ月が経った頃、態度が軟化したロッドはすっかり剣術訓練に打ち込んでいた。当初は躊躇いと葛藤があったようだが、取り巻きたちの誘いの言葉もあり、ロッドは皆と同じく訓練に参加し始めたのだ。
「お前を師と認めたわけじゃないからな」と念押しのように言うが、それで良い。彼が騎士としての未来を目指して前を向き始めたのだから、それで十分だ。
そんなこんなで、僕は救貧院にようやく馴染むことが出来た。すると、救貧院や近隣住民の女性たちがよく声をかけてくるようになった。
なんでも、ロッドとその取り巻きたちに僕と話をしないよう止められていたらしい。だが、皆が僕を最低限認めてくれたことで、普通に話せるようになったとのことだった。
「ロジェリオ様。こちらを運ぶのを手伝ってもらってもよろしいですか?」
「分かった。どこに運んだら良いかな?」
「まあ、嬉しい! では、あちらの建物に――」
女性がそう言って指を指す方を見ようとしたところで、誰かに死角から思い切り手を引っ張られた。
すると同時に「あら、ざ~んねん」という女性の声が聞こえたかと思えば、僕の耳を尖り声が貫いた。
「お前馬鹿か?」
「ロッド、突然何だって――」
「お前、誘われてたんだよ!」
ロッドの発言が理解できず、僕は思わず「え?」と声を漏らす。その顔を見て、ロッドは先が思いやられるというように、手のひらで目を覆いゆるゆると首を横に振った。
「はあ……それが駄目なんだよ。本当に困っている奴に見えたか?」
「うん。だって、女性には重荷だろう?」
「いや、あいつは普通にあれを三個は持てる」
「ええ!?」
素直な驚きを口にすると、呆れたような顔でロッドがこちらを見る。その目は僕のことを憐れんでいるかのようにも思えた。
そんなロッドは、僕に忠告するように険しい顔で言葉を重ねた。
「あんた今、ここの女たちから人気があんだよ。癪だが顔も良いし、金もある。善意に付け込もうってやつもいるんだ。誰彼構わず優しくすんな!」
「ええ……。そんな、どうやって……」
「一線引いた態度を取れって話だよ! 本当にお前、馬鹿なんだな? そりゃあ、リディア様を傷付けるわけだ! でも良かったよ。リディア様には新しい相手が見つかったし……」
耳を疑う言葉を聞き、驚いてロッドに訊き返す。
「新しい相手ってどういうことだっ……?」
「はあ? お前何にも知らねえの?」
そう言うと、ロッドは自身の長髪から適当にとった一束を指にクルクルと絡ませながら答えた。
「まあ、俺もさっき知ったんだけどよ……一カ月前に婚約したらしいんだ」
「誰と?」
「……アーネスト王太子殿下だってさ」
アーネスト。
その名前を聞き、目の前が真っ暗になるような感覚が僕を襲った。




