23話 自分のせいで〈ロジェリオ視点〉
次の日、さっそく剣術指南を開始するということになり、僕は集合場所である中庭にやって来た。すると間もなく、昨日大広間に残っていた三人がバラバラとやって来た。
「よく来てくれたな。ありがとう」
「礼なんて要らねえよ。俺らは剣を学びたいだけだからな」
「そうか。改めて紹介する。僕はロジェリオだ。君たちの名前を教えてくれるか?」
イゴールは僕より少し年上そうだが、他の二人は明らかに年下だから君でも良いだろうと判断し尋ねる。すると三人は特別嫌な顔をすることなく、順に名前を告げた。
「……イゴールだ」
「俺はアグニ!」
「僕はニクス……」
「イゴールとアグニにニクスだな! 自己紹介も終わったし、三人にこれを配ろう」
僕は傍ら用意していた模擬剣を手に取り、三人に手渡した。そして、今日の訓練の説明を始めた。
「僕がこれから教えるのは、ロングソードの扱いについてだ。今君たちに渡したのは、現物と似た重さの模擬剣だ。今日はそれを使って訓練をする」
そう告げると、心なしか三人の目がキラキラと輝き出した気がした。しかし、僕が次に告げた言葉で、三人はその目から輝きを失った。
「ただ、その剣を持って分かっただろうがロングソードは重い。そのため、今日その模擬剣を使うのは、扱うために必要な体力と筋力、体幹を鍛える運動をした後だ」
「すぐに使えるわけじゃないのか……」
そうアグニが言葉を漏らす。だが、すぐに気持ちを切り替えたようにアグニが口を開いた。
「運動って何をするんだ?」
「腕立て伏せと腹筋、スクワットにプランクはやろうと思っている。三人ともある程度筋肉はついているようだし、それぞれ50回ずつしてみるか。慣れたら回数も増やして、別の運動も入れよう」
「は? あんたマジで言ってるの?」
ニクスが驚き顔でそう訊ねてきた。そんな彼にそうだと肯定したところ、彼はハァーっとため息を吐きながらも「分かった……」と素直に聞き入れた。
こうして三人と共に僕も同じ運動をした。
最初だから疲れるかもしれないと思ったが、流石救貧院で力仕事をしているだけある。三人はバテることなく、最後まで運動をやり遂げた。
「水分補給をしておこう。10分休んだら次は持ち方と姿勢、攻撃の練習だ。明日は防御をメインにやろう」
「ああ、やっとか」
イゴールがそう独り言ちると、他の二人は僅かに口角を上げた。余程剣を扱うことを楽しみにしていたのだろう。
「今日は剣捌きの練習に注力するから、ペルを使おう」
中庭の端に設置された剣術練習用の柱であるペルを指差すと、アグニとニクスは興奮した様子で顔を見合わせていた。
そして休憩が終わり持ち方と姿勢を教えた後、攻撃時の剣捌きの説明を始めた。
「ロングソードは両手剣だから、剣捌きが難しい。とりあえず、ペルに向かって攻撃してみてくれ」
そう告げると、ちょうど三つ設置されていたペルに横並びになった彼らは、各々の方法でペルを斬りつけ始めた。
その様子を見て、僕は少し困った。
――イゴールはそれなりに太刀筋があるが、アグニとニクスは剣を叩きつけているだけ。
これじゃあ、剣も駄目になるし攻撃も防御も何も出来ないな。
「一旦止めてくれ。だいたい把握できた」
「は? これだけで分かるのか?」
「ああ、まずはアグニ」
彼を名指しすると、彼は少し緊張した様子でキュッと唇を引き延ばした。そんな彼に、僕はありのままを告げた。
「今のままでは、剣の方が壊れてしまいそうだ。だが、打突の才能はあるようだな。とりあえず、修正してから練習を続けてみよう」
ネガティブな事ばかり言っても上達しないのは、今までの騎士団生活の中で学んでいる。そのためアグニの長所も添えて告げると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「次にニクス。ニクスも剣の方が先に壊れてしまいそうだった。だが、斬り付けの力を生かしたフットワークが自然に出来ている。今よりももっと高度な技だが、巻きやバウンドが出来るようになれば、かなり優秀な騎士になれるだろう」
「ほ、本当に……? 僕が?」
「ああ、練習あるのみだ」
「うんっ……」
意外にも素直なニクスは自身の掌を見つめると、何かを決意するかのようにその手でギュッと拳を作った。
そんな彼の反応を見た後、僕はイゴールに視線を向けた。すると、僕が喋るよりも早く彼の方が口を開いた。
「俺はどうだったんだ?」
「イゴールは全体的にこなれた動きが出来ていた。独学で剣術の勉強をしていたんだろう?」
「分かるのか?」
「ああ。だが、もっと無駄をなくすことは出来る。大丈夫。イゴールなら直ぐに習得出来るはずだ」
これは本当に思ったことだ。彼はきちんとした指導さえ受ければ、近衛に選ばれる騎士ほどの腕前を持つことになるだろう。そう思える程度には、彼の太刀筋や剣捌きにはしなやかさがあった。
こうして特徴を告げた後、僕は三人それぞれに修正点を教えた。まだまだ序盤。今日の練習なんかは、基礎中の基礎のような訓練内容だ。
だが今日の訓練で、僕はかなり彼らの学ぶ姿勢に感化された。そのため、もっと彼らの剣術向上の役に立とうと心を引き締め直した。
◇◇◇
しかし、何もかもが上手くいくわけなんてなくて。
「はあ、またか」
訓練のための準備をしようと備品倉庫にやって来ると、ものの見事に倉庫中がめちゃくちゃにされていた。両手の数が足りなくなったあたりから、回数を数えるのはやめた。
しかも問題はこれだけでは済まない。食堂を利用するときにも問題は起こっていた。
すれ違いざまに食料を落とされたり、食事に異物を混入されたりしたのだ。
皆そのことに気付いているが、誰も注意しない。それどころか、僕の反応を楽しむかのように嘲笑していた。
――もう食堂は利用しないでおこう。
寄付は別の形でも出来るから、食堂で金を落とす必要はないな。
幸いなことに、騎士になってから自身で稼いだ財産は没収されなかった。そのため、本来無料の食堂で僕は寄付という形をとり利用料を払っていた。
だが数々の嫌がらせを受けたことで、寄付を得られないことよりも僕が利用する方が嫌なのだろうと結論付け、食堂は利用しないようにした。
歩いている時に、わざとぶつかってくる人物。罵声を浴びせる人物。
そんな人物も多くいたが、僕は自業自得でこうなっているのだと飲み込んだ。
しかし僕が救貧院で剣術指南を始めてから約一カ月が経った頃、事は起こった。
「イゴール、どうしてそんなに傷だらけなんだ!?」
明らかに誰かに殴られたような傷跡を頬に携えた彼の身体に目をやれば、服で隠れていない部分の広範にあざが出来ている。
このように傷だらけの身体を見たら、訓練なんてしどころでは無い。
「手当てをしよう。この傷……昨日出来た傷だろう。たった今出来た傷では無いはずだ。それなのに、どうして来たんだ。さあ、救護室に――」
「気にするな。今日も教えてくれ」
「はあ? 何を言って……。駄目だ。手当の方が先だ」
「もう手当してるから問題ない」
強情なイゴールに、僕は思わず正気を疑う。
するとそのタイミングで、アグニとニクスがやって来た。いつも元気な二人だが、今日はどことなく顔色が暗い。
しかも二人はやって来るなり、イゴールの顔を見てギョッとした顔をした後、あからさまに目を逸らした。
――どういうことだ?
二人とも、イゴールに懐いているのに挨拶も無いなんて……。
「おい、揃ったんだ。さっさと教えろ」
不審に思い三人を見つめていると、イゴールが粗暴に言い放つ。その言葉にどう返そうかと考えていると、更に彼は言葉を加えた。
「俺は大丈夫だ。手当もしてるし、問題ない。そうだよな、アグニ、ニクス」
イゴールに目配せをされたアグニとニクスに視線を移す。すると、彼らはイゴールの発言を肯定するようにうんうんと頷いた。
「……分かった。無理だと判断したら、途中で止めるからな」
「ああ」
とりあえず最低限の約束は取り決めた。そして訓練を始めたのだが、ペルに斬り付け剣捌きを鍛える過程でイゴールに異変が現れた。
「ゔっ……」
呻き声を上げると、イゴールは思わずと言った様子で模擬剣を地面に突き刺し、左手で脇腹を抱え込むようにしてその場に座り込んだ。
「イゴール! もう今日はもう終わりだ。これ以上は続行不可能だ」
そう告げると、流石のイゴールも素直に従い頷きを返した。
「よし。じゃあ、救護室に行こう」
「いや、あんたはついて来なくていい」
「そ、そうか……。嫌ならついて行かないが、必ずきちんとした手当をするんだぞ」
そう声をかけると、イゴールは悔しそうに一瞬顔を歪ませ言葉も無く去って行った。そして、イゴールの姿が完全に見えなくなったというところで、僕は残った二人に目を向けた。
「なあ、二人は知っているんだろう? 全部教えてくれ」
「っ……! 分かった……」
「えっ! イゴールさんに止められてるじゃん!」
「じゃあアグニは話さなくていい。僕が話す」
「そんな訳にいくか! ニクスが言うなら俺も言うっ……」
言いづらそうに葛藤していたアグニがそう告げてから、二人は僕に昨日訓練後にあった出来事について話してくれた。
「つまり僕から指導を受けているから、裏切り者だと思われて制裁を受けたってことか?」
「うん。僕らも本当は攻撃されそうだったけど、自分には満足するまで攻撃していいから僕らには手を出すなって庇ってくれたんだ」
「俺らっ……何も出来なくてっ……。下手にやり返しても大人数過ぎて勝ち目無いし、リディア様にあんたのためにも無駄な暴力は駄目だって言われてるし……」
突然彼女の名前が出てきて、僕は思わず面食らった。
「僕のためにってどういうことだ? 何でリディ……っリディア嬢が?」
「剣術を使って乱暴をしたら、教えたあんたが悪者になるかもしれない。だからただ強くなるんじゃなくって、正しい剣の使い方や騎士道も学びなさいって書いたリディア様の手紙を、院長が頑張ってるからって俺らに見せてくれたんだ」
「そう。僕らも本気で騎士を目指してるから、こんなところで頓挫したくなくてやり返せなかったってのもある」
彼らはそう話すと、悔しそうにクシャッと顔を歪ませた。本当はやり返したかったのに、目の前で一方的に暴行を加えられるイゴールをどんな気持ちで見ていたのだろうか。
そのことを考えると、僕の心には怒りが湧き上がってきた。
「アグニ、ニクス。イゴールに暴行を加えた者たちのところへ案内してくれ」
「えっ……何する気?」
「そいつらに決闘を申し込む」
そう告げると、二人は困惑の表情を浮かべた。
「一対大勢じゃ話にならないっ! 負けたらどうすんだ?」
「そうだよ。負けた時、あんた自分がどんな目に遭うか分かってる?」
「ああ、恐らく奴隷のような扱いを受けるだろうね。でも大丈夫。僕は負けない」
――曲がりなりにも、王女宮の騎士を務めていたんだ。
三人を守るためにも負けるわけにはいかない。
二人は僕の言葉を信じていないようで、未だに心配そうに僕を見つめてくる。だが、諦めたように顔を横に振ると、声にこそ出さないがついて来いと歩き始めた。
そして、救貧院のある一角に辿り着くと、それらしき人物たちが目に入った。
あの男は初めて来た日、イゴールと言い合っていたやつだ。その隣には、僕の顔に唾を飛ばして来たやつもいる。
「あいつらがイゴールに暴行したんだな?」
「「ああっ……」」
「分かった。案内してくれてありがとう」
そう声を二人に声をかけ、僕はイゴールを暴行した集団がたむろする一角に足を踏み入れた。




