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21話 散り行く報復の女神〈エイミー視点〉

 隣国のロイルから、我がマクラレン王国の王太子であるアーネスト様が帰って来ることになったという話を聞いた。

 そのときは、王太子様が帰って来るんだとしか思っていなかった。だが顔を見た瞬間、ふと領地で聞いた話を思い出した。


 ◇◇◇


「すみません。天候が悪く宿も無いため、泊めていただけないでしょうか」


 嵐の夜、突然家にやってきた人たちが言った。その日は天気が悪く、領地の宿は珍しく埋まっていたため、泊まるところが無かったのだろう。


 私の領地は辺境とまではいかないが、隣国のロイルに近い場所にある。そのため、ロイルの行商人が通り道として領地に滞在することがあり、見慣れた行商人だったため、お父様はその人たちを家に泊めることにした。


「まさか、領主様の家に泊まらせていただけるとは! ありがとうございます」


 そう言うと、行商人はお父様に深々と頭を下げた。そして、止めてくれたお礼と言うように、行商人たちは私たちにロイルの様々な情報について教えてくれた。


 ほとんど興味の無い話ばかりで、とにかくつまらない。


――はあ……もっと面白い話は無いのかしら?


 そう思っていると、不意に目が合った男性が話しかけてきた。


「お嬢様には少しつまらない話でしたか?」

「いえ、とんでも無いです! お勉強になる話ばかりで、聞き入っておりました」

「それなら良かったですが……お嬢様にとってもっと面白い話でもしましょうか?」

「面白い話……ですか?」


 面白い話をしようかというその男は、自信ありげに不敵な笑みを浮かべている。そのため、私は聞いておいて損はないだろうと、その男の話を聞くことにした。


「実はですね、我がロイル王国のサラ王女とマクラレン王国のアーネスト王太子が結婚するのではないかという話があるんですよ!」

「まあ! 王太子様と王女様が結婚なさるんですか!? 素敵ですね!」


――違う国の王族同士の結婚だなんて、とっても素敵だわ!

 国境を越えた愛の形!

 ロマンチックだわ~!


 想像しただけでも、胸が勝手にときめく。だがそんな私に反し、話しをしている男は軽く顔を歪めながら、苦笑して話しを続けた。


「いや、結婚することが確定しているわけではありません……」

「でも、さっき結婚するかもと……!」

「なんでも、サラ王女の方がアーネスト王太子のことを恋い慕っているとか。なので、両国の関係を安泰にするため、結婚するのではともっぱらの噂なんです」


 サラ王女の方がアーネスト王太子を恋い慕っていると言うが、なぜそう思われているのだろうか。そこが疑問でならない。


「なぜサラ王女の方が恋い慕っていると分かるんですか? アーネスト王太子も気があるのでは?」

「アーネスト王太子のことは知りませんが、サラ王女がここ最近特に、アーネスト王太子を目にかけているとロイルでは有名なんですよ。なので、皆サラ王女は間違いなくアーネスト王太子を好いているだろうと読んでいるのです」


 この男の説明で、なぜサラ王女の方が好いていると思われているかは分かった。しかし、ここまで国民に自分の想い人が知れ渡るプリンセスの話しには、ロマンチックの欠片も感じない。


――何だかちょっと残念だわ。

 もっと素敵な話かと思ったのに……。


 そうして不完全燃焼のような気持ちになり、私はすっかりその話に対する興味は薄れていた。だが、それ以降もロイルの行商人たちは、サラ王女とアーネスト王太子は仲が良いと聞くから、恋愛ではなくとも政略的に結婚するかもしれないと言っていた。


――政略的って何?

 結婚なんて好きな人としなきゃ意味ないじゃない!


 そんな感想しか湧かない。そのため、出稼ぎで王宮に来てからはその話をすっかり忘れていた。


 そんなある日、パーティーで見目麗しいアーネスト王太子を見た。そして、この人なら顔だけでも皆に好かれるだろうなと思った瞬間、サラ王女と王太子の話が脳内を駆け巡った。しかし、その後は最悪な展開が待っていた。


 アーネスト王太子はリディアと一緒に、私とロジェ様のことを追い詰めたのだ。あの王太子は酷い人だ。リディアばかりを優遇するあの男。そしてあの目……。


――ロジェ様がたまにあんな目でリディアの話しをしている。

 それにあの視線……リディアはアーネスト王太子まで篭絡していると言うの!?


 この世の男の人が信じられなくなりそうだ。私に煩わしいことや意地悪ばかり言ってくるリディアばかりが良い思いをしている。対して、私はこんなに苦しい目に遭っている。


 それもこれも、私がこんな酷い目に遭っているのは、全部リディアが存在しているせいだ。全部全部、卑怯で卑劣なあの女のせい。


 私は素直に生きているのに、あんなに計算高い陰険な女が好かれるなんて意味が分からない。ロジェ様を私から奪って引き裂いたあの女が憎くてたまらない。


 ……私がこれだけロジェ様をとられて憎いと思っているのだ。


――ということは、サラ王女もアーネスト王太子をあの女に盗られて憎いはず。

 絶対にサラ王女はリディアを恨むに決まってるわ!


 こうして、私はサラ王女という私の代わりにリディアに報復してくれる女神がいると気付いた。


 絶対にリディアが幸せなままなんて許さない。どうかサラ王女……リディアを奈落に突き落としてください。そう願っているだけで、死ぬほどつらい独房生活も耐えられそうだった。


 それからしばらくし、独房からでも分かるくらい慌ただしい外の様子が聞こえてきた。


「ねえ、今日はどうしてこんなに皆忙しそうなの?」


 いつもご飯を運んでくる人に訊ねた。すると、サラ王女が来たからだというではないか。


――ついに私の女神さまが来たのね……!


 そう思った日から、どれくらい経ったかもう覚えていない。


 ◇◇◇


 独房生活を始めてから初めて、聞いたことの無いくらいの人々の声が聞こえてきた。最初は暴動か何かかと思っていたが、よくよく耳を傾けると歓声のようだった。


 すると、いつもご飯を運んでくる人が今日は少し口角を上げながら私の元へとやって来た。何だか、本当に今日は様子がおかしい気がする。


「ねえ、今日は何があるの? 何であなたは楽しそうなの?」


 そう話しかけると、口角を上げていたその人物は、私の顔を見るなり思い切り顔を顰めた。そして、ぶっきらぼうにとんでも無い言葉を言い放った。


「今日はついにアーネスト王太子様の結婚式なんだよ!」


――アーネスト王太子が結婚……。

 っ……!

 サラ王女……リディアをやっつけてくれたのねっ!

 ああ、何て素晴らしい日なの!


 感動でもう勝手に涙が出てくる。


「サラ王女に伝えてください! 仇討ちをしてくれてありがとう。ご結婚おめでとうございま――」

「は? 何を言っている。それに、何でサラ王女なんだ?」

「へ? だって――」

「そもそも、俺はサラ王女と話せるような立場じゃない。それに、何でサラ王女にそんなことを言う必要がある」

「今日は、アーネスト王太子とサラ王女の結婚式でしょう?」


 本当に物分りが悪い人だ。いつもそうだが、今日はとことん頭の回転が鈍いようだ。そう思いながら彼に言うと、彼は初めて聞く素っ頓狂な声で、突然声を荒らげた。


「何を言っている! 今日の結婚式の花嫁は、リディア・ベルレアン侯爵令嬢だぞ!? いや、もうリディア王太子妃か……!」


 時が止まった。


 私の耳はおかしくなってしまったのだろうか。彼の声が耳から離れない。それに、彼が今放った言葉を脳内で処理することが出来ない。だって……こんなこと有り得ないはずだから。


――今……誰が誰と結婚したって言ったの?

 リディアがアーネスト様と?

 この男、頭がおかしくなったの?

 きっとそうに違いないわ……。


「何言ってるの? あんな女が王子様と結婚できるわけないでしょう? サラ王女に失礼よ」

「何を言っている。お前と違って、リディア嬢は王太子妃に相応しい人間だ。不敬だぞ。もう黙って食え」


 そう言うと、男は私の目の前に食事をグイッと差し出して来た。


「食べられるわけないでしょ! いいから答えてよ!」


 反射的に払うように手を動かしたら、食事が床に零れてしまった。すると、男は食事を零したことに怒りながら突然立ち上がり、あろうことか私から離れるように歩き出した。


「ねえ、どこに行くの?」

「食べないんだろ。だから戻るんだよ」

「まだ話が終わって無いのに、行っていいわけないでしょ!」

「黙れ! 食べ物を粗末にしやがって! 囚人が看守に逆らうな!」


 いつもより怒気を孕んだ彼は、叫ぶと振り返りもせずに歩き出した。


「ねえ、謝るから……」


 カツン、カツン、カツン、カツン……


「ねえってばっ……」


 カツン、カツン、カツン、カツン……


「行かないでって言ってるでしょ!? ちゃんと説明しなさいよ! あんな女が結婚なんて、本当は嘘なんでしょ!?」


 カツン、カツン、カツン、カツン……


「そんなぁ…………」


 壁を叩こうが何をしようが、もう男は戻ってこない。靴音も聞こえなくなった。そして、完全に行ってしまったと分かり、絶望感に浸りながら床にへたり込んだ。


 すると、外の声がより大きく鮮明に聞こえ始めた。


「「「アーネスト王太子ー! リディア王太子妃様ー! 結婚おめでとう!」」」


 人々が息をそろえて、叫んでいる声が聞こえてくる。


――本当にリディアが結婚したと言うの?

 私たちをこんな目に遭わせておいて……?


「ああっ……いや―――――――――!!!!!!」


 耳を塞いで大きい声を出しても、私の人生を奪ったあの女を祝福する声が聞こえてくる。


――ねえ、私はどうしてこんなに幸せになれないの?

 神様、こんなの間違ってるわ……。


 目から涙が溢れて止まらない。聞きたくも無いのに、ずっと民衆の声が鳴りやまない。


 リディアが絶望する日を夢見て過ごしていたのに、あの女は私の夢をすべて奪った。サラ王女も何の役にも立ってくれなかった。


「私はこれから何を糧に生きていけば良いの……? 教えてよ、ねえ……」


 そう問いかけるが、誰も私に返事を返してくれる人はいない。そうして、私のいくつもの問いかけはすべて虚空へと消えていった。

お読みくださり誠にありがとうございます。


次回から、ロジェリオ編です。

その次に、エイミー両親のその後とリディアとアーネストの結婚生活という流れになると思います。

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― 新着の感想 ―
現地人(転生者ではない)なのにここまで凄いなと思う人は、こちら側で初めてです。 後、ロジェリオが本気でリディアをある程度ちゃんと見ていたのが解って感動しました。 高位の貴族嫡男としては、有り得なく脇…
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