20話 好きみたいにしないで〈エイミー視点〉
そのロジェ様は発言は、私の心を打ち砕きかねないほど強烈なものだった。
「でも、リディは指も長くて手自体が綺麗なんだ。それに、僕自身が手が大きいから、手を繋いだときに包み込んでちょうどしっくりくるあのリディの手……好きなんだ」
少し顔を赤らめ、優しい笑顔で自身の手を見つめながらそう発した彼に、私は眩暈がしそうになった。
――何でそんな優しそうに言うの?
何で私以外の女のことを好きなんて言うの?
あなたの運命の人は、リディア嬢ではなくて私なのよ……?
考えるだけで、本当にあの女が憎らしくなってくる。ロジェ様をこれだけうまく洗脳するだなんて許せない。そう思っているのに、ロジェ様はまだあの女の話をしている。
「リディの手ならもっと大きくても全く気にならないよ。常軌を逸したレベルはちょっとアレだけど、リディの体積が増えるだけ可愛いもんだよ。減ってもリディはリディだから好きだけどね」
好きな男が自分以外の女のことを想って笑っているその姿は、私の心を深く抉った。私のことは本当に何とも思っていないのだろうかと思ってしまう。
だけど、そんなはずはない。そう望みを賭け、私はロジェ様を試すために聞こえるように小さく呟いた。
「じゃあ、リディア嬢のように指も長くないし、綺麗な手じゃない私はダメダメですね……」
「そんなこと無いよ! エイミーの華奢な手も可愛らしいじゃないか。そんなネガティブなことは自分から言わない方がいい。エイミーは十分可愛らしいんだからさ」
案の定、ロジェ様はそんなことないと言ってくれた。それどころか、可愛いとまで言ってくれた。しかも2回も! 好きでもないとこんなことを言うはずがない。
「ロジェ様にも可愛いと思ってもらえてるんですね……嬉しいですっ!」
そう言うと、ロジェ様はニコニコと笑いながら私の頭を撫でてくれた。すると、そのタイミングで店員が戻ってきた。
「どれもオリジナルの1点物です。どうぞご覧ください」
そう言いながら、店員は指輪を置き広げ見せてきた。
私も着けてみたいと思う程に綺麗な指輪たちだった。そんな指輪を見て、私はある名案を思い付いた。
「ロジェ様、見ただけでは分からないと思うので、私がサンプルとして嵌めますよ!」
「でも号数が違うんだろ?」
「違ってもイメージしやすいと思いますよ!」
「じゃあ、これ着けてもらってもいいかな?」
ロジェ様は私の提案にすぐに乗ってくれた。そのため、私はロジェ様が指示したとおりの指輪を嵌めた。
そして言われるがまま何個も着けたが、ロジェ様はまだ決められない様子だった。そのため、私からも提案してみることにした。
「このピンクブロンドのリングにピンクの石が付いている指輪、可愛くて素敵ですよ!」
「確かに可愛いな。よくエイミーに似合っているよ。エイミーのために誂えたようなデザインだな」
このロジェ様の発言に、私は心を射止められた。
――やだぁ!
似合ってるし可愛いですって!
私のためだなんて、ロジェ様ったら褒め上手なんだから~。
そんな風に浮かれていたが、ロジェ様は言葉を続けた。
「でも、リディはもっと大人っぽい方が似合う気がするんだよな……」
「じゃあ、これはどうですか?」
私は咄嗟に目に入った指輪を手に取った。その指輪は、ゴツゴツと石が付いており、ショッキングピンクの色の石が真ん中に鎮座した指輪だった。こんな指輪を付けているのは、高位貴族の貫禄ある御夫人しか見たことが無い。
「大人っぽいですよ! リディア嬢にお似合いだと思います!」
「うーん、リディは何でも似合うけど……流石にそれはリディの好きなデザインじゃないかな、ちょっと派手過ぎるよ。大人っぽいって感じでもないかも……」
指輪を嵌めて見せるたびに、ロジェ様は必ず感想を言う。そのたびに、何でも似合うならあの女の指輪なんて、そんなに真剣に考えなくてもいいじゃないかと思えてくる。だって、どうせ溢れるほど持っているはずだから。
すると、そんな私たちの様子を見かねたのだろう。店員が声をかけてきた。
「お2人が選んでいる間に、新たな指輪をご用意しました。今のお話しをお伺いして……これなんかはどうでしょうか?」
そう言うと、ロジェ様の目の色そっくりの宝石使った指輪を見せてきた。その石を使った花がモチーフになっていて、リングにも繊細なデザインがなされている上品な指輪だ。
「あっ……この指輪!」
「ロジェ様、どうしました?」
不思議に思いロジェ様を見ると、ロジェ様は店員が持って来た指輪に目が釘付けになっていた。
「これだったら喜んでくれる気がする! すごくリディに似合うよっ……」
そう言うロジェ様の様子を見て、この指輪を贈るんだろうなと本能的に思った。
――あの女がこんな綺麗な指輪をもらうの?
でも、リディア嬢がはめる前に私がはめるんだから、リディア嬢は中古品をもらうってことねっ!
「では、これもサンプルとして嵌めてみますね!」
そう告げて指輪を掴もうとしたが、ロジェ様に手を上から重ねるように掴まれ止められた。そして、掴んだままその手を下ろされた。
「いや、これは嵌めなくていいよ」
――ロジェ様突然どうしたの?
何で……?
「他のみたいに確かめた方が良くないですか?」
そう訊ねると、ロジェ様は少しワクワクとしたような表情で告げてきた。
「これは何となくだけど確かめなくても分かるんだ。リディが喜んでくれるってっ……」
何を想像したのだろうか。考え事をするような視線をしたと思ったら、ロジェ様は嬉しさを噛み締めるような顔をして言葉を続けた。
「それにエイミーにはここまで付き合ってもらって悪いけど、やっぱりリディにあげるものなら、リディに一番に着けてほしいからさ」
――何でよ、何で急にそうやって私のことを突き放すのよ……。
さっきまでずっと可愛いと言ってくれてたじゃない。
そう思っているのに、ロジェ様はそのまま店員にラッピングを頼んだ。だが、そのとき私の感情には少し喜びが生まれていた。
――口ではそう言うけど、ロジェ様ったらちゃっかり私の手を掴んだままじゃない。
普通何とも思っていない友人だったら、用が済んだら手を離すだろう。だけど、ロジェ様はずっと私の手を握ったままだった。
本気でリディア嬢のことを想っているんだとしたら、私の手を握りすらしないはず。ちょっとロジェ様を揺さぶってみよう。
「ロジェ様……手……」
「あっ! ごめん!」
ロジェ様は私が指摘した瞬間、慌てたように手を離した。その頬は赤らんでいる。これは洗脳を解除できる……そう確信した。
「謝らないでください。ロジェ様なら……嫌じゃないです。大きい手で、ちょっとドキッとしちゃいました……」
上目でロジェ様を見ると、ロジェ様はパッと花が咲いたような笑顔になった。
「ははっ、照れるなぁ。そんなことを言ってくれるなんて、エイミーは可愛らしいな」
そう言って、私の頭を撫でてくれた。こんなに長い時間ロジェ様と一緒にいられて、何回も可愛いなんて言われる機会は滅多にない。
――今日は何て良い日なの……!
こうして買い物が終わり、私はルンルン気分で店から出た。
だが、突然走ってきた男がロジェ様が路地裏に引き摺り込んだことにより、そんな気分は一瞬で掻き消えた。




