16話 独房の女
暗くじめじめとしたこの空間は、昼だというのにほとんど日が差しこまない。ある女の独房のためだけに置かれた数個のランタンが、唯一の明かりと言っても過言ではない。
カツンカツンカツンカツン……
石造りの床を歩くと、靴音が良く響く。恐らくこの足音だけで、独房にいる女は看守たちと独房の距離が分かるだろう。
――何でこの女は自分からこの独房に入りたいと言ったんだろうか……。
来たくもないこの場所に、今日も飯を持ってくる。それもこれも、独房にいる女が飢え死にしないようにするためだ。
そして、歩みを進めるとようやく独房の前に辿り着いた。
近くにあるランタンの明かりを頼りに、鍵束から独房の鍵を探し、鍵穴に嵌めてその扉を開けると、そこにはいつもの不気味な様子で独り言を言っている女がいた。
「昼食だ。15分で食べろ」
そう声をかけると、その女はカナリアのような声で話しかけてきた。
「ねえ、今日もお話を聞かせてちょうだい?」
この女はそう言うと、いつも看守たちにたくさんの質問をしてくる。そして、1日に1回必ず朝昼晩のいずれかで聞いてくることを、今日は昼に聞いてきた。
「ねえ、リディアは死んだ?」
このリディアという女性は、リディア・ベルレアン侯爵令嬢のことだ。この女が独房に入ってから1か月は経つが、毎日こうしてリディア嬢の生死を確認してくる。
「リディア嬢は生きている。そのような不謹慎極まりない発言は止めろと何度も言っているだろう。罪が重くなっても良いのか!?」
「嫌よ……! そんなこと言わないで……」
そう言うと、この女は必ず泣き始める。これがここ最近の定番の流れだった。
「もう良いからさっさと食べろ」
15分だと言ったのに、もうすでに5分は経過している。10分あれば食べられるだろうが、本当は出来るだけ早く食べてもらって、この空間から一刻も早く抜け出したい。
すると、女はようやく食事に手を付けた。早く食べ終わってくれと願いながら女を待っていると、女は新たに質問をしてきた。
「ねえ、サラ王女様はこの国に来てくれるのかしら……? あなた何か知らない?」
――サラ王女って誰だ?
もしかして、ロイルの王女のことか?
なぜこの女が……?
サラ王女の質問をされるなんて考えたこともなかった。しかも、来てくれるかと聞いている。ということは、この女はサラ王女が来ることを望んでいるということだろう。
だがサラ王女は他国の王女だ。この女は元々は子爵令嬢だったはず。そんな女がなぜ隣国の王女の動向を知りたがっているのかが疑問だ。
いつもだったら黙れと言う。だが、つい好奇心が刺激されて訊いてしまった。
「なぜサラ王女の話を? 知り合いなのか?」
そう言うと、女は持って来たパンを手でちぎってポイっと口の中に放り込み、質問に対して嬉しそうに笑った。
「うふふふ、知りたいの?」
つい好奇心に駆られたからといって何で聞いてしまったんだと激しく後悔した。
「いや、知らなくていい。それより早く食えっ」
そう言ったが、目の前の女は楽しいおもちゃを見つけた子どものようにこちらを見ると、笑いながら口を開いた。
「良いわ、教えてあげる。あのね、サラ王女様はね……リディア・ベルレアンを潰してくれるかもしれないのよ! 絶対にリディアのことを恨むはずだもの。あはははっ! そうなったら良いのに! そうなったら最っ高ね! あはっ! 世の中捨てたもんじゃないわ!」
そんなことを言いながら、こちらが恐怖心を抱くのには十分なほど奇妙な高笑いを始めた。
――なぜサラ王女がリディア嬢を潰すんだ!?
それに恨むとは……?
そうなったら良いってことは、この女のただの妄想か……?
目の前の女が何を考えているのかは一切分からない。ただ唯一分かるのは、リディア嬢に消えてもらいたいと思っているということだけだ。
何て胸くそ悪い女だ。そう思っていると、女は食事を終えた。今日もパンがパサパサだと文句を言いながらも、完食している。
「食べ終わったな。次は別の奴が夕食を持ってくるから大人しくしとけよ」
聞いているのか聞いていないのか分からないが、一応伝えた。すると、女は気持ちの悪いことを言いだした。
「毎回食事を運んできてもらう生活なんて、私ったらお姫様みたいね。でもね、私がお姫様になるには足りないものがあるの……」
どんどん女の様子がおかしくなっている。たまに起こるこの女の症状は、本当にストレスだ。だからつい、はっきりと言ってしまった。
「知能と倫理観が足りないんだろう」
そう言うと、女は怒った顔をして絶叫してきた。
「違う! そんなものはあろうが無かろうがどうだっていいわ! 私がお姫様になれないのは、王子様がいないからよ! リディアが奪ったの! 私の王子様も人生もすべて! キャーーーーーーーー! アァーーーーーーーー!」
発作のように奇声を発しだした。ずっと暗いところにいるから気が狂ったんだろう。それか、元々狂っていた状態が悪化したに違いない。
――よりによって、自分の番でこれが当たるなんて……。
今日はどうやら本気でツイてないみたいだな。
そう思いながら発狂する女の独房の鍵をかけ、壁を叩く音と絶叫を背にし、明るい昼の世界へと戻っていった。
次話は、エイミー視点の話です。
エイミー視点の話しですが、人によっては本気で気分を害するかもしれないので、本当にお気を付け下さい。
とにかく思考回路が終わってるので、絶対に無理しないでください。
エイミーのターンが終わったら、ロジェリオの剣術指南編を進める予定です。




