共通パート2 紹介パートはもうちょっと続くんじゃよ
青春をするにあたって何が必要か、という会話を学園に向かいながら春としていたわけだが。
まあ俺達は所詮思春期の猿。
やれ女子だ、やれかわいい恋人だと、結局そういう結論にしか行かないのだ。
「だからさ、お前はもうちょっと女の子と交流をだな」
春は割と仲のいい女の子が多い。それがモテに繋がるかどうかは別として。
大して俺はバイトだ家事だとさながら主夫みたいな生活を送っていたせいであまり交流がない。
あると言えばクラスメイトと挨拶とか、班ごとのアレコレでの必要最低限の会話くらいだ。
そのせいでどうも俺はクールとか言う印象を持たれているらしい。春曰く。
「って言っても話題もないしなあ」
「それな、カフェの話でもしたらいいんじゃねーの? ハニトーをいかにカロリー抑えて食うか、とか」
「いやもう食うなよって話で」
たわいない会話をしながら校門をくぐり、上履きに履き替えて2階へ向かう。
途中姉さんに会って挨拶をして──その際妙に春が鼻息荒かった気がしたけど見なかったことにして、自分たちの教室へ行った。
幸いにも今年も春とは同じクラスで、2-Cと書かれたプレートの掛かるドアを開けた。
「おぉー知らん顔がちらほら、おっ! 知り合い発見」
「おー、春と同じクラスかー」
春は知り合いがいるらしくそちらへ向かったので、俺は適当に窓際の一番後ろの席に荷物をおいた。
流石に小中学生じゃないので名簿順とかではなくて自由席だ。
「あの、お、おはよう」
はぁーっとため息を吐いて机にへばりつく俺に、頭上から声がかかる。
「あ? あぁ、おはよ……う」
顔を上げて挨拶を返してみれば、見たことのない女の子が俺の前の席に座っていた。
ジロジロ見るのは失礼だとは思いながらも、思わず見てしまう。
すっごい美少女。
声かけてくるくらいだしどっかであったことあるのかな、と思っても記憶にはない。
まあ、前の席だし挨拶くらいするか、という結論に至って納得した。
「紅月、十夜君だよね」
「あ、あぁそうだけど……」
名札も付いていないのにこの美少女は俺が紅月だと知っているらしい。
首を傾げた拍子に視界に入ったそれで、気づいた。
蒼い鱗に覆われた、スカートから覗く太い尻尾。
横向きに座っているから全体は見えないけど、背中からは見覚えのある垂れ下がった翼膜が見える。
それから真っ青な髪から覗く角は長いの2本と短いのが1本づつ両側の側頭部から生えていた。
姉さんと同じ竜神の女の子か。
「私、蒼原 芽衣。竜神」
「あ……、うん。俺は紅月十夜……って知ってるか」
「うん、ふふふ」
何が面白かったのか、蒼原さんはクスクス笑う。
「なんで俺のこと知ってるの?」
「紅月と蒼原は昔から交流のあるおうちだから、かな」
「あぁなるほど」
ということは彼女も竜神族のいいお家柄なんだろうか。
多分姉さんは紅月の諸々を俺に背負わせないように何にも話さないんだろうけど、相手が知っていて俺が知らないって何だか不思議な感じだな。
まあでも話してもらっても俺自体が竜神じゃないのでどうしようもなさそうだけど。
「同じクラスになったことだし、1年間よろしくね紅月君」
「うん、よろしく」
差し出された手をおずおず握る。
初めて握った姉以外の女の子の手。
小さくて細くて柔らかい。なんかすべすべしていて俺の手とは全然違う。
っていうと姉さんの手がどうのってなるかもしれないけど、姉さんの手だってもうだいぶ前に握った記憶しかないからこうだったのかどうかわからないし。
その様子を春が遠くから生暖かく見守っているのが見えたので後でシメておこうと心に誓った瞬間でもあった。
◆ ◆ ◆
始業式や自己紹介もつつがなく終わり、午前中だけの学園が終わる。
配られた教科書は適当にカバンに突っ込んで、隣の席で同じように帰り支度をしている春に声をかけた。
「春、俺帰るな。今日バイト」
「おーわかった。後で昼飯食いに行くかも」
「わかった、じゃあなー」
「あっ……」
蒼原さんが何か言いかけたような気がしたが、俺はそれに聞き返すこともせず教室を飛び出す。
というのもバイトの時間が結構ギリギリなのでダッシュで行かないと間に合わないレベルだったりする。
俺のバイト先は「ウォータージェリー」と言う名前のカフェだ。
住宅街から少し離れた緑に囲まれた所にある隠れ家的な店なので、客が少ない。
というかほぼ常連のみで構成されたこの店はたまに経営大丈夫なんだろうかとも思うけど、店長は趣味でやってるから問題ないとか言ってたし、結構給料もいいので俺にはあっていると思う。
ちなみにウォータージェリーというのは水ようかんの事だ。
店長が水ようかん好きすぎて名付けたらしいんだけど、肝心の水ようかんはメニューにはない。
あるのはケーキ類とドリンクと軽食程度のどこにでもある喫茶店だ。
「おはようございまーす」
「おぉおはよう」
店の裏口から入って、制服に着替えて厨房に顔を出すと、店長が朗らかに返してくれた。
この店は店長兼シェフのこの熊みたいな……っていうかまんま熊獣人のおっさんと、ウェイトレス兼パティシエの奥さん(今は育児休暇中)と俺と、パートのおばちゃん。
店長は他になんとかって会社も経営しているので、俺とパートのおばちゃんはその隙間を埋めるためにコックも担当している。
今日は俺が半日ということもあって、おばちゃんは夕方シフトだ。いつもは逆で、おばちゃんが昼間入っていて俺は夕方からって事が多い。
「とりあえずまかない食ってから頼むな」
「了解」
カウンターにまかないが置かれて、俺はエプロンを外して席に着く。
コーンスープとハンバーグ丼だ。リッチに目玉焼きも乗っている。
「目玉焼き乗ってるし。店長太っ腹」
「デブは余計だ」
いやそういうことではないんだけど、と言おうと思ったけど店長はグッとサムズアップして顔を歪めている。ギラギラした牙が見えるけどあれで笑ってるんだからなあ。
っていうか自覚はあったんだな……なんてちょっと思ってしまった。
まあ、さっさと食って仕事しよう。
俺はちょっとお行儀悪く目玉焼きとハンバーグとご飯を混ぜ混ぜして食べ始めた。
途中来店を知らせるドアベルが鳴って、店長が接客をしに行く。
その間にかっ込んで、エプロンと空の器を持って俺は厨房へ入った。
「十夜オーダー、チーズタルトとダージリン」
「ほい」
店長が持ってきた伝票を確認しつつ、昨日俺が作ったチーズタルトを冷蔵庫から取り出す。
奥さんが育児休暇中ということで店長がデザート類も担当しているんだけど、チーズタルトは俺のお手製だ。得意な料理のひつでもある。
作った翌日が一番美味いので、前日に作っておけるっていうのも良い。
生洋菓子だと俺では学園とかそういう関係で作れないからな。
切り分けて盛り付けて、カウンターに出す。
「そのドヤ顔どうにかならんのか」
「癖で」
何でかケーキを盛り付けるとドヤ顔をしてしまうらしい。
そんなつもりはないんだけどな。
店長が淹れたてのダージリンをトレイに載せる。
「ほら、お前の大天使様に持ってってやれ」
ガタッ。
いや別に座ってなかった。
大天使来た、大天使……!
「セリナだぞ」
厨房からチラッと店内を覗く。
……居た。
深めの帽子を被って、店内の角の一番奥。
日当たりはあんまり良くないけど、その分顔を見られにくい場所だ。
そのいつもの場所に、彼女は座っていた。
チャームポイントの太い尻尾は出来る限り見えないように壁側にぽてっと垂らして、丸っこい耳は帽子で隠して、薄手の長袖で腕の縞模様を隠して。
アイドルのセリナが座っていた。
「お、お、おおおおぉぉぉぉぉ大天使キタっ!」
小声で叫んで見えないようにガッツポーズ。
クールだ何だと言われる俺だってそりゃあハイテンションにもなる。
あの超絶大人気アイドルがこんな辺境にいるんだから。
「ほら、早く持っていってやれ」
「あ、うス」
でも、そんなテンションを押さえつけて、俺は手が震えないようにトレイを持つ。
彼女はここの常連で、お忍びでここに来ているのだ。
まあ毎回来店する度に俺はこんな感じなのだけども。
だが店員たるものどんなに叫びたくてもハァハァしたくてもぐっと堪え、お客様にリラックスできる環境を提供するのが努めというものだ。
「お待たせしました」
「ん……ぁっ!? あ、ありがと」
一瞬目があって、セリナがびっくりしたように目を見開いたような気がしたけど、すぐに顔を伏せてしまった。
よくわからないが、大天使は可愛い。
この一挙手一投足がもう大天使なのだ。
見ろ、このフッサフサの尻尾の先端がまるで掃き掃除みたいにサッサと動く様を──
「ぉぉっ!?」
「ッ!?」
いかん、つい大きな声を出してしまった。
セリナもびっくりして顔を上げる。
「な、何……」
「あ、す、すみません突然声あげてしまって」
「う、うん」
「あの、尻尾……」
「?」
「汚れちゃいますよ、サッサって、尻尾」
「ぁ」
言われて気付いたのか、セリナは尻尾をくるんと足に巻きつける。
そうしてまた顔を帽子で隠してしまった。
「ご、ごゆっくりどうぞ」
なんとなく気まずくて、俺は逃げるように厨房へ引っ込んでいく。
途中店長がニヤニヤしていたのを見逃さなかった。
そんな感じでちらほらくるお客のオーダーを作りながら、仕事に精を出す。
セリナがいるというだけで普段の倍は頑張れる。
春が居たら発狂するだろうな、とか思いつつナポリタンを作る。
いや、あいつは居たら居たで迷惑をかけそうだからなあ。
というよりここにセリナが来るのは極秘だ。誰にも話す訳にはいかないな、彼女のために。
「お、ちょっと十夜会計出てくれー」
「はーい」
パフェを作っていた店長に言われ、レジに立つ。
するとそこにはセリナの姿が。
「すみません、お待たせしました」
「ん、大丈夫……」
会計を済ませて、お釣りを渡す。
するとセリナが俺を見上げてきた。
「あの、美味しかった……です」
「あ、あ、ありがとうございますっ」
かすかに笑った気がする。
俺に、笑いかけてくれた。
しかも俺の作ったチーズタルト美味かったって。
美味かったって!
俺もう死んでもいい。
いや、まだ早い。
その後俺は感動しすぎてどうやって接客したのか記憶に無いままバイト終わりの時刻になるのだった。
付け加えると、この流れは毎度のことである。
大体週3くらいでセリナが来店して俺のテンションが上って、チーズタルトと紅茶を頼んで俺が持っていって、会計時に美味しかったと言ってもらえて、俺の脳内セリナメーターが振り切って記憶がぶっ飛ぶという流れだ。
ちなみにチーズタルトが得意なのも、彼女がいつも美味しそうに食べるので腕を磨きました。
大天使に献上するチーズタルトは至高のものでなくては!という理由により家でも作りまくったってわけだ。
姉さんにチーズタルトはもういらんって言われたほど作りまくった結果、今では店長の奥さんお墨付きにまでなったのだった。
誤字脱字は見つけ次第修正させていただきます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。