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名前のない怪物  作者: 黒木京也
第二章 内臓実食
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24.仇討ちか弔いか

 僕が京子の部屋に着くと、それはそれは酷い有り様だった。

 部屋自体は整頓され、とても綺麗だ。女の子らしい小物などの代わりに画材やキャンパス、絵やデザインの本が見られるのも、大学の美術専修に所属する京子らしいと言えるだろう。女の子特有の甘ったるい香りと、これは油絵の具だろうか? 独特の鼻にくる匂いが入り混じった部屋。こう説明すると、趣味が絵を書くことの女子大生の部屋。ひどい要素の欠片も無いように思える。

 問題はそこに棲む京子にあった。

「うぇえぇええん! レイぐん! レイぐ〜ん!!」

 僕が到着するなり京子は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、僕にタックルを仕掛けてきた。

 いつから泣いていたのかはわからないが、声が鼻声を通り越してがらがら声になってしまっている。

 タックルから僕の胸元の服をガッシリ掴み、泣きじゃくる京子を僕はゆっくりと引き寄せる。転ばずに踏みとどまれたのは奇跡に近い。

「遅くなってごめん、久しぶり」

「ひさしぶりっ……! レイくん……!」

 京子の背中を擦りながら、僕はぎこちない笑顔を浮かべる。すると、京子も泣きながら顔を綻ばせ、そのまま僕の胸に顔を埋めてしまった。

 やがて、啜り泣くような声と共に京子が肩を震わせ始める。

 純也を殺してしまったという京子の言葉は気になるが、今は彼女を落ち着かせる方が先決だろう。僕はそう結論づけ、京子が泣き止むまで静かに彼女の背中を擦り続けた。



「藤堂……修一郎?」

 泣き止んだ京子が告げた聞き慣れぬ名を僕は噛み締めるように口にする。

 京子曰く、猟奇的な死体の絵を描く変人。

 藤堂修一郎本人曰く、強烈な〝死〟を描く事により、相反する〝生〟を際立たせた芸術を生み出しているとのこと。

 うん、凡人たる僕にはいまいち理解出来ない。

「それが……純也とどういう関係が?」

「……一週間くらい前かな。レイ君の事で相談があるって、純也君が美術棟にやってきたの」

「……僕の事で?」

 驚きで目を見開く僕を京子はじっとりした視線で見てくる。

「大学全然来ないし。こっちから連絡入れないと音沙汰無しになるし……そりゃ心配するでしょ」

「う……」

 痛いところを突かれ、思わず僕が口ごもる。それを見ていた京子は溜め息をつきつつ、話を続ける。

「取り敢えず私達で頻繁に会いに行こうって話になったの。私も絵が完成する頃にはほとぼりも冷めてるだろうから会いに行けるだろうし……」

「……ほとぼり?」

「な、なんでもない。とにかく! 純也君とはそういう形で話がまとまったの!」

 何故か顔を赤らめながら慌てるように京子が言う。

 わかってはいたことだが、心配をかけ続けていた事を改めて認識し、肩身が狭い思いになる。

「ん? でもおかしくない? そこからどうして藤堂修一郎の話になるのさ」

 僕が首を傾げると、京子は携帯を取り出し、震える手を抑えるようにボタンをプッシュする。

 メールボックスが開かれ、その中に阿久津純也の名前があった。日付は純也が遺体で発見された日の前日。

 メールには今から藤堂修一郎の家に行く。万が一俺が戻らなかったら警察に連絡して欲しいといった内容が記されていた。

「純也君が帰り際に美術棟の壁に展示されている作品を眺めていたの。そしたら急に藤堂君の作品を見て血相変えて『この絵の作者の連絡先を教えてくれ』って……」

「絵を……見て?」

 思わず首を傾げながら僕はそのメールを凝視する。普段の純也がそんな悪趣味な絵に関心を示す訳がない。ということは、その絵が純也によっぽどの衝撃を与えたのだろう。

 しかも知り合いの一人に帰らなかったら警察へ連絡しろ。とまで言わせるほどに。

「藤堂君ね。純也君が殺されてから……連絡が取れないの。他の知り合いさんに頼んでもダメ。部屋に引きこもったまま出てこないらしいの」

「…………」

 音沙汰無しな上、部屋に引きこもったまま出てこない……か。随分と身近に似た者同士がいたものだ。……偶然だろうか?

「絶対怪しいから警察にも連絡したんだよ? でもダメ。証拠らしい証拠が出なかった上に、被害者達との接点が無さすぎるって……」

 京子はそっと両手で顔を覆う。

「でも……絶対おかしいよ。何事もなく戻ったなら、純也君ならメールの一つくらいくれそうじゃない? 何の連絡もなしに翌日になったらあんな事になるなんて……」

 再び涙ぐむ京子。潤んだ目が悲哀を誘うようだ。

「あたしが……藤堂君なんて得体の知れない人の連絡先を教えたから……。あたしがあの時、嘘ついてでも知らないって答えていれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに……!!」

 慟哭を漏らす京子に、僕は何も言えなくなる。こんな時、何を言っても慰めにならないことを僕は知っている。

 兄さんが死んで、僕が生き残った時と同じ。

 罪の意識に苛まれている時は慰めの言葉も、罵倒の言葉も、まるで意味をなさない。

 罪を告白する人が求めているのは、そんな言葉ではないのだから。

 ただ懺悔する自分の言葉を、押し潰されそうになる心を、誰かに聞いて欲しい。それだけなのだ。

 だから僕が今出来ることは、ここで京子を罵倒することでも、慰めることでもない。

「……京子。僕にも藤堂修一郎の絵を見せて欲しい。場合によっては連絡先も聞きたい。案内してくれないか?」

 僕の申し出に京子は目を見開き、「ダ、ダメ! 何だか不気味だよ!」と、制止の言葉を投げ掛けてくる。が、僕は引く気はなかなった。

「ねぇ、仇討ちとか考えているの? だったら……」

「そんなんじゃない。純也の死の真相が知りたい。それだけだよ」

 その絵を見て何を思ったのか。死ぬ前に会っていた人物、藤堂修一郎と何を話したのか。

 それを確かめたい。事と次第よってはそれが純也や他の被害者達を死に追いやった、猟奇殺人事件の犯人を見つけ出す手掛かりが得られるかもしれない。そうすればきっと、純也も浮かばれる。

 そう、仇討ちなどではない。これは弔い。今僕がやるべきことは、親友を殺した犯人を見つけ出すこと。ただ、それだけだ。

「京子。お願いだ。危険が無いように策も用意するよ。だから……!」

 僕の頼みに京子は泣きそうな顔で沈黙を貫き、静かに項垂れてしまった。

 結局、京子の了承を得られたのは、それからさんざん頼み込んだ末の一時間後の事だった。

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