ホームのボウリング場が消える——女代打ちに仕掛けられた再開発の罠
ここまで読み進めてくださった読者の皆様、ありがとうございます。
第四話『砂漠の棺編』をスタートしました!
続きも執筆中ですので、書き終わり次第、順次更新していきます。
第1章:赤線
都庁の一室。
窓外には夜景が広がっていたが、室内の空気は冷え切っていた。
「……『Strike Palace』まで入れろ」
高級スーツの袖口を端正に整えた男——市議会議員の桐生健一が、タブレットの再開発図面を指でなぞった。
その端には、不自然に赤線で囲まれた敷地があった。
向かい側に座る建設会社の幹部が、一瞬だけ眉をひそめる。
「桐生先生、あそこは……組織の縄張りですよ。余計な火種になりませんか」
「だからこそだ」
桐生は唇の両端を吊り上げ、薄く笑った。
「反対派がうるさい。表立って強引に進めれば選挙に響くからな。
だが、『Strike Palace』を巻き込めば、否が応でも組織は利権を守る為に代打ちを立ててくる。そうなれば、例の女の出番だ。連中も勝てると思う勝負なら降りないだろう。内々に勝負でカタをつけた後で、反対派の処理などは、奴らに押し付ければいい」
幹部はなおも慎重に言葉を選んだ。
「相手は……玉城響です。勝てるのでしょうか?」
桐生は手元のタブレットを置くと、椅子の背もたれに深く寄り掛かった。
「こちらの代打ちは『神の目』を持つあの男だ。万に一つの心配もない」
低く言い放たれた言葉に、幹部の表情がわずかに強張る。
『砂漠の棺』——
台湾育ちの裏代打ちで、無敗を誇る男の顔が脳裏をよぎった。
「……わかりました。図面を書き換えます」
第2章:嵐の前の、うるさい日常
「お姉様!今のフォーム、右肩と一緒に腰がコンマ数ミリ開いちゃった気がします!ご指導を!!」
放課後の『Strike Palace』。
艶やかな栗色のロングヘアを揺らした小さな影が、勢いよくフロントのカウンターに、駆け寄って来た。
如月一花だ。その瞳は、まるで憧れのアイドルを目の前にしたかのようにキラキラと輝いている。
カウンターの陰で、のんびりとレンタルシューズを拭いていた響は、あからさまに遠い目をした。
「……一花ちゃん。私、ただのバイトだよ?そんなの分かるわけないじゃない」
「隠したって私には分かるんだから!」
一花はカウンターに身を乗り出す。
「あの時のお姉様のストライク、完璧な体軸から放たれたあの投球……
あれはまさに神の御技……」
熱弁を振るう一花の視線は、熱烈なリスペクトのあまり、もはや目前のバイト店員を通り越して遥か彼方を見つめている。
響は引きつりそうな笑みを必死に貼り付け、顔の前で何度も両手を激しく交差させた。
「いやいや、本当にたまたまだってば!ほら、ボウリングの神様が気まぐれで、ピンが勝手に綺麗に倒してくれただけだよ!」
「私は絶対に誤魔化されないもん!」
「パパに聞いても『ただのまぐれだよ』って言うけど、そのブレない体幹の秘密、教えてくれるまで絶対に諦めないから!」
ぷくーっと両頬を限界まで膨らませて食い下がる姿は、かつてのツンデレの「ツン」が、今にもどこかへ吹き飛んでしまいそうである。
響が内心でため息をつきかけた、その時だった。
プロショップのガラス越しに展示ボールを眺める一人の老人が目に入る。
響はここぞとばかりに一花から逃げるように歩み寄ると、明るい声をかけた。
「いらっしゃいませ!新しいボールをお探しですか?」
最新のボールを鋭い目で見つめていた老人は、響に気づくと目元を緩めた。
「いやぁ、良さげなボールだねぇと思ってな」
「この『リフィール』は本当におすすめですよ!」
響は、青みがかったシェルに鮮やかな緑がアクセントとして混ざった最新銘柄を指差しながら、流れるように解説を紡ぎ出す。
「オイルが奥へ伸びてしまった、いわゆるキャリーダウンしたコンディションでも、薄いオイルを物ともせず鋭く曲がってくれます。曲がりのレスポンスが非常に優れているので、ポケットへ向かって本当にキレのある動きをしてくれますよ!」
「ほう、それは楽しみなボールだねぇ。前向きに検討させてもらうよ」
老人は満足そうに深く頷くと、静かな足取りでショップを後にした。
「ふぅ……」
響がふと我に返って振り返ると――
そこには、腕を組んだままの一花が立っていた。
そんな一花の膨れっ面に苦笑いを返そうとした瞬間、響の肌がいつもと違うフロアの空気を感じ取っていた。
第3章:黒い噂
カウンターの端で、常連客の数人が深刻な顔で頭を寄せ合っていた。
「……おい、聞いたか?市の都市計画の件」
「ああ、僕も今聞いたところだよ。このままだと、この『Strike Palace』まで対象に指定されるって……」
「えっ、それ本当ですか!?」
聞き捨てならない不穏な単語に、響は思わず声を上げて歩み寄った。
「商業ビルの再開発地区からは、ここはだいぶ外れているはずですけど……」
響の問いかけに、深刻な顔で話し込んでいた常連の男が、苦い表情のまま首を振った。
「当初の計画書ではそうだったんだよ、玉城ちゃん。だが、どういうわけか急に開発範囲がここまで拡大されるって話になってな……。なぜこんな場所まで巻き込まれるのか、理由がさっぱり分からないんだ」
隣のボックスでハウスボールを選んでいた中学生三人組が、焦った様子で会話に飛び込んできた。
「えっ、ここ壊されちゃうの!?俺たちの放課後のたまり場、なくなっちゃうじゃん!」
「玉城ちゃんの失敗を見て笑うのが一日の癒やしなのに、そりゃねえよ!」
「ちょっと、あんたたち!不吉なこと言わないの。それに失敗は余計!!」
響は中学生たちを小突きそうな勢いで乗り出して抗議してみせる。
「ただの噂に、そんなに気を揉んでも始まりませんよ」
響は両手をポンと叩き、深刻な顔をしていた常連客たちに向き直ると、パッと明るい笑みを浮かべた。
「私もあと少しでバイト上がりますし、みんなでご飯でも食べて元気出しましょう! 暗い顔してたら、倒れるピンも倒れなくなっちゃいますよ!」
その言葉に、すかさず中学生三人組の目がギラリと輝いた。
「えっ! 玉城ちゃん、もしかして奢ってくれるの!?」
「マジで!? じゃあ俺、ビーフシチューとパスタ!」
「よっしゃ、お言葉に甘えてサイコロステーキ!」
調子のいい少年たちに、響は「はいはい!」と胸の前で両手をパンパンと叩いて制した。
「もうこんな時間でしょ! ほら、中学生は遅くなる前にさっさと家に帰りなさい!」
「えー、ケチくさーい!」
「じゃあね、玉城ちゃん! 明日こそはストライク見せてよ!」
ブーブーと文句を言いながらも、中学生たちは素直に荷物をまとめて出口へと向かっていく。
響はその背中を「気をつけて帰るのよー」と呆れたように送り出した。
そんな賑やかなやり取りを、少し離れたところからじっと見つめていた一花が、ボウリングバッグを肩にかけ直しながら歩み寄ってきた。
「さぁぁ!お姉様!! あの完璧な体軸の極意を——」
一花が響に詰め寄った、ちょうどその時だった。
入口の外、駐車場の方に一花の父親の姿が映る。
「はいはい、一花ちゃんもお迎えが来たみたいだし、早く行かなきゃね!!
パパを待たせちゃダメだよ?」
響は一花の言葉を遮るように背中を優しく押し、出口の方へとせっせと送り届ける。
「もう、お姉様っ!! 次こそは絶対に聞くんだから! また明日ね!」
手を振りながら自動ドアの向こうへ消えていく一花を見届け、響は「ふぅ……」と今日一番の大きなため息をついた。
第4章:公約
制服のシャツを脱ぎ、私服に着替えてタイムカードを押した響は、そのまま『Strike Palace』に併設されたレストラン『Lumen Pins』へと向かった。
夕方のレストランは、ボウリングを終えた常連客たちでほどよく賑わっている。響はいつものカウンター席に腰を下ろすと、店員に笑顔で声をかけた。
「鶏のソテーと、温かいコーンスープをお願いします」
「はいよ、玉城ちゃん。今日もお疲れさま」
料理を待っていると、隣のテーブルから親しげな声が飛んできた。
「あら、玉城ちゃん。今上がったの?」
振り返ると、ボウリング教室帰りのよし子さんが、常連のおじさんたちと一緒にビールを傾けていた。
「はい、ようやくです。よし子さんたちもお疲れさまです」
「こっちもね。今日の教室、みんななかなか上達しなくてさ。玉城ちゃんが今度、教えてくれたら助かるんだけど」
よし子さんが笑いながら言うと、響は困ったように首を横に振った。
「私なんかが教えたら、大変なことになっちゃいますよ!」
「そう言わずにさ」
よし子さんが笑いかけたところへ、隣の男性が低い声で割って入った。
「それより玉城ちゃん、さっきの再開発の話、本当らしいよ。この辺り一帯が対象に入るって」
「……そうなんですか?」
響は運ばれてきたソテーにフォークを入れながら、軽く相槌を打つ。よし子さんはグラスを置き、少し真剣な顔になった。
「桐生健一って市議、知ってる? 次の市長選に出るらしいのよ。
公約で『地域に根差した町づくりを掲げて、住民の声を大切にする』ってあちこちで演説してるらしいんだけど……ああいう人が当選してくれたら、こういう強引な再開発も少しは変わるのかしらね」
「桐生……」
響の手が、ほんの一瞬だけ止まった。
「そうですね。地域のことを考えてくれる人に、なってもらいたいですよね」
「本当にね。玉城ちゃんもこの店がなくなったら困るでしょ?」
「ええ。みんなとこうやって話す時間が、私にとっても大切ですから」
響は笑顔のまま、コーンスープを口に運んだ。
スプーンが皿に当たる小さな音が、静かに落ちる。
その音の間だけ、響の瞳から温度が消え、視線は静かに何かを見据えていた。
第5章:依頼
夜20時を過ぎた頃。
『Strike Palace』の駐車場。
静まり返った運転席でシートに深く身を沈めると、響のスマートフォンが登録のない番号を表示して短く震えた。
「……私よ」
響が短く応じると、機械で変声された、仲介者の低い声が耳に届く。
響はエンジンをかけ、すぐにスマートフォンのスピーカー連携を切った。
車内に広がろうとしていたノイズを遮断し、受話器を耳に押し当てる。
『響。お前のことだ、薄々勘付いているとは思うが』
抑揚のない声が、淡々と本題を切り出す。
『Strike Palaceが巻き込まれている再開発の件で、依頼だ。
お前が負ければ、計画通りに立ち退きが進み、敵側の桐生には出資企業からたんまりと裏金が転がり込むんだろう。
逆にお前が勝てば、開発反対派の地主どもから我々の組織に巨額の報酬が入る仕組みだ。……お前の取り分は、三千万』
響は無言のまま、ハンドルに置いた細い指を軽く握った。
『相手側の代打ちは、榑林源二』
『主に海外で活動していたのか、こちらの網にも情報がほとんど引っかからない。分かっているのは――『砂漠の棺』と呼ばれていることぐらいだ』
(砂漠の棺……)
響がわずかに眉をひそめると、受話器の向こうの歪んだ声は、さらに言葉を続けた。
『今回の勝負では、主催の『ミッドナイト・リング』から、指定ルールが提示されている。おそらく相手側からの圧力だろうが、主催側も趣向として受け入れたのかもしれん』
『使用できるのは、指定された最新銘柄のボウリングボール【リフィール】一球のみ。
表面加工やドリルレイアウトの変更は自由とする。
……そしてレーンコンディションは非公開。
お互いに現場で投げる瞬間まで、どのようなオイルが引かれているかは分からない』
『表面上は公平なルールだが、まぁ何か企んでいるのは間違いないだろう。
会場は、城東の湾岸エリアにある『東京ネオンボウル』。
とっくに閉鎖されたはずの、廃センターだ。
三日後の深夜一時に指定されている』
響はフロントガラスの向こうに広がる暗い駐車場を、無言で見つめ続けていた。
ガラスに映る自分の瞳を見つめながら、静かに情報を整理していく。
『……どうした、響』
電子のノイズ混じりの催促に、響は闇の向こうの気配を、冷たく睨みつけるように声を返した。
「――承知したわ。条件は呑むって、元締めに伝えて」
「それと、ボールは、私が指定した物を用意しておいて。詳細は後で送っておくわ」
わずかな無音のあと、受話器から無機質な変声が戻ってくる。
『……分かった。手配しておく』
通話が切れたスマートフォンの画面が、車内の暗闇を鋭く照らしたあと、不意に消灯した。
エンジンの低い唸りだけが夜の駐車場に響くと、響はアクセルを踏み、帰路についた。
響が指定した最新ボールの【リフィール】ですが、人気商品の為、メーカーにも在庫は無く、響のボールに対する注文が厳しかったこともあり、組織も入手するのに各地のセンターを奔走して苦労したそうです。
次回の更新は11月の上旬~中旬を予定していますが、書き終わり次第、更新してきますので、また是非よろしくお願いします。




