時は有限。気持ちは無限。
ヤンデレ全開!
(まずいわ、どうしましょう…)
今さらながら、マリエルは大慌てに慌てていた。
決められない…確信が持てない…。
このままでは、なし崩しに結婚してしまう…。
(5ヶ月なんて、あっという間じゃない!)
時間はある、と思った途端、飛ぶように時が過ぎていく不思議。
気づけば残り半月ほどになっていた。
正直にいえば、トールはとてもいい人で優しい。
いろいろと企画外なことは相変わらずだけれど、問題はほぼなくなった。
それは、彼の半年近くにわたる努力の賜物だった。
トール・ヨルゲンは見事に生まれ変わった。
元々、恵まれた体型だったものを自ら見えなくしていただけだったので、姿勢が直っただけで見違えるように整った。
身だしなみも、姿勢に伴って変わった体型に合わせて、着心地の良さと浮かび上がる線の美しさを重視して作り替えた。
新しい服を揃えるのに付き合ったことも、お互いを知るいい機会になった。
トールの好きな色や形、模様の好みなどが分かると、彼の性格がより伝わってきた。
さらに元々仕事のできる知性派の彼は、自分に自信がついてさえしまえば言葉が詰まることもなくなった。
ほんの少し女性への言い回しを気をつけただけで、理想の男性へと変貌した。
今では夜会に行けば誰もが振り返る、立派な紳士になってしまった。
誰もが、これだけ婚約破棄しないあれだけの紳士なのだから、マリエル嬢も今度ばかりは決めたのだろう、と噂した。
当のマリエルだけが、決めらずにいたのだが…。
そう、トールは条件が整い過ぎていた。
頭は良く、見た目も良くなり、父兄の望む働き者、しかも領地が隣同士。
おかしなことだが、今度はどこにも問題がなさすぎた。
父や兄ですら、最近ではこのままいくと思っているようだった。
母だけが『大丈夫?焦らなくてもいいのよ?』と珍しく声をかけてきた。
母の慧眼恐るべし!
☆☆☆☆☆
心が定まらず、不安な気持ちを抱えたまま、マリエルは魔道省の下に立っていた。
いつもの施術を受けにキーランのもとを訪れたのだ。
実はこの半年、長いこと十日に一回だった施術が、一週間に一回になっていた。
トールとの将来に向けて、素顔を晒す勇気がなかなか持てず、事ある毎にキーランのもとに逃げ込みたくなるものの、そんなことではいけない、と気を引き締めていた。
トールと話をするたびに、自分はもっと勇気を出すべきだ、とも思わされる。
そうして悩んでいたマリエルとしては、内心では十日に一回のままでいたかった。
しかしある日、キーランから『このところ傷がひどいようですけど何かありましたか?』と言われた。
施術を解除した素顔を見ると、確かに肉芽が増え、赤みも増していた。
ショックを受けたマリエルは、これは大変、と諦めて足繁く通っていたのだ。
「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」
いつもの施術が一通り終わり、スッキリすると、珍しくキーランが時間はあるか、と訪ねてきた。
「今日はもう忙しくないので、せっかくですからマリエルが持ってきたお菓子と一緒に、お茶はいかがですか?」
「そうね…たまには、一緒にお茶をいただこうかしら」
このところは毎週顔を会わせることもあり、施術が終わり次第、慌ただしく帰っていた。
「本当に、マリエルとお茶をいただくのは久しぶりですね…やはり、忙しいですか?」
「あら、それはキーランの方では?お兄様がキーランが忙しすぎて会えない!と文句を言ってらしたわよ?わたくしが毎週会うせいで貴方の時間を奪ってる!とまで、言われましたもの」
「マリウス…はぁ…。あいつは…自分が忙しいことは棚に上げてしまうんですよ。たまたまお互いの空いた時間が合わなかっただけで、マリエルのせいではありませんよ?」
いつものことながら、キーランは穏やかに笑いかける。
外ではお嬢様然としたマリエルも、キーランのことだけは名前で呼ぶ。
それだけ長い付き合いであり、側にいることは安心でもあった。
「お兄様はね、相変わらず今の部署がお嫌いなの。だから、何とか逃げ出す理由を貴方からもらおうとしたのよ」
「…分かりました。何か考えておきましょう」
「うふふっ、ごめんなさいね。兄妹してご面倒をかけて」
「大事な友人のためですからね、頑張りますよ。……ところでマリエル、もうすぐ期限ですが、いつ破棄するんですか?」
「あっ…そう、なのよね…実はそのことで少し悩んでしまって…」
「…お相手が納得してくれなさそうなんですか?」
「いいえ、何故?…多分、大丈夫だと思うわ。今の彼ならお別れしても引く手あまただと思いますもの」
「でも、マリエルを想っていれば手離さないのではないですか?」
「まぁ!キーラン、貴方意外にロマンチストなのね!ふふふ…驚きましたわ。…嫌われてはいないと思いますけど…トール様がわたくしを想ってくださっているかも、分かりませんの。…悩んでいるのは、わたくし自身のことですわ。どうしたいかが、分からなくなってきてしまいましたの」
「マリエル自身の気持ち?」
マリエルがこくん、と頷いた。
「わたくし、婚約は今回で最後とお兄様に言われて、トール様とは最初から添い遂げるつもりでお付き合いしていましたの」
「っ!…最初から?」
「ええ。でも、今となるとその覚悟は、本当に正しく思えていたものか怪しい限りですけれど…ただ今は、これで決めていいのか、とも悩んでしまって…」
「そんなの、いつものように終わらせればいいだけじゃないですか。マリウスは怒りませんよ。もし、問題があるなら、私も力になります」
「キーラン、ありがとう。…でも、わたくしトール様が嫌なわけではありませんの。むしろ好ましく思っています。だからこそ、トール様にとっても良い選択をしたいのですわ。それに…わたくし…いえ、まぁ、そんな感じに残りの期限まで少し考えようと思っていますの」
「そ、そう…。マリエルが悩むなんて初めてだったから驚きましたよ」
「本当言うと、わたくしも驚いていますわ。わたくしは今までお相手を傷つけたくない、とは考えておりましたけど、わたくしの選択でお相手がどうなるか、なんてことまで考えたことがありませんでしたもの」
「…トール殿を大事に思っているんですね…」
「大事?…そう?…そうね、そうかもしれませんわ。…ねぇキーラン、知ってまして?社交会では『ついに公爵令嬢陥落!』とか言われているらしいですわよ?」
「きっと婚約破棄の兆候が見られないからでしょうね。確かに、君らしくないな…と思ってはいましたよ?今までなら、少しずつ関係を遠ざけ始めている頃をとっくに過ぎていますよね?」
「ええ…今回はしてないわ。ヨルゲン子爵家は、お隣の領地をお持ちでしょう?これからも良好な関係は続けなければならないから、慎重になりなさい、とお父様達から言われてもいるの。今までの人とは、そこも違うのかもしれないわ」
「あの領地…」
キーランが苦々しげに呟く。
「あぁ、あの領地はキーランも狙っていたのよね?…どう?領地の件を話しておいたのだけど…あの後、お兄様からいい所を紹介していただいた?」
「あ?あぁ、ええ…いいんですよ。あれは、ものの試しに領地を持ってみようかと思っただけですから。結局、仕事が忙しくて経営などできなかった、と思い知らされましたしね」
「そうよねぇ…忙しいものね…。カルロ叔父様が、早くキーランに第一魔道士まで上ってきてもらって、ひいては自分の後を継いで欲しいって、この間お父様にこぼしてらっしゃったわよ?」
「…全く、あの方は…そこまでの力はないですよ。まだまだ無理ですね」
「異例の出世をしている人に、言われたくないでしょうね…」
クスクスと笑うマリエルを眺めながら、キーランは思い付いたように話した。
「でも、やっと分かりましたよ…その悩みのあれこれが素顔の方に表れていたんでしょうね…。マリエル、確かに君には覚悟が必要のようだ。もし、本当に普通の夫婦を目指すというなら、君はトール殿にあの素顔を出せるか、考えなければいけませんよ?」
「え?…ええ…」
「夫婦になる以上、必要なことでしょう?もしくは、最後まで隠し通すことができるか…週に一度、魔道省に抜け出す妻を彼に納得してもらえるようにできますか?…君にそれができますか?」
マリエルはより悩み深く落ちた気がした。
(キーランの言う通りだわ)
トールに決める確信が持てない…なんて思うのは当然だ。
結局、本当のところでは、自分が傷つきたくなくて、自分の覚悟が決まっていないだけ、と気づかされる。
あの素顔を、私は見せられるのかしら…。
☆☆☆☆☆
「トール様との結婚を真剣に考えます」
マリエルがそう家族の前で言ったのは、キーランと話をした5日後のことだった。
あの後、マリエルは本気で考えた。頭が痛くなるほど考えた。
その結果がこれだった。
話した夕食の席での、一家大混乱を制するように、冷静な声でマリエルは言った。
「でも、まだ何もしないでいただきたいの…三日後にトール様とお会いするので、そこで今後を話して見るつもりですの。お互い条件だけなら、いい結婚だと分かっていますわ。わたくしみたいな者と結婚されることの問題を、トール様には分かっていただかなければならないでしょう?だから本当にわたくしでいいのか、最後に考えていただきたいの」
「マリエル、お前には何の問題もない、といつも言っているだろう!」
「そうよ、あなたに何の問題があると言うの」
「お前はまだ、そんなことを言ってるのか?」
家族が一斉にマリエルを擁護する。
(私、ちゃんと愛されてるなぁ)
この話になると、いつも一斉にマリエルを守ろうとする家族に、胸一杯の気持ちになる。
でも、この愛情に甘えたままでいては駄目なんだ、とキーランの言葉で気づかされた。
素顔を見せられるか、見せられないか、ではなく、トールを信頼して話すか、話さないか、が先だとマリエルは思ったのだ。
まず、伝える。
その上で、見てもらえるか決めようと思った。
ある意味、相手に委ねてしまったズルい手かもしれないのだが、今のマリエルには伝えることが精一杯の段階とも言えた。
「ですから…結論をあと数日待ってもらってもよろしいかしら…?あ、分かってますのよ?これが最後っていうことは…でも、やっぱりお相手のあることだから、わたくしの都合だけでは決めたくないの。お父様、わたくしのわがままを聞いてくださる?」
「…分かった。かまわん」
「ありがとうございます!」
これも家族への甘えかしら?と思わないでもないが、ともかく決戦は、三日後に決まった―――。
前話の後半と次話の前部を足したので、ちょっと長めでした。
キーラン、だんだん自分の首絞めてる気がする。




