ノエル――正教
セリオン、ノエル、ルドミラの三人はエリゼーネ子爵邸でコーヒーを堪能していた。
ケーキもついている。
外のテラス席で、三人はコーヒーを味わった。
このコーヒーはシベリア商会がもたらした特産品だった。
ほかの商会ではコーヒーは扱われていない。
「うん、やっぱりコーヒーはいいね」
「ああ、コーヒーはやはりうまいな」
「そうでしょう? なにせシベリア商会の最高級の豆を使用しているんですよ」
ルドミラがコーヒーカップに口をつけた。
ノエルはケーキを切り分けていた。
セリオンもコーヒーを飲む。
三人は会話とコーヒーを楽しんだ。
「シベリア商会か……シベリア人にはビジネスセンスがあるから、同じシベリア人として鼻が高いな」
「セリオン様、セリオン様はツヴェーデンではどんな暮らしをしているんですか?」
「あっ、それは私も聞きたいかも」
ルドミラとノエルが尋ねてきた。
「ツヴェーデンでの暮らし? そうだな……主に訓練、演習、講義、モンスター討伐、それから後方支援業務だな」
「なんだか、戦いの訓練をしている感じがしますね?」
「ああ、どちらかといえば対人戦より、対モンスター戦のほうが多いかもしれないな」
「後方支援業務って何?」
ノエルが尋ねた。
「ああ、テンペルでは必ず、後方支援業務に携わるんだ。武器や糧食の補給とかもな。料理を作る訓練もあって、誰もがみんなその訓練を受けている。テンペルにとって『我々は補給で勝つ』という言葉は哲学なんだ」
「へえ、そうなんですの。料理ができる殿方というのも素敵ですね」
「じゃあ、セリオンさんも後方支援業務を学んだことがあるの?」
「ああ、あるさ。俺は半年間集中して学んだな。補給をはじめとする後方支援業務には女性も多いんだ」
その後もセリオンたちは話をしてあたたかな日を過ごした。
閉ざされた暗い部屋に聖職者たちがいた。
彼らは四角い長方形の机の前に座っていた。
ある会議が開かれていた。
もっともその会議とやらはずいぶん閉鎖的な印象を人に与えるものだったが。
この会議のメンバーは全員男性で、女性はいなかった。
「これは一大危機ですぞ」
「このままでは我々の存在意義が失われてしまう!」
「外来宗教の脅威をこのまま放置しておくことはできませぬ!」
一同が問題にしているのはシベリウス教のことである。
それに対して彼らは「正教」の信者だった。
正教はノヴァ―ルの国民的宗教である。
神格は一人の主神デリウス(Derius)と三人の女神で構成される。
この宗教は貴族制度と結びついており、人は生まれながら貴族と平民に分けられるという。
つまり既存の秩序を擁護しているわけだ、それも宗教的に。
一方、平民の側からすれば貴族は目の上のたんこぶであり、不満の種である。
貴族には特権――それに対して責任もあるが――が与えられている。
問題となっているのは一神教か多神教かではなかった。
シベリウス教の思想――神の前に人はみな平等である――というところにあった。
この思想によれば貴族も平民も区別はない、ということになる。
これは正教の前提を覆す脅威だった。
この脅威を前にして正教の高官たちは会議を開いているのである。
「このまま、シベリウス教に信徒が流れれば、貴族はどうなる!?」
「最近シベリウス教の改宗する者が多いそうだ。中には貴族からの改宗者も出ているらしい。これはゆゆしき事態だ!」
「平民がいなければ貴族の特権も意味がない!」
彼らが問題にしているのはつまるところ自分たち貴族の特権であってノヴァ―ル国民の安寧ではなかった。
「大神官、我らは立たねばなりませんぞ!」
「…………」
大神官と呼ばれた男は黙っていた。
「ここは我々が議会に圧力をかけて、シベリウス教に改宗することを禁止する法律を立法してはどうでしょうか?」
「おお、それはいい! それに貴族と平民の区別をする法律も必要ですな!」
「平民の政治的権利を制限すべきですよ! 我々は彼らを甘やかしてしまったんです!」
いろいろ発言は続くが結局、結論は出てこなかった。
聞いていれば平民が怒り狂うような発言まで出てくる始末だった。
外は土砂降りの雨が降り、雷が鳴っていた。
こんな日の夜に一人の女性が教会に助けを求めてきた。
「お願いです! この扉を開けてください!」
セリオンは扉を開けた。
「いったいどうしたんだ? なぜ、教会に?」
「追われているんです! どうか助けてください!」
外から武装した追手がやってきた。
「武器を持って夜の来訪とは穏やかじゃないな。この少女が何者であれ、教会に助けを求めてきた者は保護する」
セリオンの一閃。
まさに一撃。
たった一撃で追手の五人は武器を落とされた。
そこにアンジェラが現れた。
「どうしたの、セリオン? あら? その人は?」
「この人は教会に保護を求めてきた。今は気を失っている。それに熱もある。しばらく目を覚まさないだろう」
「そう……じゃあ、私のほうで看護しておくわね」
アンジェラは少女を奥の部屋に連れて行った。
追手はセリオンが手ごわいことを悟ると、すぐさま逃走に移った。
「逃げたか……」
セリオンは再び扉の鍵を閉めた。雨はたくさん降り注いでいた。
「う……ん……」
少女は知らない部屋で目を覚ました。
ここはどこだろうか?
自分はルブリアナ支部教会に保護を求めたはずだが……
「あら? 目が覚めたのね? 初めまして。私はアンジェラ。この教会の司祭です。ところであなたは?」
「私はミレーナ(Milena)といいます。今は名前以外は明かせません」
「そうなの……なにか事情があるのね?」
「すいません……」
「別にいいわ。ウチはそういう人でも受け皿になっているから。それではセリオンを呼んでくるわね」
「セリオン?」
「この教会の騎士のことよ」
アンジェラは部屋の外に出た。
しばらくすると、部屋の外に小さな声が響いた。
「もう、大丈夫なのか?」
「まだ、熱は測ってないわ」
「失礼」
男の人の声がした。
部屋にアンジェラと男の人が入ってきた。
「初めまして。俺はセリオン・シベルスク。ルブリアナに住んでいる外国人だ。今はツヴェーデンからノヴァ―ルに出向して来ている。ところで、君は?」
「ミレーナです。今はそれ以上語ることはできません……申しわけないのですが……」
セリオンとアンジェラは顔を見合わせた。
詮索はしない、という同意だった。
「あなたを保護することを当教会は決定しました。その顔ではまだ、熱があるでしょう。じっくりと休んでいてください」
「はい、ありがとうございます」
セリオンとアンジェラはミレーナを残して外に出た。
「それで、さっそく来たか?」
「ええ、来たわ。娘を引き渡せと言う通告がね。正教の本山、サン・ペトロニオ大寺院の聖職者から、ね」
「これはシベリウス教と正教との戦い、そういう構図になるな」
「ええ、そうね。宗教同士の戦いというわけね」
「また厄介ごとか……まあ、ウチにはそういうものがよく来るからな。俺も全力でアンジェラのサポートをするつもりだ」
「ありがとう、セリオン」




