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Das Heldenlied   ヘルデンリート 20 Die Hymne  作者: Siberius
シエルの章
1/59

シエル――信仰

シエル(Siel)はクヴィンツ(Quinz)の初等学校でツヴェーデン語(Zwedisch)の授業を受けていた。

教室では学生たちがいすに座りノートを取っていた。

ツヴェーデン語の教師はユリ(Juri)先生といって、発音にうるさいことで有名だった。

ユリ先生は外国語リテラシー、話す、聞く、読む、書くの四つのうち「話す」を最重要視していた。

ユリ先生は20代の若い教師だが、ツヴェーデンに留学経験がありツヴェーデン語のプロフェッショナルだった。

ユリ先生は語学というものはその言語が話されている土地にいかなければ習得できないと考えていた。

しかし、庶民のおカネでは奨学金でも貰わない限り留学など夢である。

ユリ先生が授業を進める。

「ツヴェーデン語には分離動詞と非分離動詞があります。分離動詞auf・stehen 起きるは分離前つづりaufと

基礎動詞stehenで構成されています。

たとえば Ich stehe um sechs Uhr auf. となり動詞は基礎部分が活用され、分離前つづりは語末におかれます。

それではこの文を現在完了形にして用いてみましょう。 Frau Roim!」

「あっ、はい」

シエルは指名されてどきっとした。

シエル・ロイムはツヴェーデン語の家庭教育を受けていて成績もよかったが、多くの人の前で自分の意見を言うことは苦手だった。

ユリ先生とシエルの視線が合った。

シエルはツヴェーデン語で答えようとする。

「Ich bin um sechs Uhr aufgestanden」

「Schön! すばらしい! Frau Roim よくできました。みなさん、aufstehenはSein支配の動詞で過去分詞はaufgestandenになります。Frau Roimはこの二点をよくおさえましたね」

そのとき、教室でチャイムが鳴った。

「あら、もう終わりですか。できれば非分離動詞verschlafen 寝過ごす、までやりたかったのですが、しかたがありませんね。今日はここまでにしましょう」

そう言うと、ユリ先生は退出した。

学生たちはみな帰る支度を始めた。

授業は午前中で終わりである。

シエルは教材をリュックサックに入れて、帰る準備をした。




シエルはリュックサックを背負って下校した。

帰り道、雨が降ってきたため、シエルは本屋で雨宿りをしようとした。

シエルは行きつけの本屋に入る。

本屋の名前はバイエル(Beiel)。

主人のバイエルさんの名前からとったものだ。

「いらっしゃい。おや、シエルちゃんじゃないか。こんにちは。よく来てくれてうれしいよ」

「はい、こんにちは、バイエルさん」

「シエルちゃん、濡れているね。待ってなさい。今タオルを持ってくるから」

バイエルさんは40代のおじさんである。

ちなみにシエルの今の年齢は10歳だった。

「ほら、これで髪をふくといい」

「はい、ありがとうございます」

シエルは濡れた頭をタオルでふいた。

バイエルさんがにこやかになった。

シエルはせっかく本屋にいるのだから文学の本でもチェックしようとした。

バイエルさんはうれしそうに。

「そうだ、シエルちゃん。新しく白鳥物語って本が入ったんだけど少し、読んでみるかい?」

「え? いいんですか?」

「シエルちゃんは特別だからね。よくうちで本を買ってくれるだろう? そのおかえしさ」

「ありがとうございます。あっ、これ、タオルをお返しします」

「はい。この本だよ」

「はい」

シエルはあらすじを読んでみた。

どうやら白鳥の騎士がお姫様を守る物語らしい。

「それにしてもシエルちゃんはおカネを持っているよね? 10歳の女の子でそれだけ持っているのは何というか……悪い人に騙されたり、取られたりしないようにね」

「私の両親は学校の成績、特にツヴェーデン語や科学、数学の成績がいいとおこづかいをくれるんです」

「それならいいね。シエルちゃんはツヴェーデン語ができるのかい?」

「はい、少しは」

「Wie geht's ? (調子はどう?)」

「Danke,es geht mir sehr gut (はい、とてもいいです)」

「発音もアクセントもイントネーションも自然だね」

「はい、私はツヴェーデン語が好きです。家でも家庭教師から教わってます」

シエルは笑顔を見せた。

シエルの両親はシエルが将来「科学者」になるようにすでに英才教育をしていた。

しかし、シエルは科学の勉強よりも文学のほうが好きだった。

物語の世界の中に入っているときほどうっとりすることはない。

シエルは白鳥物語を夢中で読んでいた。

シエルには科学的センスより、文学的センスがあるようだった。

そのうち雨がやんできた。

「おや? 雨が止んだようだよ、シエルちゃん!」

「はい、この本をありがとうございました。今度試験があるので、それでいい成績を取ったら、おカネが入ると思います。そのお金でその本を買いたいです」

「わかった。シエルちゃんは頭がいいから、きっといい成績を取るだろう。この本は預かっておくよ」

「はい、ありがとうございます」

シエルは家の前で立った。

「はあ……今日も勉強かあ……別に勉強自体が嫌いなわけじゃないけど、敷かれたレールの上を進むのは面白くないなあ……」

シエルはため息をついた。

シエルは家庭での教育も受けていた。

午前中は学校で、午後は家でそれぞれ勉強があった。

ただ、勉強づけになればなるほどわからなくなるのだった。

自分はいったい何のために勉強しているのか?

それは結局、親が望んでいることであって、自分が望んでいることとは違った。

ただ、今のシエルには、どういう進路を自分が求めているのかわからなかった。

自分が何をしたいのか、わからない。

それが今のシエルの悩みであった。

ただ、勉強をしているうちに何か答えが出てくるかもしれない。

そう今シエルは思っているのだった。

「さあ、家に入ろう。バイエルさんのところにいたから、少し帰ってくるのが遅くなっちゃったわ」

シエルはそのまま家の扉を開けた。

シエルの家はヴェルテ(Werte)共和国首都クヴィンツの住宅地にあった。

「ただいまー!」

シエルが大きな声で言う。

「あら? お嬢様ですか? おかえりなさいませ」

メイドのシャーラ(Schaara)が答えた。

シャーラは深々とおじぎする。

「本日はベーア(Bär)氏による教育が行われる予定です。ベーア氏はすでに二階におります。シエルお嬢様、まずはお食事をお取りください」

シャーラはメイドであったが、シエルにとっては教育係のようなものであった。

シエルは昼食に取りかった。

昼食はスパゲティーだった。

「おいしそう……シャーラが作る料理はいつもおいしいわね」

「ありがとうございます、シエルお嬢様。それでは存分に味わって召し上がりください」

そう言うとシャーラは下がっていった。

シエルはフォークで器用にスパゲティーを食べた。

シエルの両親は父も母も科学者だった。

両親の期待は大きかった。

科学者同士の子供とあってシエルも科学者になるべきと定められたのである。

幼いころから、シエルは両親とあまり遊んだ記憶がない。

幼いころの思い出は勉強の本を買い与えられたことだろうか。

両親は帰る時間が遅い。

夜に帰ってくることもあるし、一日中帰ってこないこともある。

シエルは最初それをさびしいと思ったが、今はそう思わなくなった。

シエルは食事を食べ終えると、二階に上がり、勉強に入った。

その中には机があって、それはシエルの勉強用である。

「Herr Bär, Guten Tag!」

「Frau Roim! Guten Tag! 今日は少し遅く帰ってきたようだね、シエル君。君のことだから、本屋で立ち読みでもしてきたんだろう。はっはっは!」

ベーア先生は楽しそうに笑った。

ベーア先生 (Theodor Bär) テオドール・ベーアはツヴェーデン人でツヴェーデン語の教師である。ちなみにベーアとは「熊」を意味する。

シエルの両親は立派な上流市民で、収入はかなりのものである。

メイドのシャーラやベーア先生を雇うだけの収入が彼らにはあるのだ。

「シエル君、今日は学校ではどんなことを学んだのかな?」

「分離動詞の現在形と現在完了形を学びました」

「そうかい。では私たちはもっと先のことを勉強しているわけだね」

ベーア先生の授業は文法と作品読解が中心であとは先生と対面してコミュニケーションを取り会話力を鍛える。

今日のベーア先生の授業は「過去完了形」だった。

ツヴェーデン語では過去の一時点において完了済みであるできごとは過去完了形を使って表す。

「Wir hatten gestern Abend das Radio eingeschaltet.」

シエルは流れるように発音した。

「Sehr gut! シエル君よくできているね。ところで過去完了形にもhaben支配とsein支配があることを忘れないようにね。たとえば、この文を過去完了形にするとどうなるかな?」

「Ingo war am Abend weggegangen.(インゴは夕方に外出した)」

「Ausgezeichnet! そうだね、weggehenはsein支配だからね」

ベーア先生の授業はこの後も続いた。

シエルは幼いころからツヴェーデン語をシャワーのように浴びて育った。

ゆえにシエルは流ちょうなツヴェーデン語を話すことができる。

その日の午後はシエルは存分にツヴェーデン語を吸収した。

シエルが好きなのは文学作品に触れる時だ。

今は「Heidi」という物語をベーア先生といっしょに読んでいるところであった。




ガラガラと扉が開かれる。

シエルは中に入った。

「いらっしゃい」

バイエルさんがあいさつした。

「こんにちは、バイエルさん!」

「やあ、シエルちゃん。しばらくぶりだね」

「あの本はまだありますか?」

「あの本? 白鳥物語かい? ということはいい成績を取ったんだね?」

「うん、そうなんです」

シエルはヴェルテ語、ツヴェーデン語、科学で特に高い成績を収めた。

同級生の中でもツヴェーデン語はトップだった。

「おカネをもらったので、あの本を買おうと思いまして。Ich will das Buch kaufen.」

「いいよ。いつも本を買ってくれてありがとね、シエルちゃん」

シエルはバイエルさんから白鳥物語を買った。

シエルは帰り道にちょうど宗教的建物の前を通りかかった。

「あれ、どうしたんだろう? 人が並んでいるわ」

シエルは並んでいる人を観察した。

身なりの衛生があまりよくない。

おそらく貧しい人々なのだろう。

もしかしたら失業者かもしれない。

どうやら宗教組織が貧困者にスープを提供しているようだった。

修道女たちが人々にスープをよそって手渡してくれる。

シエルはこの光景を見て、感銘を受けた。

こんな気持ちは初めてだった。

シエルはただ茫然とその場に立ち尽くした。

シエルには科学には答えられない答えを見つけたような気がした。

これがシエルとシベリウス教の出会いだった。

シエルの両親は宗教に対して批判的で、否定的だった。

彼らは科学を妄信し擬似宗教と化していた。

科学があるから宗教は不要というわけである。

シエルの両親は無宗教だった。

シエルはこれまで宗教教育を受けたことがなかった。

シエルはシベリウス教のことはよく知らなかった。

シエルは一筋の光を見たような気がした。

「君?」

「え、あ、はい!」

シエルは突然男の人から声をかけられた。

その人は戦士が着るような服に、黒いブーツを身につけていた。

「そんなところでぼうっとしていると危ないぞ?」

「あ、はい、すみません!」

「いや、別に謝らなくていい。あれが気になるのかい?」

男の人は優しくほほえみかけた。

「はい、あれはすばらしいことだと思います。私はあんなことをしたことはありません」

シエルはおのれの無知を恥じた。

「あれはね、シベリウス教の活動なんだよ」

「シベリウス教……」

「そう。シベリウス教では愛を大切にする。それゆえにああいった慈善活動行っている」

「あなたもシベリウス教徒なのですか?」

「ああ、そうだ。俺はシベリウス教の騎士だ。自己紹介がまだだったな。俺はセリオン。セリオン・シベルスクだ」

「私はシエル・ロイムです」

これがセリオンとシエルの出会いだった。

「シエルは何か信仰を持っているか?」

「いいえ、私は宗教教育を受けたことがありません」

「そうか、なら、あの活動に参加してみないか?」

「え?」

「これはシエルにとっていい経験になると思う」

「いいんですか?」

「ああ、俺が話をつけておこう。じゃあ、いっしょに行こう」

セリオンとシエルは炊き出しの中に入った。

セリオンは指導的女性に声をかけた。

「シュヴェスター・セレネ(Selene)」

「? どうしましたか、ブルーダー・セリオン?」

「この子に炊き出しを手伝わせてほしい」

「この子に?」

「あ、あの、私にも何かできることはありますか?」

「そうですね。これも神が私たちを結び付けてくださったのでしょう。この出会いが神の計らいによるのなら、私たちはそれを結ばなくてはなりません。あなたのお名前は?」

「シエルです」

「私はセレネと申します。それではさっそくスープをよそってもらってもいいですか?」

「はい!」

シエルはスープをよそる係になった。

シエルは最初はうまくスープをよそれなかったが、炊き出しの終わりごろにはうまくできるようになっていた。

シエルはどこか心が満たされたような気がした。

その日はシエルは幸せな気分で帰宅した。




シエルは休みの日にクヴィンツの教会堂を訪ねた。

「あら? シエルちゃん、こんにちは」

「はい、セレネさん。こんにちは」

「シエルちゃんは教会に来たのかしら?」

「私はシベリウス教に興味があるんです。もしできるなら、信徒になりたいです」

シエルは真剣な表情で告げた。

「そう……信徒になること自体は簡単よ。一人の聖職者と二人の証人のあいだで、信仰を告白すればいいだけだから。でも、信徒になるには絶対の条件があるわ」

「? それはなんですか?」

「あなたは神を信じることができるかしら?」

「神を信じる……ですか?」

正直シエルは困惑した。今まで科学の勉強ばかりで、神を信じたことなどなかったっからだ。

シエルは困った表情をした。

「ふふふ……無理もないわね。信仰告白では『私は神を信じます』と言わなくてはならないのよ」

「神って何ですか?」

「神は宇宙、天地万物の創造主であり、唯一にして(しゅなる存在で、私たちの父であられる方よ」

「私たちの父……」

シエルはつぶやいた。

「すぐに信じられないのも無理はないわ。今の人は非宗教的だし、科学的思考がふうびしているものね。でもこれだけは言えるわ。宗教とはファンタジーでもあるということよ。だから科学的事実と一致していなくてもおかしくないわ。シベリウス教は科学的思考を排撃しないのよ」

「科学を排撃しない……」

「あなたが神を信じられるその時まで信仰告白はとっておきましょう。今はシベリウス教のことを少しずつわかっていけばいいわ。あなたが神を信じることができたとき、あなたはシベリウス教徒となるでしょう。ああ、そうだわ」

セレネが手をポンと叩いた。

「? どうかしましたか?」

「せっかく教会に来たんだから、神に祈りましょう」

「祈る?」

「そう、あなたは祈りも知らないのね。まずは祭壇の前に行きましょう」

セレネはシエルを案内する。

そんなセレネはうれしそうだった。

セレネは教会の奥にある祭壇の前に来ると、ひざまずいた。

「さあ、あなたもひざまずいて」

「あっ、はい!」

シエルはセレネを見てひざまずいた。

なかなか良い格好にはならなかったが、なんとか同じ体勢はとれた。

シエルにとって祈るのは初めてだった。

シエルはいかに宗教的には無知であるか思い知った。

「なんでもいいわ。祈りましょう。父なる(しゅよ。今日は若い信徒候補をわたくしどもに出会わせていただき、感謝しています。この出会いが永続的なものとなりますよう、父なる(しゅに祈ります」

セレネは手を合わせ、目を閉じて静かに祈った。

それを見てシエルは、なんてきれいなんだろうと思った。

「さあ、あなたも祈りなさい」

「でも、何を祈ればいいのかわかりません……」

「困ったわね。あっ、そう。神との出会いを祈ったらどうかしら?」

「? 神との出会いですか?」

「そうよ。あなたが神を知った記念に、ね」

「はい、やってみます」

シエルは左手を握りしめ、右手をその左手に添えて静かに感謝した。

「神よ、私は今日あなたを知りました。神を信じることが私にはできることかわかりませんが、努力します」

シエルは目を閉じて祈った。

初めてなのでまだたどたどしかったが、セレネは認めてくれた。

「ところで、シエルちゃん?」

「はい、なんでしょうか?」

「シエルちゃんは一人で来たの?」

「はい、そうです」

「ご両親はどうしているの?」

「父と母はずっと仕事をしています。休みの日くらいしか帰ってきません」

「あら、そうなの。さびしくはないの?」

「はい、もう慣れてますから」

「私たちの大切な姉妹を一人で帰らせるわけにはいかないわ。ちょっと待っていてね」

そう言うとセレネは奥の部屋に入っていった。

シエルはそのあいだ教会堂の内部を観察した。

教会堂は石でできているようだ。

そして、正面には丸に十字の印――アンクを見かけた。

このアンクはシベリウス教のシンボルだった。

「待たせてごめんなさい。ボディーガードを連れてきたわ」

「やあ、君かい」

「あなたはセリオンさん?」

「シュヴェスター・セレネがどうしてもと頼んできてね。俺が君を家まで送ろう」

ブルーダー・セリオンに任せておけば安心よ。気をつけて帰りなさい」

「はい、ありがとうございます」

シエルはセリオンと共に家に帰ることにした。

「セリオンさんはいつからクヴィンツにいるんですか?」

「俺か? だいたい五か月くらいかな。俺はツヴェーデンからクヴィンツに出向してきたんだよ」

「それでは、ツヴェーデンに住んでいたんですか?」

ああ。Warst du in Zweden?」

「Nein,ich war nicht in Zweden.」

「そうか、その割にはツヴェーデン語が良くできるね?」

「はい、家と学校でツヴェーデン語を学んでいるんです」

「なるほどね。もし教会堂に来たいのなら、いつでも来るといい。セレネもああ、言っているし歓迎するよ。信徒になれるのかはわからないけれど、君が神を信じたいのなら、そんなに難しくはないさ」

シエルはセリオンに連れられて、自宅まで帰ってきた。

家にはシエルの父と母が帰ってきているようだった。

「やあ、シエル。今帰ってきたところかい?」

父が言った。

「うん、おかえり、お父さん。お母さんは?」

「メイドのシャーラといっしょにいるよ。そろそろ昼だ。みんなで食事しよう」

シエルの父と母は料理の腕が壊滅的に悪い。

料理が作れないためにシャーラは重宝されている。

「シエル、帰ってきたのね? さあ、食事にしましょう」

「おかえり、お母さん」

シエルたちはテーブルについて食事を取ることにした。

シエルは両親が苦手だった。

それで、どこか距離を取ってしまうのだった。

「ところでシエル? いったい、どこに行っていたんだい?」

「シベリウス教の教会に行ってきたの」

「シベリウス教の教会だって!?」

シエルの父は仰天した。

青天の霹靂へきれき

シエルの父と母は互いに顔を見合わせた。

それを見たシエルはむしろ言わないほうが良かったと悟った。

「宗教の興味を持つのは良くないな。おまえは科学者になるんだから」

「宗教なんてもう古いわ。世界は神によって創造されたのではなく、物理学的事実によって生まれたのよ。シエル、宗教なんて信じてはいけないわ。宗教はおカネが欲しくて無知な人をだましているのよ」

「…………」

シエルは黙り込んだ。

シエルは幼いころから、両親とはフィーリングが合わないと感じていた。

メイドのシャーラにさえ心を許したことはない。

シエルは反論したかった。

しかし10歳では大人の意見に反論できる知性などあるわけがない。

「でも、貧しい人たちに食事を配ったり善いこともしているよ」

「貧しい人々か……『社会的敗者』だな。結局は負け犬どもだ」

「!?」

シエルは息をのんだ。

さすがにこれは貧しい人々をバカにしていると思った。

「私、部屋に戻るね!」

シエルは暗い顔をした。

その日シエルは両親と会話しなかった。

夜、シエルは明かりをつけてシベリウス教に関する本を読んでいた。

シエルは確実にシベリウス教に惹かれていった。

そこでシエルは本の中で特に気になる箇所があった。

そこには科学への批判が書かれていた。

科学はそれがなんだかは教えてくれる。

しかし、それが我々にどういう意味かは教えてはくれない。

つまり、どのような科学を学んでも、「生きる意味」は見いだせないというものであった。

「生きる意味」――シエルはこの言葉に強烈に印象づけられた。

自分は何のために生きているのだろうか? 

科学者になるためだろうか?

シエルはそれに対して明確に否定の構えを取った。

シエルは自分は科学者ににはなりたくないと思った。

もっと別のもの……修道女になりたいのだ。




シエルは平日の午前中は学校で授業を受け、午後は家で家庭教育を送っている。

したがって、また教会に行くには、家庭教師が休みの日か、休日しかなかった」

シエルは休日に再び教会を訪れた。

「こんにちは、セリオンさん」

「こんにちは、シエル。今日も教会に来てくれたんだな」

「ねえ、セリオンさん。一つ聞いてもいいですか?」

「ああ、いいぞ。何が聞きたいんだ?」

シエルは少しだけ押し黙った。

そして、意を決してセリオンに尋ねた。

「セリオンさん、人は何のために生きているんですか?」

セリオンは難しい顔をした。

「これはあくまで俺の考えだが、それは「他者を愛すること」だと思う。それは他者を必要とし、他者の存在を認めることだ。Alle Menschen werden Brüder und Schwestern.これがシベリウス教の本質なんだ。人はみな兄弟姉妹(Geschwister)になる。信徒はみな平等だ。上下関係はそこにはない。あるのは水平に広がる横方向のつながりだ。しかし人間社会には上下のつながりもある。関係とは縦方向と横方向の二つが存在する。どちらを欠いても現実に支障をきたす」

「人は他者を愛するために生まれたということですか?」

「ああ、その通りだ。けれども、どうしてそんなことを?」

セリオンが尋ねた。

「科学を学んでいて思ったんです。私は何のために科学を学んでいるんだろうって……私は幼いころから科学者になるように教育されました。でも、それは誤りだと思うようになったんです。それは両親が私を科学者にしたいのであって、私が科学者になりたいわけじゃないんです。私は何のために勉強をしているのか……科学には答えはありませんでした。どんなにたくさん科学を学んでも、虚しくなったんです。たぶん、神が私にそれを悟らせてくれたんだと思います」

シエルは一気にように話した。

「ヴェルテ共和国の人間にしては変わっているな、シエル? ヴェルテ共和国は科学主義の国だと思っていたんだが」

「私は宗教に関心があるんです。私はシベリウス教徒になりたいです」

シエルの目からは涙がこぼれ落ちた。




その日シエルは信仰告白を行った。

「私は神を信じます」

セリオンとセレネが証人となった。

シエルは神への信仰を持つことによって、シベリウス教の兄弟姉妹として認められた。

信仰告白は新しい信徒が信仰共同体に入るため、多くの兄弟姉妹が見守る中で行われる。

シエルの顔には笑顔があった。

シエルにとって必要なものは科学ではなく、宗教や文学だった。

「おめでとう、シエル。これで君も俺たちと同じ兄弟姉妹だ。これからは兄弟姉妹のことは名前で呼ぶように」

セリオンが言った。

「はい、わかりました」

「それではシエルちゃん、みんなにあいさつを」

セレネがそう促す。衆目の視線がシエルに集中する。

シエルは緊張した。

「私はシエル・ロイムです。私は神を信じることができました。私は神を信じます。私は皆さんの一員になれたことを心から喜んでいます。まだ勉強不足ですが、これからシベリウス教のことを学んでいきたいと思います」

シエルがあいさつすると、みんなから拍手が起こった。

兄弟姉妹はシエルを新しい信徒と認めた。

ヘルデンリートは私の宗教観を描いた作品です。宗教というきわどいテーマが人々に受け入れられるか、それが心配です。私は漫画を描いたこともあるのですが(お世辞にもうまくはなかった)その作品でも私が描いたのは宗教でした。どうも私にとって宗教とは作品の原点、出発点でした。シベリウス教とはそういうものとして誕生しました。ほかにも作品の構想はあるのですが、それらも宗教的テーマを扱っています。私は思うのですが、異世界転生ものは宗教的だと思います。なぜなら「転生」という死生観を扱い、死後の世界を描いているからです。ほかの作品はヘルデンリートほど宗教的ではありませんが、宗教がバックボーンとなっています。もっとも私が好きなのはファンタジーであり、それと並行して宗教があるのですが……シベリウス教は私の思想であり、エッセンスです。作家は時代の申し子だと思います。その時代に要請されているものを作家は描くのなら、宗教こそ描かれるべきものなのではないでしょうか。私は作品を書くにあたって、問題意識やイメージ、インスピレーション、などから入ります。とくに歴史が好きでローマ史が大好きです。この作品ではシエルとノエルがヒロインとなります。この二人は本編ではあまり出番がなく、もっと深く掘り下げて描きたいと思ってきました。この二人を扱った作品がかなりの量になったのも、この二人の可能性が大きいと思います。私の作品はテンプレートがなく、独創的だと思います。作品はなろうサイトの長編とは異なり、短編をたくさん書いていこうと思っています。そのためこの作品はヘルデンリート20となりました。もし私の作品が面白い、魅力的だと思ってくださったのなら、ぜひSiberiusのほかの作品を読んでみてください。

ヘルデンリートは私が最初に書いた作品です。そのため、文章が拙いと思うかもしれませんし、あまり評価できないかもしれません。そもそもヘルデンリートはシェヘラツァーデ編で終わりにして、別の作品を書こうと思っていました。それにもかかわらず、続編を書こうと思ったのはどこかセリオンやエスカローネ、アリオンやアンシャル、シエルにノエルと言ったキャラクターたちをもっと描きたいと思ったからです。ほかの作品で高評価をしてくれた方もいたので、自分の作品に対する自信も深まりました。活動の励みになります。私のつたない作品に付き合ってくださると幸いです。

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