召喚師、契約する
「さぁ、たーんと召し上がりなさいな」
「しゅるるー♪」
母さんとハナナに促され、俺は食卓につく。
目の前にはサンドイッチとスパゲティ、サラダが置かれていた。
「……いただきます」
俺は言われるがまま食事を始める。
あ、美味い。
俺がもくもくと食べるのを、母さんはじっと見つめていた。
「ウィルも15才か、早いものねぇ。これから召喚師として大陸を旅して回り、お父さんみたいに立派な大召喚師になるのよ」
そう、この『サモニングサーガ』は召喚士となった主人公が世界を回り、様々な魔獣を捕獲、契約獣とする事で相棒とし、彼らと旅をするというゲームだ。
なお主人公の父親は大召喚師、いわゆるラスボスとして君臨しており、倒せばクリアとなる。
ちなみにゲーム中では一切家に帰った描写はない。
全くもって困った父親である。
「母さんも召喚師として旅をして、ハナちゃんと出会って、そしてお父さんにも出会ったんだったわねぇ。懐かしいなぁ」
「しゅるるー♪」
母さんとハナナは遠い目をして懐かしがっている。
母さんは召喚師として、ハナナはその相棒として旅をしていたらしい。
「さ、今日は準備をして早く寝なさい。明日は早いんでしょう?」
「はい」
俺は食器を片付けると、自分の部屋へと戻るのだった。
そして翌日――
「いってらっしゃい! 気をつけるのよー!」
「しゅるー! しゅーるるー!」
母さんとハナナに手を振られ、俺は先日会ったあのおっさんの元へと向かう。
今思い出したがあのおっさんは召喚師ギルドの支部長だ。
この辺りの才能ある子供は皆、あのおっさんから召喚師として修行を受ける。
それが終わると最後に一体の契約獣を貰い、それを相棒として旅立つのである。
「おっすウィル、お前も今から旅に出るのか?」
いつの間にか横にいたのは、先日会った俺の自称ライバル、レヴィンだった。
急いでいるのか、俺の横で足踏みをしている。
しかし先日と違い、レヴィンは俺と同じ召喚衣を身にまとっていた。
「へへっ、知ってたと思うけど俺も今日旅立ちなんだよなー」
「そうなのか。知らなかった」
「何ぃ!? ……ったく、ライバルの動向には気を配っておけよ。そんな事じゃあ大召喚師なんてなれねーぞ! まぁいいや。俺は先に行くからよ、後からゆっくり来て後悔しな! さらばだぜ!」
と言って、レヴィンはすごい速さで走っていった。
うーん、元気だなぁ。
俺はのんびりと歩きながら、ギルドへと向かう。
ドアをノックすると、中からおっさんが出てきた。
「おぉウィルよ。ようやく来たかね」
「こんにちは。ようやく来ました」
「ふむ、しかしちょっと遅かったかもしれん……ちょっと来なさい」
「?」
俺は疑問を感じながらも、おっさんについていく。
連れて行かれた先は祭壇のような場所。
昔ゲームで見た光景である。
そうそう、ここで契約獣が封じ込められた魔石を貰うんだよな。
俺はうんうんと頷きながら祭壇の上を見るが、本来そこに置いてあるべき魔石が見えない。
おかしいなと俺が考えていると、おっさんは申し訳なさそうな顔で俯く。
「……実は今、レヴィンの奴がウィルに渡すはずじゃった魔石を勝手に持って行きおってな」
「え、そうなんですか?」
「うむ……いやすまん。あいつはウィルが来るのは知っておったから、その分を残しておくものと思ったのじゃが、まさか置いてあった魔石を二個とも持っていくとはのう。連絡を取る手段もないし、うぅむどうしたものか……」
どうやら俺が手にするべき契約獣は、あの自称ライバルに盗まれてしまったようである。
魔石に封じられた契約獣がいなければ、魔獣の闊歩する外の世界に行くのは危険すぎる。
そして魔石は貴重でギルドが厳しく管理しており、そう簡単に手に入るものではない。
いや、そこまで旅に出たいというわけでもないんだが、こんな小さな街で何ヶ月もじっとしているのは嫌だ。
気の許せる知り合いもいないしな。暇すぎる。
折角だし、色々見て回りたいのだ。
「余っている魔石とかはないんですか?」
「……わかった、少し探してみよう」
おっさんも自分の不手際で俺が旅立てなければ責任問題になるのだろう。
祭壇の奥のカーテンを開け、その中にあるガラクタ置き場のようなものを漁り始める。
ガッチャガッチャと音が鳴り響く事しばし……
「おおっ! あったぞ! こんな所に転がっておった! ほれ」
おっさんが黒いダイヤのような石を掲げた。
貴重な魔石をそんなところに転がしていいのかよ、という突っ込みは置いといて……とにかく魔石である。
「よかった。これで俺も旅立てますね」
「……うむ。そうだなウィルよ。まずは契約獣を召喚するがいい。やり方はわかるな」
チュートリアルならば『はい、いいえ』などとコマンドの一つでも出そうな質問だが、あいにくやり方はわかっている。
俺は杖の先端にある窪みに魔石をはめ込む。
杖と魔石が淡く光り、俺と繋がるような感覚を受けた。
これで契約完了だ。
俺は頷くと、杖を振るい『出ろ』と念じる。
まばゆい光が眼前で爆ぜた。
光が薄れていくと小さな影のようなものが見えてきた。
「ぴぃーうー!」
可愛らしい鳴き声とともに現れたのは白と黒の縞模様をした、まん丸いひよこのような契約獣だった。
コチック
レベル1、風属性
HP46
攻撃14
素早さ18
防御9
魔力14
所持スキル
羽休め15/15
エアショット20/20
おお、自分の契約獣だからか、ステータスが見えるようになったぞ。
なになに……小鳥のような姿の魔獣。子供なので飛ぶのは下手だが、その分強靭な脚を持ち走るのは非常に速い。地面を高速で走って、小さな虫を踏みつけ捕らえる。
どうやらその生態も解説してくれるようだ。
他にも身長、体重とか細かい数値も記されている。
……むむ、こんなことまで書いているのか。
「ぬぅ……コチックとな」
俺がステータスを確認していると、おっさんはあからさまに難しい顔をした。
「コチックはどこにでもいるありふれた魔獣じゃ。しかもまともな攻撃スキルも覚えず、最弱の魔獣と呼ばれておる……このような魔獣を渡して旅立たせたとなってはギルドとしても心苦しい。やはり新たな魔石の到着を待ってから出発した方がよいやもしれんぞ」
「いえ、構いませんよ」
「な、なんと……構わぬのか?」
信じられないといった顔のおっさん。
だがこのコチックのステータスには続きがある。
画面の右端に小さく書かれているのは――――成長値100という文字だった。
成長値は全ての魔獣に設定されている隠し数値で、これが低いと同じ種族でも覚えられるスキルが少なくなり、ステータスも低くなる。
その成長値がこのコチックはマックスなのだ。
現にこいつは本来は高レベルでしか覚えないはずのエアショットを覚えている。
それにコチックはステータスこそ低めだが、様々なスキルを覚えられる為、意外と使い勝手のよい契約獣なのだ。
だから俺の相棒は、こいつに決めた。
「よろしくな、コチック」
「ぴーうぃー!」
コチックは大きく飛び跳ねて俺の頭の上に乗ると、元気よく鳴いた。