序章 思い立ったが吉日のようです
温かな太陽の光が注ぐ下、そこはざわざわと騒々しい。
皆、誰も彼もぺちゃくちゃと自分勝手に何でもかんでも思い思いのことを面前の相手に対して喋っている。その相手もうんうんと頷きながらもおそらく意識は別のところへと向けているのだろう。一方的なキャッチボール。無秩序とはこういうことを言うのではないだろうか。
そんな空間に自ら望んで身を置きながらそんな雰囲気がどうにも目障りであると思ってしまうのは自分の心が荒んでいる証拠なのだろう。
昼休み。
ここは高校の食堂。
五百人ほど入れるキャパシティを持っているのだが、千人近い生徒を有する我が校ではそれでは全然足りなく常に満員で、仕方なく隅っこの方で壁に向かって立ち食いをしている生徒すらいる始末である。
全く行儀が悪い。
と、身も蓋もないことを思ってしまう。
「何か暇だよな」
そんな中、逢坂真葛とその友人Aことカツアキ、その友人Bことユウタの三人は四時間目の数学を早々に切り上げてきたのでお茶の置いてあるコーナー近くの四人掛けの席に陣取って、悠々と昼食を食べていた。時折、空いている席を物欲しそうに見る立ち食い生徒がいたが、特に気に留めず、真葛は目の前のカツ丼にがっつきながら一通り教師の悪口を言った後、どのクラスの女子が可愛いかを言い争ったがどうしても決着がつかず、小休止といったとき、急にカツアキがそう呟いた。
「何で?」
真葛は飯をかきこむ箸を止め、米と豚カツを咀嚼しながら尋ねた。
「何となく暇なんだよね」
カツアキはちゅるちゅるとうどんを啜る。優雅に麺に纏わりついてきた汁が宙を舞う。
「あぁ、暇だな」
真葛の隣でユウタが大盛りのカツカレーを前にして、同調はするが、そう言っておきながらも意識は大盛りのカツカレーをどう攻略するかに向いているようで、その声にはカツアキのように真剣味は見られなかった。とは言っても、カツアキ自身もどこかその言葉にはグラつきがあるように思えたが。
「暇っていうならどっか行く?」
真葛が気を利かしたようにそう提案する。しかし、カツアキはどうも乗り気じゃないらしく「う~ん……」と唸るだけであった。
「どっか行くか否かとかいうそういった問題じゃないんだよな、ホントに」
「じゃあどういうことさ?」
なぁ、とユウタに視線を向けてみるが、やはりと言うべきかカツカレー攻略に夢中らしく、聞こえてないようだったので、仕方なく視線をカツアキに戻す。
「何ていうかやることはいっぱいあるんだけど、それをやっててもふと何か
暇だなって感じるときがあるじゃない?」
「おぅ」
真葛は頷く。
「勉強してても、何か家の手伝いしてても、ゲームしてても、何か暇な感じなんだよなぁ。何かやってるっていう感じがしないっていうんかな? そんな感じ」
カツアキ自身、自分で何を言っているのかわからないようで、言葉の途中途中でしきりに首を傾げていた。
「こう何ていうんかな。自分がやりたいことをやってないから暇なんかなって感じかな」
と締めくくる。
すると「俺もそう思うときがあるな」と再び同調の声が隣から聞こえてきた。どうやらカツカレーを攻略できたらしく、見てみると洗う必要もないくらいに真っ白な皿がそこにはあった。
舐めたのか?
少し身を引く。
「もっと何か凄いこととか、何か貢献してるなってことやりたいなっていうか……その、もっと自由にやりたいことやりたいって感じ、だろ?」
今度はユウタがカツアキに同意を求める。
「そうそう! 自由にやりたい。それ、いただき!」
的を射たようでパチンと指を鳴らした流れでカツアキはユウタに人差し指を向ける。
「おっ! 指パッチン指名きました!」
「おうおう! 指名しましたぁ!」
といきなり二人で盛り上がる。どうやら自分たちの思っていたことを言葉にできて嬉しいようである。
はぁ、そうですか。
どこか達観した感じで真葛は二人のことを見てしまう。別に二人のことが嫌いと言うわけではなく、また苦手だと言うことでもない。ただ、二人が思い悩むことを真葛もまた感じているので、二人の意見を意外と真剣に聞いていた。
「じゃあ何かやる?」
だからであろう。その盛り上がりに水を差すかのように真葛はそう尋ねてしまった。
何かを変える、その瞬間を自ら動いて作り出そうとして。二人がいれば簡単にそれができるのではないかと思って。
しかし、残念ながらそのときは期待を裏切られる形となった。
「「……」」
一瞬の沈黙。
「やれるわけないだろ」
「あぁ、やってられないよな」
「自由にやれるほど世間は甘くないよ」
「世間は厳しいからな」
「あぁ、悲しい」
「あぁ、空しい」
そして、沈黙の後の否定の嵐。
なら最初から言うなっていうのに。
身も蓋もないことを心中で呟きながらも真葛は「まぁ、そうだよな」と口先だけは二人のペースに乗っかる。
自由になりたいっていう割にみんな自分で動こうとしないんだよな。
「嫌な世の中だ」
「夢も希望もない」
と、未だ愚痴を漏らしながらも「やっぱ暇だなぁ」と叫ぶ二人を横目に真葛は思う。
って言っても俺もそうだけど。
真葛も閉塞した毎日から脱したいと思うが、どうにも能動的に動けずにいた。というか何をしたいかも理解していなかった。
「自由になったら何がしたいん?」
早速、聞いてみた。
すると、二人は戸惑う様子を見せる。
「それは……あれだよ。あれ。なっ!」
「あぁ、あれだな……その、あれさ、なっ!」
「なっ?」
カツアキからユウタ、ユウタから真葛という視線のバトンを受けたリレーが行われ、そして終わった。
聞いてるのはこっちなんだけど……
どうやら二人にも確固とした目標はないらしい。
結局、同じか。
「まぁ、あれだな」
締め括るかのようにカツアキが言う。それに対してユウタも真葛も頷く。
「「「暇だなぁ」」」
その三重奏に昼休みを告げるチャイムが加わり、四重奏となったところで三人は慌てて食器トレーを片付けると、知らぬ間に人の少なくなった食堂を出て、いつもの教室へと駆け出していった。
♢
「ただいまぁ……」
一日の授業が終わり、部活も早々に切り上げた真葛は家に直帰。そのまま自室に入ると、床に鞄を放り投げ、制服のままドスンとベッドに倒れ込んだ。
「はぁー……」
暇だなぁ……
くるりとうつ伏せの状態から仰向けになると、白天井を眺めやる。日が陰ってきていたので、天井には影が差していた。
「あぁーあ……」
大欠伸をする。
眠いけど……寝れない感じだな。
昼間のことが未だに頭から離れない。結局、あれから半日、そのことばかり考えてしまい、授業をほとんど聞いていなかった。とは言っても元から聞く気はないのだが。
何かあるかな?
何か暇つぶしはないかと手の届く範囲を見渡す。すると、ベッドの横にある本棚の中から一冊だけひょっこりと列から頭を出していた。
「ほっ!」
何となく気になったので、気合い一発、無理に身体を伸ばしてその漫画本を手に取った。食堂で言ったように真葛の感じている空虚感は何かをやることで埋められるものではないが、少しはその感覚を忘れさせてくれるのではないか、という思いで勝手に手が伸びていた。
『フリーライダー』
その漫画本の表紙にはそう書いてあった。その下には主人公らしき男性が髪をかき上げ、こちらに白い歯を見せていた。何だか安っぽい感じを受けてしまったのはしょうがなかった。
何だったかな、これ?
随分前に買ったものらしく、ページの隅、二センチほど日に焼けおり、目の前に掲げた際に随分大きな埃がはらはらと落ちてきた。
古いな。
陰干し程度にパラパラと流し読んでみる。
「ん!?」
途中から真剣に読んでいたようで、部屋の中は真っ暗であったが、そんなことを気にするよりもその内容について思わず声が出てしまった。
その漫画のあらすじは、主人公の但馬ジョーは都内で何でも屋を
営む青年でいろいろ仕事を頼まれるが、やっているうちに大事に巻き込まれ、時に命を狙われ、時に友情が芽生え、時に愛情がための悲しみといったさまざまなシチュエーションに出くわし、そしてそれらにうまく対応していき、解決していくというものであった。ある意味、定番と言えば定番なストーリーであった。しかし、真葛にとっては違ったようであった。
これだ!
得心がいった気がした。
自分はずっと何かをしたかったが、何をしたいかわからなかった。
しかし、この漫画を読んで気付いた。
自分が何をしたいのかを。
よし、やろう。
自分でも信じられなかった。まさか自分がここまで積極的に動けることができるなんて知らなかった。まさに身体中に電撃が走ったというのはこのこと言うのであろう。
その要因として、そのとき進路の決定を迫られていたということ、カツアキ達も同じことを考えていたということ、そして真葛自身がそのことについて思い悩んでいたということなど他にもさまざまな要因が混ざり合い、反応したのではないか、と後々にそう考えた。
しかし、実際はよくわからない。だが、このときが真葛の転機であったことは間違いないであろう。
真葛はすぐに準備を始めた。




