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そのオネェ、異世界に降り立つ  作者: Saaaya


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10/17

第10話:建国記念日は定時退勤の赤信号!?


 王宮の密偵を救い、バルサス伯爵の魔獣テロ計画を暴いてから丸一日。

 ガイルが朝一番で王宮へスクロールを届けたおかげで、エリーちゃん――もとい王女殿下の側近たちは大慌てで厳戒態勢を敷いたらしいわ。


 そして迎えた、王都の建国記念日。

 午前11時、街はお祭り騒ぎのパレードで大賑わいだけど、アタシの『よろず屋オネェ』も負けじと大繁盛よ!


「はぁーい、そこの可愛いお嬢さんたち! 今日のお祭りデートには、この崩れない魔法のリップが絶対におすすめよ♡」

 アタシが営業スマイル全開で接客していると、ガイルが店の前で周囲をギロギロと警戒しながら荷物を運んでいた。その横でニアちゃんが「ボス、中央広場の方、さっきから妙な魔力の流れがある。不審な馬車が何台か入り込んでるよ」と小声で報告を入れてくる。


「ふん、神の目で見たら、あと数時間でバルサスのデブが泣きっ面を見る運命になってるわよ。タルトもう一個ちょうだい!」

 カウンターの隅で相変わらずのんきに買い食いしているルミナちゃんを、「あんたは少しは緊張感というものを持ちなさい!」とハリセンで叩き落とす。


 不穏な空気は感じつつも、アタシのモットーは「目の前のお客様を美しくすること」。

 そのまま時間は過ぎ、お祭りの熱気と共に、ついに運命の夕方が近づいてきた。


 現在の時刻、午後17時45分。

 定時まで、あと15分。


 その時、中央広場の方から「ギャアアアアアッ!」「魔獣だ! 魔獣が出たぞーッ!」という凄まじい悲鳴と地響きが、アタシの店にまで響いてきた。


「ボス! 始まった! バルサスの奴、パレードのど真ん中で大型魔獣を解放しやがった!」

 ニアちゃんが窓の外を指差す。見れば、遠くの空に巨大な炎の鳥や、街を破壊するゴーレムの姿が見えるじゃない。


「レンちゃんどの! 王宮騎士団だけでは抑えきれていないようだ! 王女殿下の本陣の方まで魔獣が迫っている!」

 ガイルが大剣を引き抜き、焦った声を上げる。


 アタシはパチッと腕時計を見た。

午後17時50分。


「……ハァ。バルサスのクソデブ野郎、本当に嫌がらせの天才ね。なんでアタシの定時10分前にテロなんて起こすわけ?」

 アタシは頭のシュシュをギチッと締め直すと、カウンターの下から特殊警棒と、エリーちゃん特製の身体強化スクロールを引っ掴んだ。


「ガイル、ニアちゃん、ルミナ! 突撃よ! いい? あと10分で全ての魔獣を消し去って、アタシは絶対に18時ジャストにタイムカードを押すわよッ! 残業なんてさせたらバルサスの全財産むしり取るからね!」


「あと10分でテロ鎮圧とか鬼かよ! 行くよ、トカゲ神!」

「ひぃぃん! 私の結界魔法で最短ルートを維持するわよぉー!」


 ◇ ◇ ◇


 悲鳴と炎に包まれる中央広場。

そこでは、華やかなドレス姿のエリーちゃんが、数人の騎士に守られながら巨大な岩石ゴーレムに追い詰められていた。


「くっ……ここまでなのですか……!」

 エリーちゃんが覚悟を決めて目を閉じた、その瞬間!


「んまぁぁーーーっ! せっかくの可愛いドレスが泥まみれじゃないの! アタシの美意識が許さないわよぉぉぉーーーッ!」


ピンクの爆風と共に、アタシがゴーレムの脳面にドロップキックで叩き込まれた。

エリーちゃん直伝の身体強化魔力を全開にした一撃。ギガガガッ!と鈍い音がして、数トンの岩石怪獣が木っ端微塵に粉砕される。


「お、お姉様……!? 来てくれたのですか!」

「あったり前でしょ、エリーちゃん! ほら、ガイル、ニアちゃん、ルミナ! あと5分よ! 巻きでいくわよッ!」


「オラァッ! ボスの定時を邪魔する奴は全員ブッ殺す!」

 ニアちゃんが風のように駆け、炎の鳥の翼の関節を正確にナイフで切り裂く。


「うぉぉぉ! 我が大剣の錆にしてくれるわ!」

ガイルが咆哮を上げ、残りの魔獣の群れを次々と叩き斬っていく。


「もうヤケクソよぉー! 神の御光・超新星爆発スーパーノヴァ!!」

ルミナちゃんが最大出力で発光し、広場全体の魔獣の動きを完全に停止させた。


「これで……終幕フィニッシュよぉぉぉーーーッ!」

アタシは特殊警棒を凄まじい速度で振り回し、動きの止まった魔獣たちを、まるで野球のノックのように次々と王都の外へとぶっ飛ばしていった。


――わずか数分。

王都を滅ぼすはずだった魔獣の群れは、跡形もなく駆逐されたのだった。


◇ ◇ ◇


ピピッ、ピピッ。

腕時計のアラームが、午後18時ちょうどを告げた。


中央広場の瓦礫の上で、アタシは頭のシュシュをパッと外した。

前髪がハラリと落ち、華やかだったオネェのオーラが完全に消え失せる。目つきは冷徹な暗殺者のものになり、声のトーンが地の底を這うように低くなった。


「――あー、時間だな。お疲れ」


「ひっ……! きた、ブラック定時男……!」

魔力を使い果たして白目を剥いているルミナが床に転がる。

周囲の王宮騎士たちが「え? 誰あのイケメン……」「さっきのピンク髪の聖女様はどこへ……?」とガタガタ震えていた。


「桃瀬だ。18時を過ぎたから今日の業務は終了。エリー、テロの事後処理はお前らの仕事だ。ガイル、ニア、今日の残業代は発生してねぇからな。18時前に片付いた」


「あっ、はい……お疲れ様です、桃瀬様」

エリーがドレスの裾を握り締めながら、頬を赤らめてコクコクと頷く。


「へいへい、お疲れ、桃瀬のボス。じゃあガイル、私たちは店に戻って戸締りしよっか」

「うむ、ニア、そうしよう。桃瀬殿、見事な手際であった」

手際よく片付けを始める部下たちを見送りながら、俺はジャケットを羽織った。


広場の隅で、計画が失敗して馬車で逃げ出そうとしていたバルサス伯爵と目が合う。奴は俺の「桃瀬」としての冷徹な眼光に射抜かれ、恐怖のあまりその場で失禁していた。


「(バルサスのデブ……営業時間中に片付いて命拾いしたな。次、俺の定時後に小細工したら、マジで消すからな)」


俺は懐のタバコに火をつけ、紫煙を燻らせながら、夜の王都のストリートへと歩き出した。

お祭りの夜だ。今夜は下町の賑やかなビアガーデンで、キンキンに冷えたジョッキを限界まで煽るとしますか。


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