信用の値段
朝、マリカのところに遺物を届けた。港沿いのサクヴァラ商団の出店で、マリカは棚の整理をしていた。
「すみません、昨日返し忘れた」
「いえ。ノルさんに預けておく方が安心ですから」
マリカは微笑んで遺物を受け取った。昨日の対話の重さは表に出さない。社交的な笑顔の下に何があるかは、もう少し時間がかかりそうだ。
工房に戻った。
机の上に、偽造鑑定書を全て並べた。これまでに回収した五枚。ゴルツ経由が二枚、リタ経由が二枚、おれが朝市で見つけた一枚。
ヴィクトの指摘——左利き。押印の圧力分布を改めて分析する。五枚全てを、ルーペで一つずつ確認した。
印章の右端。圧力が抜けている側。五枚とも同じパターンだ。同一人物の仕事。だが——もう一つ、気づいていなかった癖があった。
印章の中央から左寄りに、二重押しの痕がある。一度押してから、わずかに位置をずらしてもう一度力を入れている。迷いではない。確認だ。左利きの人間が、右利きの印章の押し方を真似ようとして、一度目の力加減に自信が持てず、二度目で調整している。
「こいつは——左利きであることを隠そうとしている」
右利きに見せかけている。つまり、左利きであることが特定の手がかりになると知っている。あるいは、左利きが少数派であるデルガで目立つことを警戒している。
工房の扉が開いた。リタだ。今日はリュックが少し重い。遺跡に行ってきたらしい。
「ノルさん、これ見てください」
リタがリュックから小さな金属片を取り出した。
「偽造鑑定書が付いてた遺物を一つ手に入れました。カルドさんが持ってたやつです。鑑定書は回収されちゃったけど、品物はまだ持ってて」
おれは金属片を受け取った。手のひら大の薄い板。表面に刻印がある。中層出土の典型的な遺物——に見える。
重さを確かめた。合金の密度は中層東側の標準的な配合。表面の酸化被膜も自然だ。ルーペで刻印を確認した。鋳造時に刻まれた正規の刻印。加工痕にも不審な点はない。品物自体は偽物ではなく、本物の遺物だ。偽造鑑定書がついていただけで、品物そのものは問題ない。
だが何かが引っかかる。品質ではない。おれが金属片を手に取ったとき、表面の感触に覚えのない「無さ」があった。
「リタ。お前、この品を触ったとき、何か気づかなかったか」
「えっ……えっと」
リタが金属片を受け取り直した。指先で表面をなぞる。裏返す。光に透かす。眉間に皺を寄せて、しばらく考えている。おれは口を挟まずに待った。
「……あ」
リタの指が止まった。
「鑑定焼けの痕がないですよね。前にノルさんが鑑定した遺物って、指先で触ったところに薄く青い痕が残ってますけど、これにはそれがない。表面がきれいすぎるっていうか」
「そうだ」
おれの声が、自分で思ったより穏やかに出た。こいつはいつ、鑑定焼けの有無を見分けるようになった。おれが教えた覚えはない。工房に出入りしているうちに、遺物の「触られた痕」を覚えたのか。
「鑑定焼けがない。つまり、鑑定士の手を経ていない遺物に、鑑定書がついている」
「えっ……じゃあ、正規の鑑定を通さずに——」
「そうだ。遺跡から直接入手して、偽造鑑定書をつけて市場に流している。正規の流通を一度も通っていない」
リタの指摘が、糸を一本引き出した。鑑定焼けがない遺物。正規ルートを通っていない。つまり——出土元に直接アクセスできる人間がいる。冒険者を雇っているか、あるいは独自の採掘ルートを持つ者か。ヴィクトの組織が使っていた中層東側の採掘ルートと繋がるかもしれない。
昼過ぎ、ゴルツが工房に来た。珍しく二日続けてだ。
「ノル、港の近くの新しい店の件だが。もう少し調べた」
「何かわかったか」
「店主は若い男だ。二十代後半ってとこだろう。遺物商としちゃ不自然なくらい仕入れが多い。小さい店なのに、毎日のように品が入っている。で——」
ゴルツが声を低くした。
「そいつ、左利きだ」
おれの手が止まった。ルーペを机に置いた。
左利き。ヴィクトが見つけた手がかり。偽造鑑定書の印章に残された圧力分布。左利きであることを隠そうとしていた形跡と一致する。
「確かか」
「おれの目で見た。遺物を扱うとき、左手が先に出る。右手は添えるだけだ。だが——金を受け取るときは右手を使ってた。意識的に使い分けてる感じだな」
意識的に使い分けている。おれが偽造鑑定書から読み取った「左利きを隠す癖」と一致する。
ゴルツが帰った後、リタと二人で全体像を組み立てた。
偽造鑑定書を全て並べ直した。リタの金属片も加える。出土地、品の種類、流通経路、印章の癖。
「偽造鑑定書の真の目的は、おれの名前の信用を崩すこと自体じゃない」
リタが顔を上げた。
「おれの鑑定書の信用が落ちれば、おれの鑑定書付きの遺物の相場が下がる。相場が下がったところで、特定地区の遺物を安値で買い集める。買い集めた遺物は——別のルートで高値で売る」
「別のルート……外の市場、ですか?」
「可能性はある。デルガで安く仕入れて、相場が高い別の都市で売れば利鞘が取れる。おれの名前は——利鞘を生むための道具だ」
信用は金になる。だから信用を壊すことも金になる。
おれの名前には——おれが思っていたより、値段がついていたらしい。
「港の近くの新しい店。左利きの店主。——行くか」
リタが頷いた。だが、おれは窓の外を見た。港の夕景。商船の影。
ヴィクトの言葉が頭を掠めた。「腕のいい贋作師は、需要がある限り仕事を選ばない」。
あの店主が偽造者本人だとしても——需要を作っている人間は別にいるかもしれない。
店主の背後に、もう一人いる。




