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鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


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リタの発見

 朝、工房で偽造鑑定書の分析を続けていた。

 机の上に、これまでに集めた情報を広げている。偽造鑑定書の紙質分析、ゴルツの継ぎ手、ヴィクトが指摘した「左利き」の手がかり。出土地の偏り——中層東側、第三層と第四層の境界。点は増えているが、線にはなっていない。


 リタが工房に来た。いつものリュックを背負っているが、今日は軽そうだ。遺跡には行っていない。


「ノルさん、わたし、もうちょっと聞き込みしてきます」

「……ああ」


 一年前なら止めていた。今は、止める理由がない。


「あ、それと——」


 リタが扉の前で振り返った。


「ノルさんが前に言ってたこと、覚えてます。『遺物を見るときは、まず全体を見ろ。一つだけ見ても何もわからない。並べて比べて、初めて見えるものがある』って」

「……そんなこと言ったか」

「言いました。鑑定の基本だって」


 リタが笑って出ていった。

 おれは——言った覚えがあるような、ないような。たぶん、何かの鑑定中にぼやいた言葉だろう。こいつはそういうのを拾う。


 リタが出ていった後、工房は静かになった。ルーペを手に取り、偽造鑑定書の印章をもう一度見る。左利きの圧力分布。右から左に力が抜けている。ヴィクトが見つけた手がかりだが、おれが見落としていたという事実が引っかかる。紙質と筆跡には気づいた。印章の角度にも気づいた。だが圧力分布は——見ていたはずなのに、読み取れなかった。

 ヴィクトの方が、印章の癖に関してはおれより経験が深い。認めたくないが、事実だ。

 鑑定士の目にも死角がある。自分の手癖に近い部分は見えるが、遠い部分は見落とす。だからこそ——複数の目が必要だ。

 マリカの言葉が頭を掠めた。「流通させて、多くの鑑定士の目を通すことで真実に近づく」。あの理屈を認めたくはないが、一面の真理ではある。


 昼を過ぎてリタが戻ってきた。頬が赤い。額に汗が光っている。


「ノルさん! 聞いてください!」


 リタがリュックから紙の束を取り出した。折りたたまれた紙を広げると、手書きの表がまとめてあった。名前、購入した遺物の種類、購入元の店、時期——全部で七人分。


「偽造鑑定書付きの遺物を買ったことがある人、七人特定しました。冒険者仲間に頼んで、その仲間の知り合いにも聞いてもらって、芋づる式に」


 おれはリタの表を手に取った。

 字が丸い。走り書きだが、読める。情報の並べ方に癖がある——人名が先で、品物が後。冒険者の報告書の書き方だ。ギルドの公式報告書とは逆の順番。

 だが、聞き込みの現場ではこの方が自然だ。誰が何を買ったか、人が起点になる。リタは無意識にそうしているのだろうが、聞き込みの構造としては正しい。ルートが正しい。


「ここの三人目——ミーネって薬草採りは、前にも名前が出たな」

「はい。最初に聞いたときの三人のうちの一人です。ミーネさんに、同じ店で買った知り合いがいないか聞いたら、二人紹介してもらえて。そこから芋づるで——」


 芋づる式の聞き込みは、起点の信頼性に依存する。ミーネという人物がリタを信頼しているから、知り合いを紹介してくれた。リタの人懐っこさが信頼を生み、信頼が情報を呼んでいる。おれにはできない芸当だ。おれが同じことをやったら、三人目で「面倒くせえ奴だ」と追い返される。


 七人の購入元を見た。全員が港沿いの店で買っている。これは既知の情報だ。購入時期もほぼ同時期——十日から二週間の間。これも既に推測していた。

 だが——遺物の種類の欄に、おれが把握していない情報があった。


「リタ。この遺物の出土元、どうやって確認した」

「あ、それは購入者に聞きました。店の人が『中層の東側から出た品だ』って説明してたって。七人全員、同じこと言われてます」

「全員同じ説明か」

「はい。それがちょっと変だなって思って」


 変だと思った。リタが自分でそう判断した。

 店側が出土元を伝えている——つまり、出土元を売り文句にしている。普通の遺物商は、品物の質と値段を売りにする。出土元を強調するのは、買い手にとって出土元が価値の判断基準になる場合だ。偽造鑑定書付きの遺物を、出土元を強調して売っている。意図的だ。


「それで、ノルさん。気づいたんですけど——」


 リタが表の端を指さした。


「この七人が買った遺物の出土元、全部中層東側の同じ地区に偏ってます。第三層と第四層の境界の、南寄りの区画です」


 手が止まった。

 おれはリタの表をもう一度見た。七人分の購入情報。出土元の記載。確かに——全て同じ区画を指している。おれが机の上で地図に印をつけていた結果と一致する。だがリタは、おれの地図を見ていない。七人分の聞き込み情報だけから、別の経路で同じ結論に辿り着いた。


「……ああ、確かにそうだな」


 口に出したのはそれだけだった。

 こいつの目は鑑定士の目じゃない。探索者の勘だ。遺跡の中で罠を嗅ぎ取るのと同じ感覚で、情報の偏りに気づいている。

 「まず全体を見ろ。一つだけ見ても何もわからない。並べて比べろ」。おれが言ったらしい言葉を、こいつは聞き込みに応用した。遺物じゃなく、人の証言を並べて比べた。

 だが口には出さない。


 リタの発見を受けて、分析を深めた。

 特定の地区の遺物だけが、偽造鑑定書付きで市場に流れている。偽造はバラ撒きじゃない。ピンポイントだ。中層東側、第三層と第四層の境界、南寄りの区画。あの地区の遺物だけを、おれの名前を使って「本物」にして売っている。


「つまり——あの地区の遺物を安く手に入れたい奴がいる。偽造鑑定書で偽物を大量に流して、相場を下げている。相場が下がれば、あの地区から出た本物も安く買い叩ける」

「えっ……偽造鑑定書って、遺物を高く売るためじゃなくて——」

「逆だ。安く買うためだ。偽物を市場に混ぜて信用を崩し、本物の値段を落とす。おれの名前は——相場を崩すための道具にされている」


 リタの手が止まった。おれは椅子の背にもたれて天井を見た。

 問題は——あの地区に何があるかだ。なぜあの区画の遺物だけを集めている。何が欲しいんだ。

 答えはまだ出ない。


 夕方、朝市に魚を買いに行った。リタも付いてきた。

 いつもの魚屋で白身魚を二尾。リタは干し貝を一袋買っていた。坂道を並んで上る。夕陽が港に落ちて、石畳が赤く染まっている。

 坂の途中で、すれ違った男の背筋が目に入った。灰色の外套。まっすぐな姿勢。冒険者でも商人でもない歩き方だ。ゴルツが言っていた連中だろうか。振り返ったが、もう角を曲がっていた。


「ノルさん」

「何だ」

「わたし、前よりちょっとだけ遺物のこと、わかるようになった気がします」

「気のせいだ」


 口元が緩みそうになるのを、魚の包みを持ち直すふりで誤魔化した。


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