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鑑定チートの面倒くさがり、港街の贋作事件に巻き込まれる  作者: 蒼月よる


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14/24

名前の値段

 翌朝、裏通りに足を向けた。

 朝市には寄らなかった。魚は昨日の白身が残っている。酒蒸しにする暇がなかった。偽造鑑定書のせいだ。


 デルガの裏通りは、表通りの賑わいから一本奥に入っただけで空気が変わる。石畳が途切れ、剥き出しの土が湿っている。日当たりが悪く、建物の壁に苔が這い、魔石灯も数が減る。だが遺物を扱う人間にとっては、こっちの方が実入りのいい場所だ。ギルドの管轄が緩い分、表に出せない品も流れてくる。

 路地の奥まった一角に、看板も出していない店がある。扉の横に積まれた空の木箱だけが、ここが商売をしている場所だと示している。


 扉を叩くと、中からくぐもった声がした。


「開いてる」


 店内は薄暗い。棚に並んだ遺物の断片、金属片、石板の欠片。カウンターの奥で、白髪交じりの痩せた男が魔石灯の下で何かを磨いていた。


「ゴルツ」

「おう、ノル。珍しいな、お前から来るのは」


 ゴルツが手を止めずに言った。革の上着の肩に埃が積もっている。相変わらずだ。


「聞きたいことがある」

「鑑定書だろ」


 おれは足を止めた。ゴルツが磨いていた部品をカウンターに置き、ようやくこちらを見た。深い皺の刻まれた顔に、皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。


「知ってるのか」

「知ってるも何も、お前の名前が入った鑑定書、最近よく見るぜ。裏通りでも三枚は確認した。表も入れりゃ、もっとだろう」


 三枚。裏通りだけで三枚。おれが昨日見つけたのは一枚だ。


「どんな品に付いてた」

「全部バラバラだ。歯車、金属板、継ぎ手。ただ——」


 ゴルツが指を立てた。


「全部、中層出土の金属遺物だ。石器もないし、深層の品もない。誰が仕入れたか知らんが、品揃えに偏りがある」


 中層出土の金属遺物。つまり、市場価値がそこそこあり、かつ真贋の判定が難しい層の品だ。浅層の品は安すぎて偽造の手間に合わない。深層の品は出土数が少なく、偽造すればすぐにバレる。中層がちょうどいい——そういう計算が見える。


「いつ頃からだ」

「おれが最初に気づいたのは十日前だ。ただ、流通してた期間はもう少し長いかもしれん。偽造だって気づいてない奴も多いだろうからな」


 十日前。おれが気づいたのは昨日。十日もの間、おれの名前で偽の鑑定書が出回っていた。

 腹の底に冷たいものが沈んだ。怒りじゃない。自分の知らないところで、自分の名前が勝手に動いている感覚だ。


「他に何か気づいたことは」

「港の方に流れてる。裏通りだけじゃなく、港沿いの遺物商にも出回ってるらしい。おれの知り合いが二人、騙されかけた」


 港。やはり港か。


「悪いな、ゴルツ。助かった」

「おう。——おい、ノル」


 振り返ると、ゴルツが磨き布を手に持ったまま、妙に真面目な顔をしていた。


「お前の鑑定書は、この街じゃ銀貨と同じだ。それが偽造されてるってことは、お前だけの問題じゃねえぞ」

「わかってる」

「わかってるならいい。——魚の煮込み、食堂のがまだ残ってるぞ。昼時に行っとけ」


 裏通りを出て、坂道を上った。頭の中でゴルツの情報を整理する。五枚以上。中層出土の金属遺物。港方面への流通。十日以上前から。

 規模が思っていたより大きい。一人の犯行か、組織的なものか。


 工房に戻ると、扉の前にリタが座っていた。リュックを背もたれにして、石段に腰掛けている。


「ノルさん! 遅いですよ、朝から来てたんですけど」

「鍵は閉めてある」

「知ってます。だから待ってました」


 鍵を開けて工房に入る。リタが後ろからついてきた。


「ノルさん、聞いてください。昨日の偽造鑑定書の件、わたしも調べたんです」

「……お前が?」

「冒険者仲間に聞いて回ったんです。偽造鑑定書付きの遺物を買ったことがある人、いないかって」


 おれはエプロンを着けながらリタを見た。こいつ、自分から動いたのか。


「三人見つけました。カルドって槍使いと、ミーネっていう薬草採りと、あともう一人名前忘れちゃったんですけど——それで、三人とも同じこと言ってたんです」

「同じこと?」

「全員、朝市の遺物商じゃなくて、港の方の店で買ってます」


 足が止まった。

 港の方の店。ゴルツも同じことを言っていた。裏通りと冒険者ルート、別々の経路から同じ結論が出ている。


「リタ。それ、誰に頼まれた」

「え? 誰にも。自分で聞いただけですけど」


 リタが首を傾げている。椅子に座った。こいつは聞き込みの才能があるのかもしれない。人懐っこさが武器だ。冒険者同士の横の繋がりは、ギルドの公式ルートより速い。


「……悪くない動きだ」

「え! 今、褒めました?」

「事実を言った」

「褒めてますよそれ!」


 うるさい。


 昼前に工房を出て、食堂に向かった。リタも付いてきた。追い払おうとしたが、「わたしもお腹空きました」と言われると断る理由がない。

 海沿いの食堂。いつもの席。窓から港が見える。魚介煮込みを二つ頼んだ。


 煮込みが来るまでの間、リタの情報を整理した。三人とも購入時期が近い。十日から二週間の間に集中している。偶然ではなく、同じ供給元から短期間に流れた品だろう。


「ノルさん、それってつまり——」


 リタが何か言いかけたとき、食堂の主人がカウンターから顔を出した。


「ノル、ちょっといいか」

「何だ」

「いやさ、昨日な——」


 食堂の主人がカウンターの布巾で手を拭きながら、ちらりとこちらを見て、また目を逸らした。


「客に聞かれたんだよ。『ノルの鑑定書って信用できるのか?』って」


 スプーンを持つ手が止まった。


「……何だと」

「おれは信用してるよ、もちろん。でもさ、そういうこと聞く奴が出てきたってことだろ? 前はそんなこと聞く奴、一人もいなかったぜ」


 食堂の主人は気遣うように言って、カウンターに戻っていった。リタがこちらを見ている。おれは煮込みの中の白身魚を崩した。


 信用できるのか。

 おれの鑑定書が、おれの腕が、疑われている。偽造鑑定書が出回ったせいで、本物の鑑定書まで疑いの目で見られ始めている。

 偽造者が狙っているのは、遺物の売買だけじゃない。おれの信用そのものだ。


 煮込みの味は、いつもと同じだった。白身魚がほろりと崩れ、根菜の甘みと魚介の出汁が混ざっている。旨い。旨いが、今日は少し塩辛く感じた。


 午後、工房に戻った。リタは冒険者ギルドに寄ると言って別れた。

 遺物商のフランが持ち込んだ品の鑑定を引き受ける。小型の歯車。親指の爪ほどの大きさで、歯の一本一本が精密に刻まれている。


 ルーペを当てた。歯車の断面を見る。

 金属の結晶構造。鋳造か鍛造かは、結晶の粒度でわかる。この歯車は鋳造だ。粒が均一で、方向性がない。だが——歯の先端だけ結晶が潰れている。後から圧力をかけて硬度を上げている。

 つまり、精密な仕上げ工程を経ている。量産品ではない。

 歯の摩耗パターンを確認した。一方向に偏った減りがある。一定の速度で長期間回り続けた歯車だ。時計か、それに類する定速駆動の装置の一部。


「中層第三層、定速駆動系の部品。加工年代はプレ・ナノマシン期の後半。状態は良好。銀貨六枚」


 鑑定書に書き込み、署名した。自分の名前を書く。「鑑定士ノル」。いつもと同じ三文字。

 だが今日は、ペンを置いた後も指先に力が残っていた。この署名が、どこかで別の誰かに真似されている。おれの知らない紙の上に、おれの名前が並んでいる。


 フランが鑑定書を受け取って帰った後、工房で一人になった。

 窓の外は暮れかけている。港に夕陽が落ちて、海面がオレンジ色に光っている。


 おれの名前の値段が、おれの知らないところで動いている。


 港の方の店。中層出土の金属遺物。外から入ってきたルート。

 リタの情報とゴルツの情報が重なっている。偶然じゃない。流通に方向性がある。


 窓から港を見下ろした。夕方の港は朝より魚臭い。干物と潮と、船底の油の匂いが混ざっている。その中に、見慣れない大型の商船が一隻、停泊していた。


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