20 望まぬ婚姻
「ごめん……本当にごめんなさい……」
そう繰り返しながら、私は床に崩れ落ちた。
涙がこぼれ落ちる。ポロポロと、ポロポロと。取り留めもなく。流れていく。私はこんなに良い子に、なんてことをしようとしたんだろう。ついさっきまでの、自分はおかしかった。まるで、私じゃないみたいだった。
……そんなのは、言い訳だ。私は妹を殺そうとしたのだ。だった一人の双子の片割れを。
その事実は、永遠に変わらない。その罪は永遠に刻まれる、刻印となるだろう。
だからせめて、せめて、許されるために……いや、許されなくてもいい。今からは精一杯、リルに尽くそう。リルにこの命を捧げよう。
しばらく私はその場にうずくまっていたが、リルが起きそうな気配を感じ、自室へと戻った。
****
それから私は今まで以上にリルに尽くした。最もやることはあまり変わってはいなかったけれど、義務感からやっていたことは、心の底からの行いになっていった。
ただスチュアートのことは、どうしても気持ちの整理がつかず、嫉妬する日々だった。
彼がリルに優しくするたびに、自分の胸が、締め付けられ、彼がリルに甘い視線を向けるたびに、ああ、自分は彼の眼中にすらないんだと、狂おしいほどの深い悲しみに苛まされた。
だが、それでも私は心の底から、リルに尽くそうと、努力した。
「リル、あーん」
「あーん!」
リルに、おかゆを食べさせてあげる。本当は自分で食べれるくせに、リルはたまに、そうやって、甘えてくるのだ。
……まあそんなところも可愛いと、思えるようになった私も、大概だが。
しかし、そんな日々とは裏腹に、依然として、病状は油断が許されない状況だった。夜に熱を出したり、ということが度々あり、回復とはまだまだほど遠いような、状況だった。
私の人生において、大きな番狂わせが生じた、その日も、昼過ぎ頃、熱を出してしまったリルを看病し、つきっきりだった。私は疲れ果てて、リルの傍らでうたた寝していた。
「ただいま」
玄関から母の声が聞こえた。どうやら、帰ってきたらしい。母はいつも私たちのために、働いていて、いつも深夜に働いている。そんな母の声はいつも疲れ切っているものの、今日はいつのより、心なしか、覇気がないように思えた。私は、少しまだ眠かったが、起き上がろうとする。
しかし、立ち上がる前に、母が部屋へ入ってきた。
「リルは助けられないわ」
「え……?」
「だってうちには、お金がないもの」
私は目の前が真っ白になった。頭を何かバンドのようなもので、叩かれたような、そんな感じがした。
「ど、どうにかして助けられる方法はないの?」
絞り出すようにそう言うと、母は苦虫を噛み潰したような、顔になった。どうやら、『あるにはある』らしい。
「もしかしてあるのね? 私、リルのためならなんだってするわ。もし働けと言われたら喜んで働くし、死ねと言われたら、死ねる! だって、大切な片割れだもの」
「でもね、リリ……」
「あるなら早く言って! お願い!」
母は言い淀む。しかし、私の真剣さに観念したように、ため息をついた。
「あなたが、ここの領主様と婚姻関係を結べば、リルに多額の援助をしてくれるそうよ」
領主と結婚? そんなバカな……
私たちの住む、ドミニク領の領主、ファヌ・ドミニクといえば、好色親父で有名で、男も女もいけると噂されている。そんな人と婚姻……
「何故、領主様が私と婚姻を?」
「なんでもあなたを一目見たときから気になっていたらしいわ……でも、良い噂は聞かないし、何よりあなたは私の大切な娘よ。あなただけ不幸にさせるなんて、できないわ」
たしかに、以前の私だったら、リルのために犠牲になるなんて、なんて不幸だろう、と思ったかもしれない。でも、今の私は違う。リルのためならなんだってできる。
ただ、そうは言っても、スチュアートのことが、私は気になってしょうがない。彼の気持ちが私に向いていないことは知っている。他でもないリルに向かっていることを。私はもうそのことに関して、リルを恨むことはしないと決めたし、リルには幸せになってほしい。だが、この気持ちのまま結婚するのも、それは相手に不義理な気がする。何より―――結婚というタイミングですべて、この醜い感情とは決着をつけてしまいたい。
「それでリルが助けられるなら……ただ、数日だけ時間がほしいと、先方には伝えてちょうだい」
「わかったわ……」
母は悲しげな顔で頷いた。
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