レベル5のダンジョン~モンスターが弱すぎる件~
「やった……! 成功だ……!」
誰もいないダンジョンの通路で、ショウは嬉しさのあまり跳び上がった。
まるで昔読んだ物語に出てくる、子供の妄想そのままのような圧倒的な能力。
ショウが知る限り、歴史に名を残す伝説の英雄ですら最高のステータスは『S』だったはずだ。
それが今の自分は、全ステータス『SS』。
自分自身でも、どれほどの力が宿っているのか想像すらつかない。
「……よし、とりあえず試してみるか!」
ショウは適当な獲物を探し、ダンジョンの奥へと足を進めた。
しばらく進むと、通路の先でゴブリンの群れを発見する。
一匹なら駆け出し冒険者でも倒せる雑魚モンスターだが、群れとなると話は別だ。
「数は8匹か……。力試しにはちょうどいい」
ショウは「ヒュー」と口笛を吹き、あえて堂々とゴブリンたちの前に姿を現した。
ショウに気づいたゴブリンたちはキーキーと奇声を上げ、錆びたナイフを構えて一斉に襲いかかってくる。
——しかし、ショウの目には、その動きがまるで『停止』しているかのようにスローに見えた。
(遅い……! それに、剣が羽みたいに軽い……!)
能力値の上昇は、思考速度や身体能力を異次元の領域まで引き上げていた。
ショウは愛用の剣を軽く振るう。
カカカンッ!
一瞬の閃光。すれ違いざまに一度振り抜いただけだったが、空中に躍り出ていた8匹のゴブリンは、着地することなく一瞬で胴体からまっ二つに切断された。
『ボロの布切れ』というドロップアイテムだけを遺し、ゴブリンたちは灰となって消えていく。
「……マジかよ。すごすぎる……!」
自分の体であって自分の体ではないような、恐ろしいほどの万能感。
全盛期の自分など、足元にも及ばない。
「これなら……一人で階層ボスも倒せるんじゃないか?」
ボスとは、ダンジョンの最深部に鎮座する強力なモンスターだ。
レアアイテムを落とす上、倒されても一定時間で再出現する。冒険者にとっては格好の標的だ。
そうと決まれば、こんな浅い階層で時間を潰している暇はない。
ショウは最深部を目指し、ダンジョンを全力で駆け抜けた。
途中、曲がり角から急に飛び出してきたゴブリンと正面衝突したが——ショウは痛くも痒くもない。
それどころか、ショウの頑丈すぎる体にぶつかったゴブリンの方が、壁に激突したかのように弾け飛んで灰になった。
(ふむ……どうやらこのレベルの相手なら、武器すら要らないな)
◇
最深部へ辿り着くと、狙い通りボスはすでに再出現していた。
ショウの身長の倍はある巨体、太い丸太のような腕。手には巨大な木のこん棒を握りしめている。
豚のような醜悪な顔をした大型モンスター——『オーク』だ。
駆け出し冒険者のパーティーが、最初にぶつかる壁。
このモンスターを討伐できて初めて、一人前の冒険者として認められるのだ。
「懐かしいな……。あの時は、4人がかりで命がけで倒したっけ」
まだ駆け出しだった頃、元仲間たちと力を合わせて泥臭く勝利した日のことを思い出す。
だが、今のショウは一人だ。
恐怖も焦りも、一切ない。
あるのは、「この力でどれだけのことができるのか」という純粋な高揚感だけ。
今のショウにとって、オークなど巨大な実験台に過ぎなかった。
「グオオオオオオン!!」
ショウを見つけたオークが雄たけびを上げ、地鳴りを立てて疾走してくる。
そして、頭上から凶悪なこん棒を叩き下ろしてきた。
ショウは逃げることも、剣を構えることもせず、棒立ちのまま頭でその一撃を受け止めた。
ドガァァン!!
激しい衝撃音が響き渡る。
オークは「仕留めた」と言わんばかりに下品な笑みを浮かべた。
「……うーん、ちょっと怖かったけど、やっぱり平気だな」
ショウは無傷だった。
どころか、直撃したはずのこん棒の方が、ショウの頭の形にひしゃげている。
「ガ……!?」
異変に気づいたオークは目を丸くし、今度は渾身の力で巨拳をショウの顔面に叩き込んだ。
ドゴォッ! ドゴォッ! ドカァン!!
だが、ショウはピクリとも動かない。まるで地面に太い根でも張っているかのようだ。
パニックに陥ったオークは狂ったようにこん棒で殴り続けるが、ショウの体に触れるたびに木くずが飛び散り、ついにこん棒は根元からボロボロに折れてしまった。
ショウは小さくあくびをしながら、黙ってその猛攻を受け止めていた。
「うーん……まったく何も感じないや。そろそろ反撃してもいいか?」
殴られ続けて飽きたショウは、一歩踏み出し、オークの足元へ近づく。
そして、オークの太ももに向かって、デコピンの要領で『指を弾いた』。
チュドンッ!!
「ギギャアアアアッ!?」
指が触れた瞬間、爆薬でも仕掛けられていたかのようにオークの片足が吹き飛んだ。
何が起きたのか理解できず、絶叫しながら倒れ込むオーク。
ショウはその頭の横に立ち、ポンと軽く平手打ち(ビンタ)を見舞った。
パーンッ!!
叩かれたオークの首は胴体からスッポ抜けて壁まで飛んでいき、やがてレアドロップである『オークの牙』を遺して灰となった。
「……強いっていうか、完全に化け物だな俺」
どうやら、この程度のモンスターなら剣を抜くまでもないらしい。
転がっていた『オークの牙』を拾い上げ、ショウはダンジョンの出口へと向かった。
帰り道、相変わらずゴブリンたちが襲いかかってきたが、何をされてもダメージゼロ。
歩くだけで勝手にぶつかって勝手に消えていくため、もはや障害物ですらない。
ふと思い立ってステータスを開いてみると——
「げっ……レベルが上がってる……!」
【レベル】 -997
「レベル-997……。全能力SSのままだから良かったけど、このままじゃまずいぞ」
こんな弱いダンジョンのモンスターを少し倒しただけで、レベルが『2』も上がって(=強さが元に戻って)しまったのだ。
もっと経験値の多い高難易度ダンジョンに挑めば、あっという間にレベル1まで戻り、また最弱に戻ってしまう。
(何か対策を考えないと……)
腕を組んで頭を悩ませていると、ダンジョンの出口付近でふと一匹の『ドレインスライム』が目に入った。
その瞬間、ショウの脳裏に電撃のような名案が閃く。
「……これだ!!」
ショウは急いでギルドに戻ると、今日手に入れたドロップアイテムをすべて金に換えた。
そのまま雑貨屋へ向かい、頑丈な『鍵付きの木箱』を購入すると、すぐさまダンジョンへと引き返す。
「いたいた! こっちだよー!」
跳びかかってくる赤色スライムを、ショウはまるで愛しい恋人でも抱きしめるかのように優しく受け止めた。
今のショウにとって、このスライムこそが『強さを維持するための宝物』なのだ。
スライムを慎重に箱へ収め、パチンと鍵をかける。
「よし、これで準備完了だ! 今日は宿に泊まって、明日別の街へ出発しよう」
宿屋の部屋に入ると、ショウは箱からスライムを取り出し、ぎゅっと抱きしめた。
スライムは嬉々としてショウの経験値を吸い始め、ショウもまたその感覚に目を細める。
「頼むぞ、しっかり吸ってくれよな。……おやすみ」
愛しいスライムを抱き枕のように抱えたまま、ショウは眠りについた。
◇
翌朝。
目を覚ましたショウが真っ先にステータスを確認すると、期待通りレベルは『-999』に戻り、全能力SSが維持されていた。
一晩中たっぷりと経験値を吸えて満足したのか、心なしかスライムもショウにすっかり懐いている様子だ。
ぷにぷにした体を優しく撫でてから、大事に箱へと戻す。
「よし……最高のパートナーだな! じゃあ、次の街へ出発だ!」
スライムの入った箱を背負い、ショウは宿を出た。
目指すは『推奨レベル8』のダンジョンがある隣街。
通常なら乗合馬車を使う距離だが、今のショウの足なら走った方が遥かに早い。
「待ってろよ……俺を捨てたことを、絶対に後悔させてやる」
旅を続けていれば、いつか自分を捨てた元仲間たちにも出くわすだろう。
別に、彼らを暴力で痛めつけたいわけじゃない。
ただ——圧倒的な力を見せつけて、「お前らは大バカな判断をしたんだ」と分からせて、思いっきり見返してやりたいだけだ。
「もし『頼むからパーティーに戻ってくれ!』なんて泣きつかれたら……どうしてやろうかな?」
フッと不敵な笑みを浮かべ、自分に言い聞かせるように呟く。
「ま、その時になってから考えるか!」
ショウは大地を強く踏みしめると、風のような速度で次の街へと駆け出していった。
最弱から成り上がった、最強冒険者の伝説が——今、始まったのだ。




