第9話
月一回更新……
途切れてしまいました。
申し訳ないです。
「ではあんまり時間とると怒られそうなので、手短に! 私、鮎炭と申します!」
「ウェールズと言います。呼び方は、どうぞご自由に」
「ギルディアってんだ。わりぃな、敬語苦手なんだわ。不敬とか何とかってのはナシにしてくれ」
ざっくりとした個々人の名前の紹介が終わる。いや、それ以外に何を伝えれば良いのかということなんだけれど。
「あら、趣味とかは話していただけないの?」
そういう自己紹介!? あ、真面目に本当の自己紹介するんすか! お名前が知りたい奴よりも上だった!
「ロクシエラ様……」
「なんてね、アイリちゃんが怖いからここまでにしましょうか。アユズミちゃんに、ウェールズ君に、ギルディア君ね? アイリちゃんのこと、もし学園にも行くのであれば、アレフの事も、お願いするわ」
ギルディアさんもウェールズさんもほぼ子供扱い。大人の女性とはかくも恐ろしいものか。お二人が自分達の見た目が若くなっているっていう事を自覚しているのもあるだろうが、相手との立場の差を考えて彼等も何も言えなくなっているのがおもしろい。
いいぞいいぞ、もっとやってください。
あ、いや待って、何かよく分からない事を口にされてたような気がするのでよく考えよう。
「……学園?」
「そこに食いつくのね貴女。ええ、来年から通うの。あなた達は護衛として、ローエルが付き人として、私と通う事になるわ」
「聞いてませんけども!?」
急な学園モノへの転向が見られますね。
乙女ゲーの世界で、学園があるのは教えてもらっていたけれども、まさかそこに私も行くことになるなんて思わない。護衛が必要な学校とはいかがなものか! 子供の安全くらい確保しろよ、金もらってんでしょ!?(多分そうじゃない)
「言ってないもの」
「ひえぇ、悪いとすら思ってないんですけどもこのお方! そういう事は事前に相談をですね」
「出来たと思うのか?」
「……ごめんなさい黙ります」
ウェールズさんの一言により大人しくなります。
そうなんだよね、圧倒的に時間が足りてない。何せこの町に来たのは今日だし、私達とお嬢様が出会ったのは数日前だ。私に限れば昨日出会ったばかりである。これからの事を話すなんて時間あるはずもない。それどころか予定すらちゃんと組んではいないはずなので、ここで私が言えることはないのだろう。
「でも学園に護衛、必要ですか?」
「後でちゃんと説明するわ」
ちょっと疑問に思い声に出したが、その説明は今すべきものでは無いらしい。まぁ後で説明はあると思うので、その時でいいか。
そもそも、何と言われようが養われている現状、文句は何もないし逆らうつもりも微塵すらない。
「この子はこの瞳でしょう。なかなか信じることのできる人間が少なくて……護衛の選別も難しくなってしまっているの。だから、あなた達が気にかけてくれれば助かるのだけれど」
「母上? 俺、別にこいつらを信用している訳では」
「アレフ、言葉遣いが乱れているわよ?」
「……母上、私は別に、この者達を信用している訳では無いのですが」
「うん、よくできました!」
「あ、聞いてないですね!?」
王子様もだいぶ可哀想な人なのかもしれない。天然親を持つ苦労というものがありそうだ。いいね、色々と是非聞いてみたい。
なんて微笑ましい親子の光景を眺めていた視界の端で、赤茶色が揺らめいたから何となくそちらへと意識を傾けると。
「……お嬢様」
ローエルさんが何気なさそうに、ただ唐突に、お嬢様へと声をかけた。
多分誰も気付いてない。誰かの意識がそこに向いていない事を確認してローエルさんから声をかけているようだ。
声をかけられたお嬢様は、特に目立った反応をするでもなく。声を出さずに口だけを軽く動かした。読唇術があるわけでもないので何を言っているのかは分からない。
だが。
「王妃様、王子様!」
慌てて入ってくる兵士っぽい人の姿には到底、何もないなんてこと言えるはずがないのだけは分かった。
驚いた王妃様が声を上げる。
「何事ですか!?」
「襲撃です! この町に、大規模化した盗賊団の!」
ほう、襲撃。
あんまりよく分かっていない我々をよそに、周囲の空気がぴりぴりと緊張し始めた。流石にそれくらいは分かる。
いったい、大規模化した盗賊団とはどれほどの規模なのだろうか。盗賊団っていうのは、あまり人数が多くなると逆に見つかりやすくなってしまい動きづらいと思うのだが、そうでもないのだろうか? だめだ、疑問しか出てこない。
「この地の領主に話は?」
「既に他の者が。しかし早くお逃げください、魔物使いも居るとの情報があります」
この部屋にいるのが王妃、王子、そして貴族の娘だからか、じゃんじゃん情報が流れ込んでくる。この世界に来て数日……どころか、初日と言っても良いほどに初心者な私には、意味は分かるが程度が分からない単語ばかりがつらつらと述べられていた。
……よし、理解放棄。
お嬢様かローエルさんから分かりやすい指示が飛んでくるまで待とう。
ぼんやりと待っていると、隣に立っていたウェールズさんの方が、何やら落ち着きを無くしてきた。確かに剣戟の音とか聞こえてだいぶ怖いのは分かるので、優しい私は彼に声をかける。
「ウェールズさん? 怖いんですか、おてて繋ぎましょうか?」
「要らん」
一瞬で玉砕。優しさを踏みにじられた。
目も合わせてもらえなかったので更に落ち込める。
一旦視線を正面に戻し、それから少し未練がましくウェールズを伺うと、驚いたようにこちらを見ていた。
急にそれはむしろ怖い。
「……そうか、鮎炭、貴様確かまともな《サーチ》を使えるな?」
「え、何ですか? 使えますけど」
「使え、今すぐ。嫌な予感がする」
《サーチ》とは、GCOのプレイヤーキャラクターが初期から使えるスキルのこと。魔法系の一種で、周辺のエネミーや味方プレイヤーの位置をミニマップに表示してくれる、便利魔法。
魔法系のスキルにポイントを割り振っていくことで範囲が広がり精度が上がるのだが、ウェールズさん逹みたいに物理重視で育成すると恐ろしいほどに使えない、人を選びすぎるスキルとして一部の人に忌まれている。私は全力でお世話になっている側です。
さて、ウェールズさんの勘に従い、《サーチ》を使ってみることとしよう。
「《サーチ》」
そういえばどうやって表示されるのだろうかと思いながら唱えてみると、急に頭が痛くなった。
「い、つぅ……!」
途端に襲いかかる、洪水のような情報たち。
あぁ、なにこれ!
流れてくる! 流し込まれてる!
もう無理、無理無理!
痛い痛い! 赤い、痛い!
これは、無理だ。頭を抱えて、床に座り込む。
「鮎炭!?」
「ちょっと貴方達、何してるのよ!?」
周りで誰かが声を荒げていたが、それを気にする余裕はない。何故なら結構痛いからだ。いきなり周辺地域の地図、地形が浮かんできて、その詳細情報が詰め込まれて、脳が悲鳴を上げているらしい。
限界まで他の情報をシャットアウト。目をつむり呼吸は最低限に、耳は手で塞いで。うずくまる姿勢で床へと縮こまる。
「ぁ……! ぅ、ぅっ……」
考えなきゃいけない、伝えなきゃいけない。ただこれ以上の思考が出来るほどのリソースが足りてない。五感で感じる情報に、更に上乗せするように目で見えない地形の情報が、そこで生きてる何かの動きが次々更新される。
完全にキャパオーバー。もう無理だ。
脳内が赤で染まってる気がする。
「鮎炭! おい、しっかりしろ!」
「ウェールズ、これは!?」
「《サーチ》を使わせた! それだけだ!」
あまり叫ばないでほしい。出来れば周囲の生き物がいなくなってほしい。そうすれば楽になる気がする。
けれど、痛みの軽減方法なんかよりも、これを使いこなす為の手段が欲しい。
脳のキャパはこれ以上上げられないのか。
「《サーチ》ですか? では、この様なことが考えられます」
役に立つためにしたのであって、決してうずくまるためにやったことではない。
「鮎炭様は、恐らく魔法系のスキルを相当極めておられるのでしょう。私の目ではステータスが見れない程に高レベルな魔法使いであることは分かっています。なので、《サーチ》によって過剰に負荷が掛かっている状態かと。ご存じだとは思いますが、《サーチ》は魔法を極めれば極めるほど、その性能は上がっていきます。その分、使用者に掛かる負担も上がっているので、高位の魔法使い達は基本的に《サーチ》を使いません。使えばこの様に、何も出来なくなってしまう為に」
役にすら立てないのにここにいる意味が無い。初めから迷惑ばかりかけてしまって、大事な場面で更にこれ。
あぁもう笑えない、頭痛い!
「あぁ、クソ、そうか、忘れてた! 俺が試すべきだった!」
「言ってもおせぇよ! 俺だって忘れてたわ! つかこんな事になるなんて思わねえよ!」
「とにかく、ここから離れないとまずいかもしれないわ!ロクシエラ様、アレフ様。この場を離れましょう」
「えぇ……そうね。鮎炭ちゃんは私が抱えて行くわ。ウェールズ君とギルディア君は、護衛としての仕事をお願いできる?」
「「当然!」」
血気盛んそうな声が聞こえた気がする。
あぁ、そうなのそうなんだよ、その人の役に立ちたいんだ。彼らの役に立ちたいんだ。誰かの為に、人の為に。
──脳の過負荷を確認──
誰の役にも立てなかったことがある。誰からも必要とされなかったことがある。過去のことなのに忘れられず、思考能力は制限されているはずなのに何かが溢れてくる。
──器の自我が崩壊危険領域へと達しました──
やめて、やめて。
私は要らないものじゃない。そうじゃないはずだ。
きっと役に立てる。何か出来る。
だからお願いだから誰か言って欲しい!
私が必要だって!
──スキル強制解放──
──《並列思考解放》、《思考処理能力強化》、所得確認──
……あ、あれ?
なんだか頭痛が収まってきたぞ? 何で?
──■■の浸食率上昇──
ちょっと誰ですかね人の頭に直接声をぶち込んで来るのは!?
そこは初めはもしもし、聞こえますか、から始めてくれないかな!? そういうことじゃないとか思っても言ってはならない!
あれ、急に普通に思考が出来る。何でだ? 分からん! 分からないけどサーチが続いてるのは分かる!
「……お、おはようございます」
「鮎炭ちゃん! 大丈夫?」
「え?」
声が聞こえたのは、すぐ近くから。
驚いてよくよく自分の体勢を……見るまでもなく、おんぶしてもらってる状態。しかも王妃様に。嘘でしょ、どうしてこうなってるの?
周りを見れば、結構な人数の兵士みたいな人たちに囲まれていて絶体絶命なのかと思ったが、囲んでる兵士さん達はこちらに背中を向けているので味方のようだ。
あ、最前線にいるのはウェールズさんとキルディアさんでは? その更に外側には、《サーチ》の地図でも、肉眼で見ても敵しかいなさそうなのが確認できる。見事なまでに殆ど魔物。盗賊の襲撃じゃ無かったのだろうか。一部には人も居るようだけど。
「大丈夫?」
「あ、はい! 大丈夫です! な、なので降ろしていただけますでしょうか?」
しかし相手の数が多いのと市街地ってところが、現状彼らが参戦していてもあまり進めていない理由だと見た。日本人の感覚としては、ぶっ壊しながら進みたくない。
ただ、この地には何故か味方が居ないので、こんな戦い辛い所でわざわざ敵の殲滅もいらないはずだ。
要するに逃げれば良いのでは、ということだ。逃げ遅れたからこうなっているが、それは私が《サーチ》で動けなかったから。
「えぇ、良いけれど……本当に大丈夫?」
「勿論でございます! 申し訳ありません、肝心なときに動けず」
「それは良いのよ。《サーチ》はある程度の魔法使いが使えば、動けなくなるのは当たり前だわ」
当たり前なのか、あれ。
強化しないと使えないし、強化しても使えない。使わせる気あるのかこのスキル。
とは言っても私が使えるようになっているので文句は無い。すごいね、ある意味千里眼とか透視とか、そういった類の便利スキルになってる。何で急に使えるようになったのかはよく分からないけど、後でゆっくり確認すればいい。
兎に角、王妃様に降ろしてもらい、自分の足で地面に立つ。うん、この年にもなっておんぶは恥ずかしかったね。
「《ポインター・ワープ》使います! ウェールズさん、ギルディアさーん! お嬢様のお家までとばしますよー!」
「起きたと思ったら急に何だ!? 頭は!」
「大丈夫です! むしろ後で検証付き合ってください!」
「おい、いーから早くやれ鮎炭! 繊細なコントロールとか苦手なんだよ俺ぁ!!」
言いながら襲いかかる狼型の魔物を殴り飛ばし、民家に叩き付けているギルディアさん。早めに離脱しないと、この街が廃墟になる。
「ゲートオープン、《ポインター・ワープ》! ……なんちゃって」
スキル名を唱えると、私の目の前に青白い光で出来た、人一人が通れるくらいのゲートが出現した。台詞はいらないに決まってるが、多少かっこつけるくらい罰とか当たりはしないだろう。
「ゲートの先はヴァレントリア領、ちょっと離れた隣町のコルテルになります! 皆さん不安だと思うのでギルディアさん、最初入ってください」
「俺か!?」
貴方の被害が一番多いからだ。とは流石に直接伝えはしないけど。
というか、この場のメインタンクであるウェールズさん、《ポインター・ワープ》の発動者である私の両名は最後に通らなければならない。偵察としては必然的にギルディアさんに白羽の矢が突き刺さる訳だ。
お貴族様に最初に通らせる訳にもいかないしね。
「……俺しか居ねぇか、じゃあしょうがね。いってくら」
「後からすぐに追いかけます!」
「フラグ建ててるんじゃねぇよ」
ここは私が食い止めます、くらい言えば良かっただろうか。
だるそうに歩いてゲートを通ったギルディアさんが、最後にこちら側に腕だけ残し親指を立てて合図する。それはつまり、成功と言うことですね。よーし皆通れ。
「……いつの間にそんなことしてたの!?」
「お嬢様ぁ、安心できるところにポイント登録、当たり前じゃないですか!」
「……そう。ローエル、私達も行くわよ! 後で問いつめてやるわ!」
「はい」
お嬢様達は大丈夫らしい。では王妃様達は……
「アレフ、見てちょうだい! 空間魔法スキルのほぼ最上位よ!? ほらほら、早く行くわよ!」
「母上ぇ! メイドが卒倒しそうになってます!」
……うん、頑張って強く生きてくれ王子様。信じられないかもしれないけどそれ罠じゃないので強く生きてくれ。
とまぁそんな感じでこの場の偉い人たちがゲートを通ったのを見て、兵士さん達も少しずつ通っていく。ゆっくりと輪を狭めながらの行動に、ほえーモノホンすげー、という感想が浮かぶ。
罠だったら、とかあんまり考えていないのか。いや多分王妃様が行っちゃったから罠だったら更にやべぇとか思ってるだけだろう。
「貴方で最後ですね?」
「あぁ。でも君は魔法使いだろう、先に行かなくて良いのか?」
「ん、ご心配ありがとうございます。ですが特に心配は要りません、そこの彼と共にすぐ行きますので」
「そうか。では皆の無事が確認できたら、改めて感謝をさせてほしい」
イケメンにそう言われちゃ断れないなぁ! 感謝されるためにやってるわけじゃ無いけれど、感謝されるのは嬉しいことだよね。最後の隊長さんっぽい人が通った後、ゲートに近付く魔物を杖で殴りつつ、ウェールズさんへと振り向く。
「脱出しましょう、ウェールズさん!」
「閉じられるのか、これ。敵が通ることも出来なくは無いだろう」
は、そう言えば。
ゲームの時は考えなかったけど、そうか……敵が通ってくる事もあり得るのか。途中で消すなんて芸当は私には出来ないので、えーと……
「……知りません! 通常なら片道のみ、効果時間二十分ですね! 残りは恐らく十二分と言ったところでしょうか?」
とりあえず現状報告をしておいた。考えもせず行動してるので詰めが甘いと言わざるを得ない。焦ると視野が狭くなるとはよく言われるが、治る兆しは見えそうにもない。
「耐久レースか!? 二人で推定数百の敵と、十二分の耐久か!?」
叫んだウェールズさんの声が何やら嬉しそうだったような気がして、思わず振り向いてしまった。
彼はこちらを見て、すぐに踏み込んで来る。
「うわぁ!?」
「はっ!」
鼻で笑ったのか、それとも剣を振るった時の掛け声か。どちらとも付かないような息を吐き、ウェールズさんは私の背後に迫っていた魔物を切り裂いた。
「面白い! ギルディアには悪いが、俺の闘争心を満たさせて貰おう。援護しろ、鮎炭!」
「あっやる気全開なんですね!? ええい仕方ない、元はといえば私がまいた種! やりますよ、やればいいんでしょう!?」
互いに背を向けて、敵を見る。うん、魔物まみれだけど、弱いものばかりだ。町を壊さないように、ゲートを守りながら戦うのは余裕かもしれない。数さえどうにかなればの話ではあるけれど。二人いるのだから、互いに死角を埋められればこの数相手でも何とかなりそうかな。
「さぁやるぞ! モンスターハウス掃討戦だ!」
「ちょっと待ってください、十二分で逃げますからね!?」
遅れてゲートが消えたらまためんどくさいので、絶対にその前に連れ出すことを心に誓いながら、街を壊さない程度に弱い魔法スキルを選ぶ作業へと集中した。