56 星見の神の神殿
リラとノエルが神殿にこもって一時間後。
神殿から出てきたノエルは真面目な顔で聖樹の枝を両手で握りしめていた。
「ノエル。神殿はどうだった?」
俺が尋ねると、
「うーん。なかなかなものだな?」
と曖昧な返事をしてから、
「がうがうがう」「なぁな」「みゃ」「にゃ~」
「さみしかったな? あにがあそんであげるな?」
じゃれつく弟妹たちと遊び始めた。
「ノエル。どうだった?」
「リラさんと何をお話ししたの?」
フィロとカトリーヌが笑顔で尋ねると、
「えっとなー、たくさん聖樹を育てたら、うれしいみたい?」
ノエルは弟妹たちを撫でまくりながら、返事をしていた。
そのとき、リラが神殿から出てきたので声をかける。
「リラ。俺も神殿の中を見せてもらっていい?」
拠点に帰還してからずっと、新しく建てられた神殿が気になっていたのだ。
「もちろんいいわ。案内してあげる」
俺はリラと一緒に神殿の中に入る。モラクスとペロが俺に付いてきた。
「普通だな。外から見たとおりだ」
神殿の中は立方体であり、壁も床も天井も木で作られている。
靴は脱がずに中に入るようだ。
「コボルトたちはいい仕事しているなぁ」
木にはほとんど隙間がなく、しっかりとしている。
モラクスとペロが確認するように、匂いを嗅ぎまくっていた。
「本当に。さすがは大地の精霊ね」
「なー。凄いよな。あれが祭壇?」
室内の奥には高さ三十センチ、幅一メートル、奥行き五十センチの細長い机が置かれている。
その手前には椅子が向かい合って、二つだけ置かれていた。
「そうなの。祭壇の上にお皿があるでしょう? あのお皿に捧げ物を置くのよ」
「捧げ物って肉とか?」
「ううん、神は地上の食べ物を口にしないもの。捧げるのは魔石ね」
「魔石かー。土壌改良魔法陣から産出したやつでもいいのか?」
「もちろん」
外の世界では魔物を倒すしか魔石を確保する手段はない。
だが、俺の拠点では土壌改良魔法陣がどんどん魔石を産出してくれるのだ。
俺は魔法の鞄から取り出した魔石をお皿に乗せた。
「これでよしと」
「ありがと、神に代わってお礼を言うわ」
「気にしないでくれ。土壌改良魔法陣からいくらでも産出するからな。神像はないの?」
以前、王都の神殿を訪れたとき、立派な神の像があった。
「必要ないわ。あれは信者へのアピール。あったほうがありがたいでしょう?」
「まあ、たしかに?」
「神像も、神殿の建物自体もただの飾り。本質ではないからね」
『なにがほんしつ?』
モーフィが首をかしげている。
「もちろん、神が宿っているかどうか、ね」
「ふむ? どうしたら神が宿るようになるんだ?」
「話せば長くなるし、ティルは神学に興味ないと思うのだけど――」
「そんなことないよ?」
「そう? じゃあ、簡単に説明するわね。まず精霊について説明する必要があるのだけど――」
リラは饒舌に語りはじめた。
精霊は可愛い動物に見えるが、聖獣や神獣とは根本的に異なり神の力そのものだという。
「神学に詳しくないティルのために正確さを犠牲にして単純化して説明するなら神の力の擬人化? いえ、擬獣化といったらいいかしら。そして精霊と相反する存在が瘴気になるの。正確さを犠牲に単純化して、瘴気のことを説明するなら、邪神の力の擬物化したものといえばいいかしら?」
リラは「全然正確ではないけどね」と何ども念押ししながら語り続ける。
「外の世界ではそう難しくないのだけど、腐界で神殿を作るためには、瘴気がないことが大前提。つまり瘴気除けの結界と土壌の清浄化が必須ね。それに聖樹もはえていた方がより強固な神殿を構築できるの」
「なるほど? 神殿が強固になるとどうなるんだ?」
「邪神の力をそぐことができるわね。そもそも、神学的には、腐界は邪神の影響力下にある領域のことなのだけど――」
今は神と邪神が陣取り合戦をしている最中だと、リラは言う。
「まあ、邪神っていう呼び方も神学としては正確ではないのだけどね。単に私らの神と敵対しているってだけ。そもそも人族ごときの聖邪は神には関わりのないことだもの」
神は文字通り人族とは次元が違うのだ。聖邪の基準なども違って当然だ。
「神の駒が私とティルにノエル。それに聖獣たち。向こうは魔物ね」
「ノエルもか」
「ええ、聖樹を育てられる替えの効かない駒。だからこそ星見の神が動いたの」
先ほど、リラとノエルは神殿に一時間ほどこもっていた。
その際に色々と、ノエルの使命などをお話ししたのだろう。
「ノエルは五歳だぞ。人族の未来を背負うのは大人になって自分で選択した奴だけでいい」
「わかっているわ。重圧なんてかけてないから」
「それならいいけど。こういうことは大人が頑張るべきだからな」
「そうね」
俺は改めて神殿の中をみてまわる。
「やっぱりシンプルだがいい建物だな」
『でも、ほんしつじゃない』
「モラクスの言うとおり。建物は本質じゃない。もっといえば……」
リラはなぜか少しどや顔で少し溜めた。
「神が宿る場所が神殿、ということは?」
「どういうことだよ」
「星見の神の護符の力の及ぶ範囲、つまりティルの拠点全体が神殿と言ってもいい」
「ほう? つまり、魔導具で範囲を拡張している俺も神殿を建てたと言っても?」
「そのとおり! ティルの建てた神殿を私とコボルトたちが補強したという感じかしら」
『てぃる、すごい』
モラクスが尻尾を振りながら、褒めてくれる。
「星見の神に代わって感謝を。ティル・リッシュ」
「礼には及ばないよ。俺も腐界をなんとかしようとずっと思っていたからね」
俺はリラに向かって頭を下げる。
「こちらこそ感謝を。護符のおかげで快適に暮らしていける。子供たちも助かっている」
「それこそ礼には及ばないわ。なにせこの場は神の陣取り合戦の主戦場なのだから」
陣取り合戦の駒である我らを助けることは、神の目的にかなうことなのだろう。
「神が助力してくれるならありがたい。俺もできることをしよう」
「ん。ありがと」
俺とリラの話しをモラクスは真剣な表情で聞いていた。
一方、ペロは退屈したらしく、祭壇の前で眠っていた。




