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〜猫ときさらぎ駅~ACT10

あれから一週間程が過ぎた。あの日、きさらぎ駅から生還した三村綾女と戸山正広は、まだ日常に戻ってはいないらしい。


きさらぎ駅から生還したとはいえ、まだ元の生活に戻る程には整理がついていないのであろう。雪菜は相変わらずで変わりがない。すぐに日常の生活に戻ってきていた。


「ごめんね、また迎えに来てもらって」

健吾が雪菜に話しかけていた。私は雪菜に抱きかかえられている。私と健吾は、きさらぎ駅から生還してから始めて雪菜の大学に来ている。


「いえ、お話しをしなければならないですもんね」

雪菜は、私達が大学まで来た理由に気付いているようであった。きさらぎ駅の一件以来、私と健吾の雪菜に対する評価は大きく変わっていた。ただのド天然女ではなかったと言える。


特に、私が猫又だとか、化け猫だとかと言われる、特殊な力を持つ猫だという事に気付いていた事が驚きであった。どうやら、初めて会った時から気付いていたらしい。


そして、それを驚きもせずに受け入れているところが普通ではない。いや、このようなところがド天然な部分だと言えるかもしれない。


「一応、大学で会う約束をしてますけど、来てくれるでしょうか?」

雪菜が不安そうに言った。


「たぶん来てくれると思うよ」

健吾が優しい口調で雪菜に答える。たぶんその推測は正しいだろうと、私も思っていた。


「ここです」

そう言って雪菜は会議室のドアを開けた。ドアの中は数人が集まれる程度の広さしかなく、数人で囲んで座るためのイスとテーブルが備え付けられていた。どうやら、この会議室はサークルなどがミーティングなどに使用するためにあるらしい。


この大学では、このような大小複数の部屋が完備されており、事前に申し込んでいれば、誰でも借りれるようである。


もちろん、個人で借りるのではなく、サークルやゼミなどの複数人で使う事が前提であるが。今回は特別に雪菜が友達が所属するサークルの名義で借りたらしい。


「ごめんなさい、遅くなって」

雪菜は、中に入って私達の来るのを待っていた人物に声をかけた。その人物は、会議室の奥にある窓から、外の景色を眺めていた。そう、私達はこの人物に会うために、この大学まで来たのである。


「すいません、ちょっとお話しがしたくて、呼び出させていただきました」

健吾は、そう言ってその人物を見つめた。


「いえ、そんなに気を使わないで下さい」

そう言ったその人物は、力なく私達を眺めていた。少し目が虚ろにも見える。


「三村さんと戸山さんの事は、お聞きになりましたか?」

「はい、きさらぎ駅から生還したと」

健吾が優しく尋ねるのに、その人物は静かに答えた。


「彼等から、きさらぎ駅に行った時の事をお聞きしました」

「そうですか、だから会いに来たのですね」

健吾に対して、その人物は生気が感じられない口調で答えている。おそらく、これ以上の抵抗は無意味だとわかっているのだろう。


「あなたが、彼等をきさらぎ駅に連れて行ったのでしょう?」

健吾がそう言った時、その人物は俯いていた。


「そして、彼等をきさらぎ駅に放置した」

健吾の言葉に、その人物は身体を震わせていた。健吾はそう言った後、少し口調を明るくして話を続けた。


「きさらぎ駅に行くためには、ある特定の場所とタイミングで、電車に乗らなければ行けません」

私を抱きかかえたままの雪菜も、健吾の話に集中している。雪菜は、前に立つ健吾の背中を凝視していた。


「でも、ただ電車に乗るだけではたどり着けない」

健吾は、その人物の様子を探りながらさらに続けた。


「その時に、ある種の力を持った者が必要だ」

健吾が静かに言う。


「あなたには悪霊が憑いています。そして、その力によって、きさらぎ駅を繋げた」

健吾がそう言った瞬間、その人物の後ろから黒いモヤのようなものが立ち上った。そして、人の形を作り始めた。明らかに、長い髪をした女の姿であった。


「ナウマクサマンダバサラダンカン」

健吾は短く不動明王の真言を唱えた。そして、左手の平をその人物に向ける。それと同時に健吾の左手の平から炎の縄が飛び出し、その人物の後ろに立つ女の悪霊に巻きついた。


そう、フドウの左腕の縄だけを呼び出したのだ。巻きついた炎の縄からは、炎が噴き出し、女の悪霊を焼き尽くし浄化していた。それ程強い力を持った悪霊ではなかったのであろう。健吾はフドウの縄のみで対したのだ。


「ワ〜!!」

そう叫びながら、その人物は泣き崩れていた。雪菜がその人物に駆け寄り、背中をさすっている。


雪菜がその人物に駆け寄る時に地面に降りていた私は、二人の方を静かに見ていた。私と健吾は、泣き崩れたその人物、前田美穂を遠くから見つめている事しかできないでいた。






事の顛末はこういう事である。前田美穂と戸山正広は付き合っていたらしい。ただ、周りの人間には隠していたそうである。そして、よくある話だが、戸山正広が浮気をしていた。


付き合っている事を隠していたのは、浮気をしやすくするためだったようだ。その浮気相手が三村綾女だ。よくある陳腐な話だ。


そして、たまたまサークルの飲み会の帰りの電車の中で、戸山正広と三村綾女が浮気をしている事を知った前田美穂が、これもまた、たまたま繋がった、きさらぎ駅に三村綾女を放置して逃げたのだそうだ。


電車の中で、三村綾女は戸山正広と付き合い始めたと前田美穂に話し、口論になったのだと言う。


その後、三村綾女を探していた戸山正広を、前田美穂が連れ出し、きさらぎ駅に連れて行き、これもまた放置して逃げた。


要は、三人の痴話喧嘩でしかない。ただ、今回このような事件に発展したのは、前田美穂に憑いていた悪霊が、きさらぎ駅と電車を繋げてしまったところにある。


因みに、前田美穂についていた悪霊は、自身の嫉妬心が呼び寄せただけであった。そして、それ程厄介な相手でもなかった。本当にどうしようもない話である。


「事件の割に、真相は小さな話だったな」

健吾は、雪菜と別れた後、ため息を吐きながら呟いていた。本当に人騒がせな事件だと私も思っていた。


本人達には重大な事かもしれないが、私達からすれば、いい迷惑でしかない。私も健吾と同じようにため息をついていた。






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