〜猫ときさらぎ駅~ACT11
午後5時を過ぎていた。今の季節では、まだ辺りは明るい。遠くにオレンジ色の太陽が見えている。私は、オヤツを食べた余韻を楽しみながら、雪菜の腕の中でくつろいでいた。
今、健吾と雪菜は二人並んで歩いている。最近よく見る光景である。二人は、同じコンビニでバイトとして働いている。日曜日の昼間のシフトで一緒になる事が多い。
その場合は、二人で並んで歩いて帰るのである。その時は、いつも私も合流する。雪菜がチュルルをくれるからである。最近では、雪菜に抱かれながらチュルルを食べつつ、歩いて帰るというのが定番となっていた。
「あの、ちょっとお聞きしたい事があるんですが」
歩きながら雪菜は健吾にそう言って尋ね始めた。
「結局、きさらぎ駅ってなんだったんですか?」
雪菜は、ド直球な質問をする。この質問は、健吾だけでなく、私にもしているのだろう。
「佐伯さんは、三途の川って知ってる?」
健吾が優しい口調で問い返す。
「はい、あの世とこの世の間を流れる川ですよね」
「きさらぎ駅って、三途の川なんだよ」
健吾の言葉に、疑問の顔をしている雪菜。まあ、今のような答えならば、理解できないのは仕方ない事だろう。
「きさらぎ駅っていうのは、あの世とこの世を繋ぐ駅だって事だよ」
健吾が補足して説明する。
「あの駅より先はあの世なんだろうね」
そう、きさらぎ駅とは、あの世への入口だと言える。
駅に着く前にトンネルを抜けたのだが、これが異界との境界線となっているのだろう。厳密には、きさらぎ駅自体は、あの世に近い位置にあると言えるだろう。
「でも、なんで川じゃなくて、駅なんですか」
そのような説明をしている健吾に、雪菜が問い返す。当然の疑問である。
「昔の人と現代人の違いかな」
健吾が雪菜に答えた。
そうである、人間にとって死ぬというのは、違う世界に旅立つという意味を持つ。それは遠い世界に、というイメージである。
昔の人間にとって、遠い世界に旅立つという事は、船に乗って海や川を渡るというイメージだったのだろう。人によっては、海を知らないという事もあったので、川を渡るというイメージが定着したのだろう。
当時の人間にとっての遠い世界への旅とは、船で水を渡るという行為が一般的だったのだ。それに対して、現代人が遠い場所に旅立つ場合のイメージは、鉄道による移動なのだろう。
特に、トンネルなどは世界の境界線のイメージが強い。あの世とは、霊達の世界である。霊とは精神の塊だと言える。精神の塊である霊達のイメージが変われば、世界の見え方も変わるという事なのだろう。
「じゃあ、現代の私達のイメージが反映されているって事ですか?」
雪菜は時々鋭い事を言う。まさしくその通りである。
「そうだね、だからさらに時間がたてば、また違う形になってるかもね」
「じゃあ、もっと先の未来では、空港とかになってるかもしれないですね」
雪菜の、この言葉はあり得る話である。
「川上さんを連れて帰れなかったのはそれが理由だよ」
健吾は少し悲しそうに言った。
「詩織さんは、もう亡くなっていたって事ですね」
雪菜も悲しそうな顔をしていた。そう、いくら特殊な力を持っている私達でも、死人をこちらの世界に連れ戻す事はできない。
「あの駅員さんは、何なのですか?」
ふと、思い出したのか雪菜が質問をした。
「彼が出した人型の姿を見た?」
「はい、まるで死神のような姿でした」
雪菜が健吾に答えた。
「その通りだよ、彼は死神だ」
「死神?」
厳密には、人間達が死神と呼んでいる者達の一種というのが正しい。あの世とこの世との境界を管理している者、という呼び方が正しいのかもしれない。
現在は、あの場所が駅の形をしているので、駅員の姿をしている。おそらく、三途の川の形をしていた時は、船頭の姿でもしていたのだろう。
「じゃあ、都市伝説のきさらぎ駅のお話は、はすみという人があの世に迷い込んだって事なんですか?」
「それは違うな!」
雪菜の質問に、同意しようとしていた健吾の言葉に、被せるように私は言った。もちろん、いつも通り私の声は雪菜には猫の鳴き声にしか聞こえない。
「源之助?」
私がいきなり鳴き声を出したので、雪菜は私の顔を覗き込んだ。
「どういう事だ?」
「都市伝説のはすみという女は、きさらぎ駅に迷い込んだのではなく、あの駅から交信したのだ」
私は健吾にそう答える。それは前提が逆だという事だ。はすみという女は、きさらぎ駅という異界の駅に行く力があるのではなく、異界からネット上に書き込みができる能力があったという事である。
「つまり、はすみさんは、すでに亡くなっていた死者という事ですか?」
私の言葉を通訳してもらった雪菜は、そう答える。その通りである。はすみという女は、ネットに現れた時にはすでに死んでいる。
自分が生きていると思い込んでいただけである。ただ、現世と交信する能力を持っていたために、ネット上に書き込みができたのである。
「じゃあ、あの時期に私鉄の近くで亡くなった、はすみという人物がいるって事か?」
健吾がそう言ったのに対して、私は答える。
「どうかな、死んですぐに交信したかはわからないし、死んだ場所が近くだとも限らない」
私は、雪菜の腕の中で伸びをしながら、さらに話を続けた。
「はすみという名前も本名とは限らないしな」
「そうか、たしかに考えてみればそうだな」
健吾は、納得したようであった。
「どういう事ですか?」
雪菜が、疑問符を出したような顔で質問していた。
「幽霊だからね、特定の場所にとどまるとは限らないし、死んですぐとも限らない。記憶だって改ざんしている霊も多いからね」
そして、さらに健吾の説明は続く。
「それに、当時のネット事情だと、本名を出す事は少ないだろうしね」
現在ではネット上に本名を出す事は、それ程珍しい事ではないらしい。しかし、当時のネット界隈では、まだ本名を出すのは、はばかられる時代であった。
「つまりは、はすみという人物を特定するのは難しいって事だな」
健吾がため息まじりにそう言った。
「案外、川上詩織がはすみかもしれんぞ」
私がそう言ったのを聞いて、二人は笑っていた。二人のその笑顔の奥には、少し悲しさが滲み出ているようであった。




