97話 帰還
エンデヴァルドとカナイを真っ先に迎えたのはブルムやレクスだった。 成長したリュウの姿に驚きながらも涙を浮かべ、すがるように『坊っちゃん!』と周りを取り囲む。
「やめろブタ! 鼻水が飛び散って汚ぇわ! 」
「ああ…… この腐れ勇者! よくも可愛かった坊っちゃんを、こんなイケメンに! 」
入り口前で言い争う声を聞いて、オッタルが彼の襟首を引き寄せる。
「仕方ねぇだろ! 俺だってなんでこうなったのか分からねぇんだから! 」
エンデヴァルドとオッタルの言い争いを聞いて、セレスやグラン達が駆け寄ってきた。 その後ろには目を見開いて凝視するマリアと、その横にはルイスベルの姿もあった。
パァン
セレスは彼の前に立つと、フルスイングで彼の頬を打つ。
「一人で無茶しないでって言ったじゃない 」
彼女の目には涙が滲んでいた。 ただレオンの墓参りに行くだけだった筈の彼が、単独で王城に乗り込み、国王を殺害したと報告を受けたセレスは、彼の身を案じて気が気でなかったのだった。
「悪い…… 心配かけた 」
「心配なんてしてないわ! その…… 私をその気にさせておいて、勝手な事をしないでってことよ! エバ様はもう一人じゃないんだから! この国を変えるキーマンなのよ? わかってる? 」
そう言うセレスの頬は少し赤い。 『えーと……』と目線を逸らして頭を掻くエンデヴァルドは、言葉に詰まっていた。
「そちらのお嬢さんは? さらって来たの? 」
「お嬢さん? 」
エンデヴァルドの後ろにはカナイただ一人。 周りを見渡しても『お嬢さん』などどこにもいない。
「おいカナイ、女だって勘違いされてるぞ。 文句言ってやれ 」
「…… ひょっとしたらとは思っていましたが。 僕は女ですよ? 証拠も見せましょうか? 」
カナイがおもむろに腰のベルトに手をかけると、彼は『いらん!』とそっぽを向いた。
「1500人を束ねるレジスタンスのリーダーだ。 お前に会いたいと言うから連れて来た 」
「…… 相変わらず唐突ね 」
セレスは白けた目線を向けるが、彼は全く動じない。 そんなやり取りを、カナイは見て笑っていた。
「彼のイチオシの美女がどれだけのものか、一度お会いしたくて 」
冗談混じりに言うカナイだったが、目は笑っていなかった。
「…… その様子じゃ、私がダークエルフだということも聞いているのね 」
「はい。 僕らが命を預けて良い方なのか、見極めに来ました 」
セレスに緊張が走る。 レジスタンスの存在は、圧倒的に数で劣るこちらに必要な力だと彼女は理解していた。 だが、協力してくれと媚びるのは違う…… 彼女は表情を変えず、どうすればと考える。
「難しい事ゴチャゴチャ考えるなセレス。 『自分はこうしたい』とぶっちゃければいいじゃねぇか 」
フンと鼻を鳴らすエンデヴァルド。
「…… そうね。 そうするわ 」
呆気に取られた彼女は、彼の言葉にプッと吹き出す。 すっかり肩の力は抜けていた。
「お茶を用意するわ。 中でゆっくり話しましょう 」
漆黒の髪をなびかせて、彼女は館内へとカナイを誘う。
「あなたの言う通り超美人ですね、彼女 」
「いいから行ってこい。 いきなり食われたりはしねぇ 」
エンデヴァルドはめんどくさそうにカナイの背中を押した。 その背中を見送り、静観していたルイスベルに向かっていく。
「おいルイスベル、話を聞かせろ 」
唐突に話を切り出した彼に、ルイスベルは眉を寄せる。
「シュテーリアの事だな? 彼女に聞いたのか? 」
「お前に聞けと言われただけだ。 あのテンパった様子じゃ、よほどの事なんだろうが! もったいぶらないて説明しろ 」
ふざける様子を見せないエンデヴァルドに、彼は真正面から見据えて腕を組んだ。 前置きは不要と判断したルイスベルは、要点を掻いつまんで話すことにした。
「彼女の妹君、レティシアを知っているか?」
「いや。 妹なんていたのか? 」
「彼女は今、リヒートに囚われている。 ダークエルフの血を利用した『レストリクション』という呪いだ 」
「ダークエルフの血だと? 」
目つきが変わったエンデヴァルドに、彼はそのまま話を続ける。
「スレンダン殿とマリアに確認済みであるから間違いない。 『レストリクション』を付与したチョーカーで自由を奪い、シュテーリアは彼女を人質に取られ、奴の思うがままに動かされているのだ 」
「わかった。 リヒートを潰せばいいんだな? だがあの雪女は、なぜ俺に直接言わずこんなまどろっこしい事をする? 」
「秘密を他人に話せば、呪いが発動して妹の命を奪う…… そう言われているらしい 」
『めんどくせぇな』とエンデヴァルドは、近場の壁にもたれ掛かって深いため息をついた。
「どうした? 」
「いや、気にするな。 続けろ 」
目眩がしたことをエンデヴァルドは隠す。 その事に気付いたのは、黙って二人を見ていたマリアだった。 が、彼女は彼を見たまま、特に手を伸ばすことはしなかった。
「チョーカーはリヒートの命と繋がっている。 奴を殺せば呪いも発動し、奴の言葉一つでも呪いは発動するらしい。 呪いを断ち切る事が出来るのは、全ての力を無効化するお前のエターニアだけだ 」
「それでオレか…… なるほどな 」
「彼女は俺の戦友であり、何度も命を救われた。 彼女を救ってもらえないか? 」
「言われずともそのつもりだ。 オレもアイツに命を救われたからな…… その分はしっかり返すつもりだ 」
話は終わりだと言わんばかりに、エンデヴァルドは壁にもたれたままルイスベルに手を振った。
「…… 大丈夫なのか? 」
「ケッ! お前に心配されるほど弱ってねぇよ 」
目を瞑って手首を振り、『どっか行け』とルイスベルを追い払う。 ルイスベルはしばらく彼の様子を見ていたが、『頼む』と言い残して館の奥へと去っていった。
「強がるのもいい加減にしないと、取り返しのつかないことになりますよ? 体が拒絶し始めているんでしょう? 」
エンデヴァルドが目を開けると、目の前にはマリアが見上げていた。
「へへ…… お前がこの体にしたんだろうが 」
足の力が抜け、ズルズルと壁を滑り落ちていく彼を、彼女が支えた。
「エルが元に戻せるかもしれない方法を見つけてくれました。 準備はもう少しで整います、それまで…… 」
「ダメだ。 リュウには悪いが、この体じゃねぇと成せねぇ 」
エンデヴァルドはドンとマリアを突き飛ばす。 弾かれたマリアだったが、いつもの文句は言わず再びエンデヴァルドに肩を貸したのだった。
「なんだよ…… しおらしいじゃねぇか 」
「…… すぐ戻るって約束したのに…… 遅すぎるんですよ 」
彼は、顔を伏せてボソッと呟いたマリアの頭に手を乗せる。
「悪かった 」
「全くです。 こんなリゲル様そっくりにまで成長して…… ズルいです 」
「…… なんだ? 照れてるのかおま…… 」
「照れてません! 少し休んで下さい! 」
顔を真っ赤にしたマリアは、全開でスリープの魔法を彼にかけるのだった。




