96話 協力者
イリスとラウリーは、ユグリアに向けて馬を全速力で走らせていた。 ハミルはルイスベルをベルナローズに呼び戻す為、彼女達に書簡を持たせてユグリアへ向かうよう指示したのだ。
ハンナもまた、ラウリーからエンデヴァルドが交戦中だということを聞き、情報を交換しているメゾットの仲間の所へ走っていた。
「ハンナ!? うそー! めっちゃ久しぶりじゃない! 」
「ちょっとカトレア! 苦しいわよ! 」
ハンナと同様に二年前に諜報部隊を離隊し、今は農器具などの卸売を仕事に就いている彼女に、ハンナは熱烈な包容を受けていた。
「ね! ね! モーリス隊長はご健在? 相変わらずカッコいい? 子供出来た? 」
「あなた、他人の旦那に手を出す気? 」
『そんなわけないじゃーん!』とケラケラ笑うカトレアに、気を張り詰めていたハンナの表情も弛む。
「あなたこそ、イエガルとの仲はどうなったのよ? 」
イエガルは西方面軍の重歩兵で、エンデヴァルドやゲッペルに負けない体格の若者だ。
「あー…… ありゃダメダメ。 体ばっかり大きくて、気の弱さと優柔不断さに熱も冷めちゃった。 あれで腐れ勇者くらいの器量があればねー 」
「フフ…… あなたはエンデヴァルド狙ってたもんね 」
顔を見合わせて二人は笑い合う。
「それで? アンタがあたしの所に来たには世間話が目的ではないでしょ? 」
「彼とシルヴェスタ軍が交戦中と聞いたわ。 あなたなら詳細を把握してるんじゃないかと思って 」
諜報部モードの顔になったハンナに、カトレアの表情もグッと引き締まる。
「店先では良くないわ。 奥にいらっしゃい 」
カトレアは店舗をそのままに、ハンナを店の奥へと誘った。
その頃エンデヴァルドは、カナイと共に荷馬車でアベイルの町へと向かっていた。 西方面軍のマルクスがルーツ山道を切り開き、ユグリアに侵攻してルイスベルとぶつかったという情報を聞いた彼らは、北を通るルートより速いと判断したのだ。
二人はホセの村の地下に複雑に入り組んだ坑道を使い、シルヴェスタ軍の隙を突いて、仲間に用意させた馬車で抜け出した。 カナイは御者に扮し、エンデヴァルドは荷台の大きな樽の中に身を隠す。 途中、中央軍の検問にも出くわしたが、幸い大樽の中までは調べられなかった。
カナイはアベイルの町手前で林に馬車を乗り捨てて、エンデヴァルドを樽から解放する。
「まだ北方面軍の隊長がユグリアにいてくれるとありがたいんですが 」
「どうだかな。 いなければ追いかける、それだけだ 」
エンデヴァルドはアベイルには入らず、ルーツ山道方面の林の中へと足を向けた。 ややしばらく林の人の目がない事を確認した彼は、大きく両手を広げて背中の翼を展開する。 翼にはしっかりと膜が張られ、骨と皮だけだった骨格には黒光りする立派な鱗が生えていた。
「…… 度肝を抜かれますね。 龍の翼なんて初めて見ましたよ 」
「コイツはドラゴニュートだからな、退化した他の魔族とはちょっと違う。 おら、ボサっとしてないで行くぞ 」
「えっ? 」
エンデヴァルドはカナイの襟首を掴み、周囲に風を巻き起こす。
「う…… はわあぁぁ!? 」
下から吹き上げる風を翼で受け止め、エンデヴァルドは空高く舞い上がったのだ。 宙ぶらりんのカナイは、真っ青な顔色でエンデヴァルドの腕にしがみつく。
「エン! ちょっと! 降ろし!? 」
「女みたいな声でギャアギャア喚くな。 奴らに気付かれる 」
山道を避けて飛ぶエンデヴァルドは、空いているもう片方の手で山道を指差す。 つられてカナイがその先を見ると、ボロボロになった兵士の列がアベイルに向けて進軍しているのが木の影に見えた。 慌てて口を押さえるカナイは、その中に担架で運ばれている西方面軍の隊長の姿を見つけた。
「敗走中のようですね。 良かった…… 」
ホッと息を漏らす彼に、エンデヴァルドは怪訝な表情を向ける。
「あん? それはユグリアが無事で良かったのか? マルクスが無事で良かったのか? 」
「もちろん前者ですよ。 ユグリアにも僕らの同志がいますから 」
『そうかよ』と呟き、エンデヴァルドは追い風に乗って更にスピードを上げた。
「ジ・ハーデリアってどのくらいいるんだよ? 」
「把握している限りで、約1500人です。 そのうちのほとんどがホセに集まっていますが、ユグリアやウェルシーダにも息を潜めて蜂起を待っています 」
エンデヴァルドは『ふーん』と気のない返事だけをカナイに返した。
「地下坑道が完成した後、僕らは一斉に蜂起しフェアブールト王を討つつもりでした。 そんな時にあなたの登場です。 予想外もいいところですよ 」
「悪かったな、イレギュラーな存在でよ。 …… もう一度聞くが、お前達の目的はなんだ? 」
「そんなに僕らが信用出来ませんか? 」
ムスッと頬を膨らませるカナイに、エンデヴァルドは何も返さなかった。
「人間属と魔属の共存です。 もちろんあなたが支持するダークエルフも。 以前のような平和な世界を取り戻すんです 」
「それが過去に、勇者一族が仕組んだ偽りの平和だったとしてもか? 」
フッとカナイの表情が曇る。
「仕組んだとはどういうことですか? 」
「過去の大戦は、魔属が悪だったワケじゃねぇ…… お前らの敵は勇者一族だということだ 」
突然そんな話を始めるエンデヴァルドの腕を、カナイは強く握りしめる。
「…… あなたを含めて、という意味ですか? 」
その後、エンデヴァルドは口を開くことはなかった。 やがて見えてきた、ルーツ山の麓に広がるユグリア地方。 エンデヴァルドは旧魔王城跡に立つモニュメントの光を見下ろしながら、リュウの館目指して降下していった。




