84話 転送ゲート
「んで、何をしに来たって? 」
アーバンは鳥の半身焼きが乗った皿を持ったまま、詰め所の真ん中にそびえたった岩に耳を当てる。 どうしようもなくなったエンデヴァルドがイメージグローブで、自ら岩壁の中に閉じ籠ったのだ。
「だから転移ゲートを使いに来ただけだって言ってるじゃねぇか! そのビリビリ女と周りの兵士をなんとかしろ! 」
「誰がビリビリ女よ! 」
リセリアはアーバンの後ろに隠れ、エンデヴァルドが喋る度に『ひっ!? 』とビクついて岩に雷魔法を撃っていた。 兵士においては、駆け付けたハミルの命令で岩を崩しにかかっている。
「そもそもお前、魔力ないんだから転移ゲート使えないだろ 」
「あのジジイがここから飛べって言ったんだよ! ゲートの起動だけでいいから手伝え! 」
「…… どうします? ハミル副隊長 」
「どうするも何も、危険人物をみすみす場内に侵入させる訳にもいかないよ。 隊長もまだ戻らないし…… エンデヴァルド、何が狙いなんだい? 」
ハミルは腕を組み、岩に背をつけて語りかける。
「狙いも何もねぇよ。 オレはただ、メゾットで魔族の女を引き殺した奴をぶん殴りに行くだけだ 」
「引き殺した? そんな情報、僕達の所には届いていない 」
「だろうな。 どうせオレが町を破壊した報告しかされてないんだろ? 」
ハミルが肩越しに背中の岩を見つめていると、突然アーバンが岩に拳を叩きつけてきた。
「詳しく聞かせろエンデヴァルド! 」
「その前にこの攻撃を止めさせろよ! 落ち着いて話も出来やしねぇ! 」
アーバンがへの字に口を曲げてハミルを見る。 少し悩んだ末、ハミルは部下達に攻撃を止めさせて一歩下がった。 と同時に、エンデヴァルドを囲っていた岩が砂になって落ちていく。 エンデヴァルドは周りを一瞥した後、ハミルに背中のエターニアを鞘ごと引き渡したのだった。
「何を急いでいたかは知らねぇが、メゾットで赤ん坊を抱いた女を馬車が引き殺した。 赤ん坊はオレの連れがスレンダンの所で預かっている。 馬車はカーラーンに走り去ったらしい 」
「それで王都に行きたいのか? 馬車なんてごまんとあるぞ 」
「勇者一族の紋章付きの馬車だ、数は知れてる。 オレはリヒートの野郎だろうと思ってるけどな 」
「リヒート侯? 何故だ? 」
エンデヴァルドは倒れた椅子を起こしてドカッと腰を下ろす。 頭の後ろで手を組み、白けた目をアーバンに向けた。
「勘だよ。 死にぞこないのジジイ連中に、馬車を爆走させるような一大事があるか? 魔王討伐の勅令の時だって、フェアブールトに目線ひとつ向けないジジイらに限ってある訳ねぇ。 だとしたら、フェアブールトに媚びってるリヒートが怪しい 」
「違ったらどうするんだ? お前にとっちゃ、王都に乗り込むなんて自殺行為だろ 」
彼は真剣な目を向けるアーバンとしばらく睨み合う。 ハミルやガフェインが静観するなか、口を挟んだのはリセリアだった。
「その話、本当なんでしょうね? 」
睨みつける彼女に目線を移したエンデヴァルドは、『嘘じゃねぇ』と真剣に答えた。 リセリアは『副隊長』と視線を向け、エルファスも同じようにハミルを見る。
「これ、ユグリアの魔族達の耳に入れば、奴らは黙ってはいないんじゃないでしょうか? 」
「同感です。 一刻も早く隊長に知らせて、オルゲニスタで抑えられるよう配備した方が…… 」
「違うんじゃないのか!? 」
エンデヴァルドを目の前に、リセリアとエルファスの言葉に異議を唱えたのはアーバンだった。
「魔族達がどうのこうのじゃない! 問題はなんで赤ん坊の母親は死ななきゃならなかったんだ? じゃないのか? 」
肩を震わせて顔を歪めるアーバンを、エンデヴァルドは静かな目で見上げていた。
「前々から思ってた。 飴玉事件以降、人間族と魔族の関係が悪くなったとはいえ、あまりにもぞんざいにし過ぎだと思わないか? 」
リセリア達が見守るなか、ハミルが口を開く。
「国王陛下がそのように扱えと暗黙したからね。 仮にも国軍の一員である君が、それを言っちゃいけないよ 」
「うぐ…… ですが! 」
「言いたい事は分かるよ 」
そう言った彼の表情は、賛同したくても出来ないといった微妙なものだった。
「多分、隊長も君と同じ気持ちなんじゃないかな? 北方面を預かる軍のトップとしての意思と、彼個人の意思の違いに迷って。 だから未だに戻らないんだと僕は考えている 」
「ハミル副隊長…… 」
「だからと言って、僕らだけで魔族を保護していいことにはならない。 軍人は国王陛下に忠誠を尽くすものだ 」
そのやり取りを聞いていたエンデヴァルドが、『フン!』と鼻を鳴らした。
「ホントに軍は頭の硬いめんどくせぇ連中ばかりだぜ 」
ハミル以下全ての北方面軍人の視線がエンデヴァルドに刺さる。
「お前らがどう思うかなんてどうでもいい。 手が滑って転送ゲートを起動させればそれでいいんだよ! 」
相変わらず上から目線で怒鳴る彼の胸ぐらを、アーバンは両手で引き寄せて頭突きをかました。
「なんでお前はいつもいつも無茶苦茶なんだよ! なんで単身で乗り込もうとする! その行動ひとつひとつがいつも訳わからん! 」
「無茶苦茶やらんと、この国はもう変われねぇ。 掻き回してやらねぇとお前らだって動かねぇだろが 」
エンデヴァルドは、胸ぐらを掴まれて凄まれても至って冷静だった。
「お前…… 」
アーバンもハミル達も、その言葉に目を見張る。 その時だった。 エンデヴァルドはアーバンの胸ぐらを掴み返し、力任せに壁に叩きつけたのだ。
「がああぁ!! 」
壁が崩れるほど叩きつけられ、アーバンは堪らず叫び声を上げる。
「おら! さっさと転送ゲートを起動しやがれ! オレはもうキレそうなんだよ! 」
ハミルはすかさず弓を構えてエンデヴァルドを狙うが、彼はアーバンを盾にして身構える。 ぐったりしたアーバンは腕を背中に固められ、エンデヴァルドにされるがままだ。
「こいつを見殺しにするなら射れよ。 助けたいならゲートを起動しろ! 」
ジリジリと詰め寄る彼に、ハミルは兵達に『手を出すな』と命令して後退する。
「エ…… おま…… 」
虚ろな目で苦しそうに息をしながらも、アーバンは抵抗しようともがき始めた時だった。
「わりぃ…… だが協力してくれ。 頼む 」
小声で呟いたその言葉に、アーバンは目を見開いて息を飲むのだった。