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82話 飛ばせ!

「まさかこんな無謀な騒動を起こすとは思わなかったわい。 相変わらず後先考えん男じゃのう 」


 中央と西方面、更には北方面軍の捜索を掻い潜ってエレンまで戻ってきたエンデヴァルドとジールは、呆れ顔のスレンダン操るオートマター二体に挟まれていた。 『仕方ねぇだろ』とふてくされて詳細を離さない彼に、ジールの腕の中にはキャッキャと笑うルクス。 流石にスレンダンでも、どんな状況だったのかは読めなかった。


「…… 隠し子か? 」


「違うわ! 頭ん中はお花畑かジジイ! 」


「お前さんが何も話さないから分からんのじゃろが! 」


「スレンダン様、ムキに反論するとお体に触りますよ 」


 ファーウェルが白けた目でスレンダンとエンデヴァルドを見比べる。


「それで? あなたはこれからどうするつもりですか? 」


「こいつらをここで匿ってもらいたい 」


「なっ!? 」


 その言葉に驚いたのはジールだった。 突然の大声にルクスの顔色が怪しくなってくる。


「ということは、お前さんはシルヴェスタ軍とやり合ってくるというのじゃな? 」


「いや、その赤ん坊の母親を殺した奴を探す 」


「ほぉ…… また律儀なことじゃの 」


 エンデヴァルドにとって、それが一番許せない事だった。 怒りに任せて町を破壊した時とは違い、その目にはしっかりと意志を持っている。


「私も行きます! 馬車の特徴は私しか見ていないでしょう! 」


「なら教えろ。 ケモ耳マザーなんざ足手まといなんだよ! 」


 プルプルと肩を震わせるジールは、スレンダンにルクスを預けてエンデヴァルドに向き直る。


「教えません! 貴様一人で何が出来るんですか! 勇者一族の紋章が入ってたって、誰が乗ってるか特定でき…… 」


「紋章だな? なら好都合だ 」


 慌てて口を押さえたジールに、エンデヴァルドは背を向けてスレンダンの前に立った。


「カーラーンに飛ばせ。王城なら場所はどこでもいい 」


「王城は結界が張られておるでの。 中には飛ばせん 」


「賢者が情けないことを言うな! 飛ばせったら飛ばせ! 」


 眉間にしわを寄せて怒鳴る彼に、スレンダンもまた眉間にしわを寄せた。


「お前さん、何を焦っておるのじゃ? 」


 その言葉にエンデヴァルドはハッとして肩の力を抜く。 フウとため息を漏らす彼を見て、ジールの額には冷や汗が滲んでいた。


「エンデヴァルド…… まさか貴様、抑えきれないのか? 」


 彼は横目で彼女を見るが、その問いに答えはしない。 しばらく様子を見ていたファーウェルが、おもむろに口を挟んできた。


「いい男になりましたね。 一気に成長しすぎて、体の変化についていけないのですか? 」


「…… 否定はしねぇ。 能力は増したが、体が重くて今までのように動けねぇ。 それと、ここ数日…… 」


 と、そこで言葉が止まった。


「ここ数日…… 何です? 」


「なんでもねぇよ。 とにかくだ! 王城付近でもいいからさっさと転送ゲートを開きやがれ! 」


 再び怒鳴りつけるエンデヴァルド。 唾を掛けられながら怒鳴られた本人は、『やれやれ』と溢しながら右の手のひらを彼に向けた。 彼は不意に膝から崩れ落ち、その場にうつ伏せに倒れ込む。


「!? 」


 ジールが慌てて駆け寄って様子を確かめると、エンデヴァルドは静かな寝息を立てていた。


「寝てる? 」


「急ぐ理由は分からんが、落ち着くには一度寝るのが一番じゃ。 弱めにスリープを掛けたんじゃが、こんなに効くとは思わんかったがのぅ 」


 フォッフォッとスレンダンが大きな声で笑うと、左腕の中のルクスがビックリして泣き始めた。


「おおスマンスマン! 久しぶりに赤子を抱いたもんじゃから、配慮が足りなかったわい 」


 倒れたエンデァルドはファーウェルに任せ、ルクスを一生懸命あやすスレンダンはおじいちゃんの顔だ。 呆気に取られるジールに彼は一つ咳払いをし、『少し話をしようかの』と椅子を勧めた。


「…… なんの話ですか? 」


「ドラゴニュートというものについてじゃな。 魔族の王に君臨した種に対して、お前さんはどのくらい知っておる? 」


 無事ルクスの機嫌を取り直せたスレンダンが、先に椅子に座る。 するとどこからか見ていたように、メイド達がティーセットを用意し始めた。 メイドに椅子を引かれ、彼女も遠慮しがちに腰を下ろす。


「魔王の事はほとんど知りません。 魔王リゲルの存在は知っていましたが、見たこともなければ噂にもなりませんでしたから 」


「じゃろうな。 ここ十数年は奴もユグリアから出ることはなかったからの。 ガラハールに力を譲ってから、体の調子もよくなかったのじゃろ 」


「それで、ドラゴニュートとは…… 」


 体を揺らしているうちに静かに眠ったルクスを見つめて、スレンダンは静かに話し始めた。



 ドラゴニュートは、『先代から能力を受け継ぐ』という特殊なスキルを持っている。 魔王グリザイアがイメージグローブを所有していた為、ひ孫にあたるリゲルが受け継いだが、そもそもイメージグローブはドラゴニュート固有のスキルではないとスレンダンは言う。


「能力を受け継ぐという類い稀なる能力のせいか、元々数が少ないせいか、今やリュウ一人じゃ。 これがどういうことか、わかるかの? 」


「つまり、彼が最後のドラゴニュートということですか 」


 スレンダンは淹れたてのハーブティーの香りを楽しんで、飲みはせずにカップを置く。 オートマターでは、感じることは出来ても飲食は出来ないのだ。 ここでの紅茶の楽しみ方はこうなのだと、勘違いしたジールが真似をしてカップを置くと、『飲みなさい』とスレンダンは笑っていた。


「ドラゴニュートとて、異性の相手がいなければ子供は出来ん。 近親同士の子で繋いできた種じゃが、リュウの姉はガラハールと共に行方不明になってしもうたのじゃ 」


「先代魔王と…… では、魔王城の奥から見つかった遺体の中の、小さな遺体はやはり…… 」


「らしいの。 儂も諜報から報告を受けた時は耳を疑ったが、戦を嫌ったガラハールらしいと言えば頷ける。 家族も、奴を一人にすまいと残ったのじゃろう 」


「あの…… なぜ私にそのようなお話をされるのですか? 」


 話の意図が分からないジールは、痺れを切らして質問する。


「しばらくあの男は起きそうもないからの…… まあ、ジジイの余興に付き合いなさい 」


 スレンダンが笑うと、再びルクスがぐずり出す。 手に余ると見た彼がジールの腕の中にルクスを戻すと、ルクスは大人しく眠りについていた。


「ドラゴニュートは抑えきれない怒りを糧に成長すると、リゲルは言っておった。 メゾットの一件は、奴の感情の限界を超えるほどのものじゃったのか? 」


「分かりません。 ですが、この子を抱いた母親を勇者の紋章が入った馬車が轢き殺したのは間違いないです 」


「お前さんはどう感じた? 」


 スレンダンの問いに、ジールはルクスを見て考える。


「私は…… 」


 そう口にして目を閉じた彼女の目の裏には、ヘレンの優しい笑顔が浮かんでいた。 ヘレンに拾われて以来、ジールはヘレンを守ること以外自らの意思を殺していた。 決定権はヘレンにあり、彼女はそれに従うだけだった。 ルクスを育てると言い出したことは、彼女自身も驚いたことだったのだ。


「殺した行いは許せません。 助けもせず、物陰から見ていただけの連中にも腹が立ちます。 ですが…… 異変が起きているのに、見て見ぬふりをした私自身も連中と同じです。 エンデヴァルドは私を含め、イライラして限界を超えたのかもいしれません 」


 『フム』と唸って、スレンダンは窓際に歩き、代わり映えのしない外を見た。


「エバ坊主の事を少し話しておこうかの 」


「え? 」


 スレンダンは後ろ手で窓の外を見たまま、苦笑混じりに話始めたのだった。


  

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