68話 ジールの弟 その2
「そう…… あの子のお姉ちゃんって、あなただったの…… 」
言葉の調子と、目を逸らしたセレスの表情に、ジールの表情も険しいものになった。
「レオンを知ってるんですね 」
ジールはズカズカと彼女の前に詰め寄った。 その目には殺気がこもり、次に続く彼女の言葉を既に予想していた。
「レオンは…… 私を助ける為にビュゼルという男に殺されてしまったの 」
しっかりと目線を合わせて、セレスはそう告白した。 その瞬間、ジールは両手の包帯を突き破ってボロボロの真っ赤な爪を喉元に突き付ける。 慌ててグランとレテが、ジールの片腕ずつを抱えてセレスから引き剥がした。
「どういう事ですか! レオンは誰かを守るほど強くはない! 」
「…… ごめんなさい…… 」
涙を浮かべるセレスに、グランとレテはジールを抱えたまま固まってしまう。 ジールは動揺を隠しきれず、目を見開き、口をへの時に結んで鼻で荒い呼吸をしていた。
「…… お前が引きずり込んだんですね!? あのナヨナヨな弱虫が戦える筈ありません!! 」
「違うわ! 彼は勇敢に戦った! 自ら武器を握って強くなろうとした! あなたのように強くなりたいって、エバ様に…… 」
「がああぁぁ!! 」
突然雄叫びをあげるジールには、もうセレスの声は届いていなかった。 目は真っ赤に充血し、両手の包帯は出血を抑えきれない。 怪力のコボルト二人が振り回されるほど、我を忘れて暴れ始めたのだった。
「エル! 誰か呼んできて下さい! 抑えきれません! 」
豹変したジールにガタガタと震えていたエルは、涙ぐみながら階段へと這って行く。
「なぜあの子を止めなかった! お前が殺したも同然だ!! 」
殴りかかろうとするジールを、グランとレテがが必死に押さえ込む。
「否定はしないわ 」
「この…… ダークエルフがぁ!! 」
「うわっ! 」
「きゃっ! 」
コボルト二人を力任せに振りほどいて、彼女がセレスにボロボロの爪を突き立てようとしたその時だった。
「あぐっ! …… 」
屋上の異変に気付いたヘレンが、エルが呼びに行くよりも速く駆け付けてジールの首に手刀を入れたのだ。 ジールはそのまま気を失って前のめりに倒れる。
「ごめんなさい…… 」
顔から床に倒れるところジールを、セレスが飛び出して胸に抱え込む。 まるでレオンを抱きしめるかのように、彼女はジールを胸に涙を溢すのだった。
深夜、ジールはベッドの上で目を覚ました。 ドアの前には椅子を置いて陣取るエンデヴァルドの姿があった。 セレスが自ら馬を駆ってベイスーンまで行き、エンデヴァルドを連れてきたのだ。
「ようやくお目覚めか? ケモミミ娘 」
「エンデヴァル…… うぐっ! 」
起き上がろうとしてうずくまるジールを、彼は椅子に座ったまま助けはしない。
「お前、レオンの姉ちゃんなんだってな。 その無謀なところはそっくりだぜ 」
「貴様…… 」
ジールは顔を歪ませて睨み付けるが、エンデヴァルドはお構いなしに続ける。
「腕はそこそこだったが、自分の技量を見誤って命を落とした大馬鹿者だ 」
「黙れ…… レオンに剣を持たせたのは貴様じゃないですか!! 」
「ああ、オレだ。 アイツに剣を教えたのも、アイツに身を守る術を教えきれなかったのもオレだ。 憎みたきゃセレスじゃなくオレを憎め 」
ジールはギリッと歯を食い縛り、涙目でエンデヴァルドを睨み付ける。 だが襲いかかることはせず、肩を震わせて懸命に怒りを堪えていた。 エンデヴァルドが普段見せない淡々とした雰囲気に、ジールは涙を拭って真っ直ぐ見つめる。
「…… 教えて下さい。 どうしてレオンが死ななきゃならなかったのか…… 」
「知ってどうする? アイツが生き返るわけじゃない 」
「知る権利はある筈です 」
彼は一呼吸置いてから、レオンがビュゼルの屋敷に乗り込んだ話をゆっくりと話した。
「アイツは今、メゾットの東の丘に眠ってる。 今頃は花が満開になってるだろうよ 」
ジールの目が大きく見開かれる。 墓を個々に建てられるのは貴族以上に限られ、それ以下の者は集団墓地に埋葬されるのが基本だ。 特に飴玉事件以降、魔族の遺体は墓地に埋葬されることはなく、蟲に喰わせるか焼却される事が多かったのだ。
「…… 蟲のエサにしたわけではなかったんですね 」
皮肉を込めてそう言った彼女だったが、頬には一筋の涙が伝っていた。
「会いたいか? 」
「…… 別に。 というか、貴様は今私に構っている暇などないでしょう? 反逆者という立場が分かっているんですか? 」
エンデヴァルドはため息をついて、椅子の上であぐらをかいて耳をほじり出した。
「ギャアギャアうるせぇ奴だな。 生憎、今はこの体だ。 説明しなきゃ誰もオレをエンデヴァルドと思わねぇだろうよ 」
「…… 」
「行くのか行かねぇのか、どっちなんだよ? 」
「…… 行きます 」
しばらくの沈黙の後、彼女は静かにそう答えたのだった。




