67話 ジールの弟
ルイスベルがクレイモアを修理に出している頃、エンデヴァルド達は第三砦門の改造を急ピッチで進めていた。 北方面軍を退けたとはいえ、現状ではユグリアの守りを固めるのは必要な措置だった。
エンデヴァルドとマリア、モーリスは第三砦門に常駐して不意の襲撃に備え、セレスとリュウは一度ユグリアへと引き上げる。 ハンナはそのまま諜報活動にオルゲニスタに出向き、北方面軍の動きと例のネズミ髭の魔族の行方を追った。
その頃ユグリアのリュウ館では、レテとエルが前魔王リゲルの書斎に籠って古文書とにらめっこをしていた。 その傍らには、首と両手に包帯を巻いたジールの姿もある。 ベイスーン沼地の解放や第二砦門での戦闘などがあったが、フォーレイアから少し離れたユグリアは変わりなく平穏だった。
「ジール、これ読める? 」
「…… 何かの魔法の詠唱文のようですね。 私よりロリメイドに聞いた方が早いんじゃないですか? 」
ジールは少しふて腐れてレテに答える。 ヘレンはリュウを追いかけてフォーレイアへ行ってしまい、まだ自由に動けない彼女は『館から出るな』とヘレンからきつく言われていたのだ。 寝ているだけでは暇だとレテにくっついてリゲルの書斎を漁っていたが、すぐに飽きて手が止まっていた。
「…… その重き汝の枷、盟約により解き放ち、更なる高みへと導かん…… かな 」
レテが指で指していた部分を、エルが覗き見して読み上げた。
「凄い! エルちゃん読めるの!? 」
驚くレテにエルは頬を赤く染めてコクリと頷く。 すぐに目の前に広げていた辞書のように分厚い本に目を落として、また黙々とページをめくっていた。
「熱心ですね。 読書が趣味なんですか? 」
「ううん…… エンデヴァルドの役に立ちたいから 」
本に目線を向けたままボソッと呟くエルに、ジールは目を丸くして驚く。
「腐れ勇者の役に立ちたい、なんて言う人がホントにいるんですね 」
「…… 口は悪いしすぐ殴るけど、本当はとっても優しい人。 あたしは戦いには参加出来ないから直接手伝う事は出来ないけど、少しでも力になりたくて 」
「チューもしたしね 」
「ちがっ! そういうのじゃ…… 」
レテがニッコリ笑うと、エルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「人間族ですよ? 腐れ勇者ですよ? その人柄に惹かれる事はあっても、恋愛対象なんてあり得ないでしょう? 」
「でも、ヘレンさんだってリュウ様に恋してますよね? 」
「まぁ…… 知りませんけど 」
大好きなヘレンの話題に、ジールは口を尖らす。
「そう言うジールちゃんはどうなの? 」
「私は恋愛感情なんて持ち合わせていません! 弟は可愛いなと思ったことはありますけど 」
「へぇ…… 弟がいるんだ…… 」
意外という顔をするエルを余所に、ジールは澄ました顔で天井を仰いだ。
「もう何年も会っていませんし、このご時世ですからどこで何をしているのやら…… まぁヘレン様に拾われてからは、思い出すこともなかったのでその程度です 」
「え…… 一緒に暮らせたらとか思わなかったの? 」
キョトンとするレテに、ジールはやはり澄ました顔で横目を向ける。
「ベアウルフはコボルトさんのように、温厚な性格じゃありませんから。 良くも悪くも、熱しやすく冷めやすい…… 姉弟と言えど、離れてしまえばそんなものですよ。 頑張って生きていればそれでいいです 」
そんな事を言うジールだったが、その顔は穏やかだった。
「会ってみたいなぁ…… ジールと似てるのかな? 」
「ねぇ、名前は? 」
「レオンです。 男のくせに、ちょっとナヨナヨなので情けないです 」
目を閉じてクスクス笑うジールは、少し誇らしげだった。
「少し休憩しませんか? 」
朝から書斎に籠りっきりだった三人に、グランが差し入れを持って入ってきた。 両手の使えないジールには、ストロー付きのコップを丁寧に差し出す。
「聞いてお兄ちゃん! ジールって弟がいるんだって! 」
レテが早速グランに笑顔で報告すると、『へぇ! 』とグランも笑顔になって、その詳細に耳を傾けていた。
「離れ離れで寂しくはないですか? 」
「別に。 友達もいるようだったし、私も強襲部隊で忙しかったので 」
グランとレテは顔を見合わせ、同時にジールに目線を向ける。
「…… 何ですか? 」
「もし良かったら、落ち着いたら弟さんもここに呼んではどうでしょうか? 姉弟離れ離れというのは、やはり寂しいような気がします 」
グランの言葉にレテも横でウンウンと強く頷いていた。
「べっ! 別に私は…… 」
そう口にするジールだったが、言われると途端に懐かしさと安否が気になってくる。
「元メゾットに住んでいたのなら、もしかしたらセレス様や勇者様が知っているかもしれないよ! 」
「セレス様なら今、ここに戻ってきてますからちょっと聞いてみましょうか? 」
グランの提案に、ジールは渋々ながらも小さく頷くのだった。
「セレス様! 」
四人は屋上で一服していたセレスを訪ねる。
「あら、どうしたの? 珍しい組み合わせじゃない 」
グラスを片手にパイプを吹かす官女は、少し酔い気味のうっとりした目で四人を迎えた。
「どう? 傷の具合は 」
「問題ないです。 医者が少し大袈裟なんですよ 」
包帯グルグル巻きの両手をプルプル振ってしかめっ面を見せるジールに、セレスは軽く笑って再びパイプを咥えた。
「セレス様、ジールちゃんの弟を探しに行こうと思ってるんですけど 」
居ても立っても居られないレテは、早速本題をセレスに話した。
「へぇ! 弟さんがいるのね。 お名前は? 」
「レオンです 」
ジールが弟の名前を口にした途端、セレスの肩がピクッと震えた。 少しずつ笑顔が消えていく彼女の変化にいち早く気付いたジールは、嫌な予感を覚えて彼女を見据えたのだった。




