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66話 勇者リヒート

 シュテーリアの秘密の小屋を後にしたルイスベルは、カーラーン王城には戻らず城下町へ下りていた。 目指していたのは、富民街の中央を占有している勇者リヒートの邸宅。 彼はシュテーリアの話を聞き、自らの目でその事実を確かめに行ったのだった。


「珍しい客人だな 」


 応接間に通された彼を、リヒートは『歓迎しない』と言わんばかりに無愛想な顔で迎える。


「何をしに来た? 」


「単なる巡回ですよ。 北方面は暇なものでしてね…… お変わりはないかと思いまして 」


 あからさまに不機嫌になったリヒートは、目を細めて吐き捨てるように言った。


「暇な筈がないだろう? ベイスーンの毒霧が晴れたというではないか 」 


 (どこからか情報が漏れたか…… )


 失敗したと悔やむ彼だったが、その表情は苦笑いに留める。


「部下達が張り切りすぎて、役を奪われてしまいましてね…… 」


 フンと鼻を鳴らすリヒートに、彼はこれ以上の下世話は不要と判断して別の話題に切り替えた。


「貴殿は極上のワインをお持ちだとか 」


 わざとニヤリとした表情を向けたルイスベルに、リヒートも少し口の端を吊り上げる。


「情報が早いな…… まあ、北方面の部隊長ともなればそのくらい知っていて当然ということか 」


 (ということは出どころはオルゲニスタの村長か )


 疑惑が確信に変わったことを確認して、ルイスベルは話を続けた。


「美味い酒には目がないもので。 献上するには上質すぎるほどのものと聞いて、ご相談に来たのです 」


 リヒートはルイスベルをじっと見つめた後、静かに、そして高らかに笑った。


「有能な者ほど私服を肥やすか? それとも、有能な部下が上を堕落させるか? 」


「有能な部下がいるからこそ、ですかね。 今の世の中、正直俺がいなくても十分な気がします 」


 『そうか』と笑ったリヒートは、呼び鈴を鳴らしてメイドを呼びつけ、自慢のワインを持ってこさせた。


「オルゲニスタ産の私の(・・)ワインだ。 試してみるがいい 」


 メイドはルイスベルの目の前でグラスに注ぐ。 彼はそのメイドの横顔を眺め、僅かに眉をひそめる。


「彼女は? 」


 そうリヒートに尋ねると、彼はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。


「堅物の軍人だと思っていたが、お前も男だな。 どうだ? いい女だろう? 」


「ええ…… 」


 彼が違和感を覚えたのは、メイドドレスに似つかわしくない真っ赤なチョーカーだった。 結び目も継ぎ目もないそのチョーカーの首裏には、僅かに発光している黒水晶が長い髪の影に見え隠れしていた。


 (似ているな…… 彼女に )


 ルイスベルの本来の目的は、捕らわれているというシュテーリアの妹のレティシアをその目で確認すること。 妹の顔を知らなかった彼は、その存在を確認する必要があったのだ。


 彼はシュテーリアから、リヒートに連れ去られてしまった妹のレティシアを開放してほしいというものだった。 直接『助けてほしい』とは言わず、妹の自慢話と唐突に出てきたリヒートの話題。 会話とは裏腹に訴えるような彼女の表情に、ルイスベルはその意図を汲み取ったのだった。


 シュテーリアは次に、今では封印されたとされる呪いの呪術具について彼に話した。 要約すると、レティシアとシュテーリアには呪いの魔法が掛けられており、その事を他人に口外すると首のチョーカーが彼女の命を奪う。 その呪いはリヒートの命とも連動し、彼を傷つければレティシアのチョーカーが彼女を傷つける。 シュテーリアは手出しすることが出来ず、リヒートの道具になるしかなかったのだ。


 その呪いを断ち切ることが出来るのは、彼女の知る限り、エンデヴァルドの持つ聖剣エターニアのみ。 彼女は新王を立てようとするエンデヴァルド達の事を諜報部隊を通じて知った。 エンデヴァルドと一戦交えたルイスベルの心境に気付いたシュテーリアは、望みを託して彼に全てを話したのだった。




「…… 美味い! 」


 ルイスベルは注がれたばかりのグラスに口をつけて、少し大袈裟に感嘆の声を上げた。 実際はユグリア産ワインの方が美味かったが、リヒートに取り入る為の一芝居を打つ。


「それで、貴様がこのワインを手に入れて、私に何の得がある? 」


 得意気な顔で見下すリヒート。


「…… 北方面隊長というのも、いささか飽きました。 だが俺は剣を振るう事しか出来ない…… 専属というのも悪くないかと 」


「シルヴェスタ王国屈指の強者が専属か…… 悪くないが、間に合っている 」


 リヒートはグラスをテーブルに置き、立ち上がってルイスベルに背中を向けた。


「貴様単独など要らぬ。 出直して来るがいい 」


 (そう簡単には懐には入れんか…… )


 執拗に食い下がるのは危険だと判断したルイスベルは、わざと悔しそうな表情をチラつかせて腰を上げた。


有事には(・・・・)北方面軍が動くというなら、考えなくもないが 」


 そう言い残して、リヒートは応接室を出ていった。 入れ替わりでレティシアが入ってきて、ルイスベルを玄関へと誘導する。


「…… 君がレティシアだな? シュテーリアから聞いている 」


 先を歩く彼女に、ルイスベルが耳元でそっと囁いた。 ピクッと反応した彼女だったが、何も返答せず歩みを止めない。


 (呪いの影響で心ここに在らず…… というわけではなさそうだな )


 レティシアはおもむろに片手で後ろ髪を触って、ルイスベルにチョーカーの黒水晶を見せるような仕草を取った。


 (監視されているのか。 抜け目のない…… )


 彼はその仕草に気付いて、『わかった』と小さく呟く。 玄関まで送り出され、深々と頭を下げるレティシアに、彼はひとつ頷いて背を向けた。


「奴の後を追え。 本当にあの堅物が私欲に溺れたのか、見極めるのだ 」


 二階の自室の窓から見下ろしていたリヒートは、執事にそう言い渡すのだった。


  


  

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