65話 城下町を守る女
敗退した北方面軍は、消耗した3部隊と入れ替わりでエルファス隊をオルゲニスタに駐留させた。 指揮はハミルに任せ、ルイスベルは転送装置でカーラーン王城へと向かったのだ。
「おや、先日に続きまたお出でになるとは…… 今日はどうしたのです? 」
カーラーン王城の磨かれた石畳の廊下を歩いていたルイスベルを呼び止めたのは、純白のアーマードレスのシュテーリアだった。
「珍しいな、貴女とこんなところででお会いするとは。 そちらこそ何かあったのか? 」
「質問を質問で返すのは貴方の悪い癖ですよ? 」
ため息混じりにそう呟く彼女は、王城の城壁外の守備を受け持つ中央軍第二防衛隊長である。 各方面隊長の定例会議以外は王城に寄り付かず、城下町を自ら巡回しているのが常だった。
「ハハ…… 愛剣を失ってしまってな。 工房のフリューゲルの元に出向いて来たという訳だ 」
ルイスベルは柄の根本から砕けてなくなったクレイモアを、彼女に鞘から抜いて見せた。
「…… また随分と張り切られたのですね。 超硬レンゼナイト合金を砕く人など初めて見ました 」
「意志の強さに打ち負けた、というところだ 」
「…… どういう事ですか?」
『いや……』と彼は苦笑いを浮かべる。
「貴方は? まさか城内のお散歩という訳ではないだろう? 」
彼に続いて彼女もまた苦笑いになった。
「そのまさかですよ。 リヒート公から直々に指名を受けましてね…… 『城下町を彷徨くのも大概にしろ』と 」
「リヒート公が? 」
彼女は眉を寄せる彼を見て、クルッと長いマントを翻して背中を向けた。
「お茶でもいかがです? 」
「うん? 」
意味がわからないといった様子の彼に、彼女は肩越しに微笑む。
「王城はとても退屈です…… 素敵なお話を聞かせて下さいな 」
コツコツとヒールの音を響かせて歩いていく彼女に、彼はため息をついて大人しく従ったのだった。
冷たく硬い石畳の廊下を抜け、兵士の通用門を抜けて彼女は城門を潜る。
「シュテーリア様、お出掛けですか? 」
胸の前で腕を水平に構えて敬礼をする兵士に、彼女は目線を移さず手だけで応答する。
「ご苦労。 少し出る 」
「ル…… ルイスベル様!? 」
代わりにルイスベルが後ろから答えると、兵士達は目を丸くして最敬礼していた。 城門入口の跳ね橋を出たシュテーリアは城下町へは向かわず、城壁の堀に沿って黙々と歩みを進める。
「城下町へは向かわないのか? 」
「私が町を歩くと、国民はやはり警戒するのです。 巡回ならまだしも、私用でそれは望ましくない…… それは私にとっても同じですから 」
そう口にした彼女は、おもむろに林の中へと入っていく。
「うん? どこへ? 」
「私の秘密の場所…… と言っておきましょう 」
微笑む彼女を先導にルイスベルがやって来たのは、林の中にひっそりと佇む小さな小屋だった。 見窄らしい見た目だが、ログハウス風のしっかりした造りに小さなウッドデッキが併設する。
「どうぞ。 私の息抜きの場です 」
ノックすることもなくドアを開けた彼女を迎えたのは、オランダ民族風の衣装の猫耳の少女とウサギ耳の少年だった。
「ジャッカロープとシーフキャットか…… 」
深々と頭を下げる二人に答える事なく、ルイスベルは小ぢんまりとした室内に足を踏み入れた。
「彼に 」
ジャッカロープの少年にシュテーリアが短く言うと、二人は笑顔で膝を折って応え、キッチンの奥へと消えていく。 中央には小さな木製のテーブルと椅子が3脚。 その一つに腰を下ろしたルイスベルは、横目でキッチンの奥を覗き見る。
「…… 飼っているのか? 」
「その言い方は適当ではありません 」
ピシャリと言う彼女はルイスベルの真正面に座り、真っ直ぐに彼を見据えた。
「この場所を任せているんです。 ここは私が安らげるの唯一の場所…… 彼ら以外にこの場を任せる気はありません 」
そう言ってキッチンの奥に目を向ける。
「彼らはホセの村の生き残りです。 行く宛がなかったところを引き取りました 」
「引き取ったのではなく、秘密裏に救い出したのだろう? 」
彼女の目だけがルイスベルに向けられる。
「…… ご存知でしたか 」
「あのジャッカロープ族の方…… 確か半年前、仲間を守ろうと自ら贄に名乗りを上げた男だ 」
「彼はイムカと言います。 彼女はサーラ…… 」
二人の紹介の途中で、イムカとサーラがティーセットを乗せたトレイを持って戻ってきた。
「どうぞ 」
サーラはルイスベルの前でカップに注ぎ、慣れた手つきでチーズケーキを取り分けて下がっていった。
「サーラの手作りです。 美味しいですよ 」
シュテーリアはルイスベルに微笑んで、淹れたてのハーブティーに口をつけた。 彼は丁寧に出されたカップには手をつけず、怪訝な顔で彼女を見た。
「なぜ俺をここに連れてきた? 贄の隠匿は重罪だぞ? 」
「迷っている…… そんな顔をしていましたから 」
『美味しい』とため息混じりに呟くシュテーリアを、ルイスベルはじっと見つめる。
「迷う? 俺が? 」
「一戦の相手はエンデヴァルドでしょうか 」
「…… なぜわかる? 」
「彼ならクレイモアを破壊しそうですから 」
クスクスと笑う彼女の雰囲気に、彼は俯いてため息を吐く。 やっとカップに口をつけたルイスベルがチラッとキッチンを見ると、覗き見ていた二人は驚いて身を隠してしまった。
「やれやれ…… 貴女は何でもお見通しのようだ 」
「いいえ、貴方が分かりやすいだけです 」
彼と彼女はお互いを見やり、そして微笑んだ。
「ベイスーンの砦門でモーリス殿に会った…… 彼が生きていたとは思わなかった 」
チーズケーキにフォークを入れる彼を、シュテーリアは優しく見守る。
「ええ、知っていましたよ 」
「な…… んだと…… 」
フォークを片手に目を丸くする彼に、彼女はひとつ頷いた。
「彼の奥さんのハンナとは随時報告を受けていますから。 諜報部を通じて、ユグリアの情報は筒抜けですよ 」
「…… ハハ…… これは恐れ入った。 ではベイスーンの霧が晴れたことも、奴が魔王と手を組んだことも知っているのだな? 」
「ええ。 残念ながら、貴方が敗退したことも聞いています 」
カランとフォークを置いて天井を見上げる彼に、彼女は優しい笑みを浮かべていた。
「では話が早い 」
彼は一呼吸置いて彼女に向き直る。
「貴女もこの国を壊そうというのか? 俺をここへ連れてきたのはそういう意味だろう? 」
彼は睨み付けるようにシュテーリアを見つめた。
「壊すと言うほど大層なものじゃありません。 ですが私は…… この時を待っていました 」
ルイスベルを見つめ返す彼女の目は、迷いがない力強いものだった。