64話 不安と決意
「正気かモーリス殿!? ダークエルフを国王に迎えるなどと! 」
ルイスベルの叫びは砦門の外まで響き、部下達がザワザワと騒ぎ始める。
「至って正気だ。 両族の喜びも痛みも知っている彼女らなら、どちらかを贔する事はないだろう 」
「国を混乱させるつもりか! 国民は『禁忌の民』など認めないぞ! 」
モーリスを睨め付けていたルイスベルの視線がセレスに移った。
「………… 」
彼女は目を逸らさず、毅然としてルイスベルを見つめる。
「ダークエルフという種族は、本当に『禁忌』なのでしょうか? 」
静かに質問を投げたのはリュウだった。 真っ直ぐにルイスベルを見つめる目に、彼は取り乱した自分を落ち着かせる。
「あなたは『人は誰であろうと人なのだ』と仰いました。 それは禁忌と呼ばれる者だって同じな筈です。 違いますか? 」
「だが…… 」
「では…… あなたは今ここで、彼女に己の剣を向けられますか? 殺すことが出来ますか? 」
リュウとルイスベルが睨み合うことしばし。
「無理だな。 彼女は美人すぎる 」
「茶化さないで下さい 」
「…… あなたは真面目過ぎるようだ 」
そう言ってルイスベルはジョッキの残りを一気に煽って、リュウ達に背を向けた。
「帰るぞハミル! 」
フェイスガードを被り、ルイスベルは部隊に撤収命令を出した。 呆気に取られるアーバンやガフェインを素通りし、瓦礫と化した砦門を乗り越えていく。
「隊長! 奴等は使用人殺害の…… 」
「彼らはシロだ。 俺達は踊らされたらしい 」
去っていったルイスベルに代わり、ハミルがセレスを見据え、そしてモーリスとリュウを交互に睨み付けた。
「国を傾けようとする者は、何人たりとも許しません。 覚えておいて下さい 」
そう言い残して、ハミルはルイスベルと同じ道を辿って去っていった。
「あの…… モーリスさん、ルイスベルさんの言った事がよくわからないんですけど…… 」
「さあ。 だが、余程曲がった事をしない限り、奴は坊っちゃんの敵にならないでしょう。 少なくとも…… 」
モーリスは残り少なくなったリュウのジョッキに向けて樽を傾ける。
「使用人殺しの疑いは晴れました。 後は奴等に任せておけば、すぐにでも犯人を見つけますよ 」
「はぁ…… 」
いまいち理解出来ないリュウは、気のない返事を返してなみなみと注がれたワインに口をつける。
「私が思うに、ルイスベル自身はセレス達を肯定しているように見えました。 今後、彼と相見える事があれば、我々の力になってくれるやもしれません 」
「…… はい! 」
満面の笑みを見せるリュウに、ヘレンは顔を赤らめて笑顔で答えた。
「さあ、我々にはもう一仕事残っているぞ? 開けた樽は消費しなきゃあならん! ヘレン、お前も手伝え 」
「私は下戸だ。 無理を言うな 」
「構わねぇだろ。 酔い潰れたら坊っちゃんに運んでもらえ 」
「なっ!? 」
ボンと頭から湯気を噴き出すヘレンに、モーリスとハンナは笑う。 北方面軍を退けた祝いのような雰囲気の中、セレスだけは素直に喜ぶことが出来なかった。
「初戦を勝利したのに、湿気た顔をしないで下さい女王様 」
「ふざけないで 」
マリアを睨むセレスには、怒りではなく焦りの表情が見て取れた。 ジョッキを手にしていた3人も、その様子に気付いて彼女に視線を向ける。
「何を不安に感じているんです? 」
「私達を疎んでいる人々がほとんどなのよ? 人間族にも魔族にも…… 人の心なんてそう簡単には変わらない。 私達がやろうとしていることって、本当に正しいの? 」
「セレスさん…… 」
何か言葉を掛けなければとリュウは口を開きかけたが、掛ける言葉を見つけられない。
「ハミルが言った言葉を気にしているのだな? 」
モーリスが問うと、彼女は目線を合わさずに頷いた。
「現状で苦しい生活を強いられている人々は確かにいるわ。 でも、現状で満足している…… いいえ、生活出来ている人々にとっては、変化など必要としていないのよ。 軍に従っていれば…… 国王に従っていれば生きていける。 違う? 」
モーリスとリュウが見つめる中、異論を唱えたのはヘレンだった。
「従っている? 違うな、従わされている事実を都合よく解釈しているだけだ 」
「え…… 」
「元軍人が口にする事ではないが…… 所詮、全ての者が一つの信念を正義だと思うことなどありはしない 」
押し付けられて持っていたジョッキを置き、メイド姿の剣士は腕を組んで壁にもたれた。
「お前は、国王になった暁にはどのような国にしたいのだ? 」
「私は…… 争いなんかない平和な国が見たい。 もうたくさんなのよ、血を見るのは 」
「欺瞞だな。 そんな世の中は絶対あり得ない 」
リュウもまたジョッキを置き、毒を吐くメイド剣士を真っ直ぐ見つめた。
「僕は皆が解り合えれば実現できると思っています 」
「お言葉ですが、権力がある限り…… いえ、力の優劣がある限り必ず争いは起こります。 弱者を虐げる強者、あるいは弱者が強者を利用して更に弱者を虐げる。 私は強襲部隊として、これらを間近で見てきました 」
「セレスさんはそんな世の中にはしません 」
表情を変えずに言い切るリュウ。 補足しようとしたヘレンに、ハンナが口を挟んだ。
「そうね。 シルヴェスタ王国は、その度に魔族を悪として処罰してきたもの。 そうすれば人間族主導でいられるからね 」
「それでは誰かが犠牲にならなければ、国が成り立たないことになってしまいます! 」
「その通りです。 現在ではそれを取り締まるのが軍であり、国王以外の強者を抑えつける抑止力です。 結果、この国は国王の個人的な願望が『正義』となっているに過ぎません 」
「そんな…… それではフェアブールト王は、魔族は不要と言っているものじゃないですか…… 」
「それが根底にあるんでしょう? 所詮、現国王は勇者一族ですから。 だから勇者サマはダークエルフを国王に推したんじゃないでしょうか? 」
しばらく静観していたマリアが口を開いた。
「新しい思想を立ち上げるには、現体制を根底からぶっ壊す必要があります。 その為には相応の力も必要であり、犠牲も必要です。 『争いのない』国を作る為に、『争いの絶えない』国をぶっ壊す…… その力はここにあるのに、何を不安に感じているんです? セレス 」
マリアの目は、セレスに助けを求めているようにも見えた。
「あなたまさか…… これを見越してエバ様とリュウ様を…… 」
「成り行きです。 私の目的はリゲル様をお救いする事だったとお話したじゃないですか 」
セレスに対して、初めてマリアが柔らかく微笑んだ。
「まあ私が国王になってもいいんですが、セレスの方が色々と人生経験ありそうですし。 それに私は人間族が嫌いですから問題アリアリです 」
プイとそっぽを向くマリア。 セレスはため息をつき、リュウに目線を移した。
「セレスさんなら、きっと平和な国を作れると僕は信じています 」
ニコッと笑うリュウ。 その横にスッとヘレンが寄り添ってきた。
「ご主人様がお前を信じると言うのだ。 私に疑う余地はない 」
「坊っちゃんがそう言うなら、ユグリアはお前さんについていくぜ。 なあ? 」
モーリスがハンナに同意を求めると、ハンナも迷うことなく頷いた。
「伝のある諜報部隊と連絡を取っておくわ。 ダークエルフが主導なんて、なんか『新時代』でカッコいいじゃない! 」
「あなた達…… いたっ!! 」
いつの間にか戻ってきていたエンデヴァルドが、バチンとセレスの背中を強く叩いた。
「心配すんな。 正義だの悪だの関係ねぇ…… 気に食わねぇ奴はぶっ飛ばす! ただそれだけだ 」
セレスには、以前自分を救ってくれたあの時の横顔が、今の小柄な彼にダブって見えたのだった。




