63話 目指すものは……
銀の縁取りがされた茶褐色フルアーマーのモーリスと、最低限の防具に黒マントを合わせた装備のハンナは、エンデヴァルドを隠すようにルイスベル達の前に立ちはだかった。
「モーリス殿…… 」
「2年ぶりぐらいか? その様子じゃ変わりなさそうだな? 」
フッと不敵な笑みを向けるモーリスに、ルイスベルは眉を寄せて難しい表情だ。
「貴方が健在な事にも驚いたが、なぜ貴方がエンデヴァルドの肩を持つのかお聞かせ願いたい! 」
ルイスベルがモーリスに対して低姿勢なのは、かつて二人は師弟関係にあったからだった。 『西の巨盾と北の炎剣』と呼ばれ、南方面や東方面の軍にも二人の名を知らぬ者がいない程だったのだ。
「先ずは双方、武器を下ろしちゃどうなんだ? 俺はお前と事を構える気はねぇ…… お前にその気があるなら別だが? 」
しばらく睨み合った二人だったが、先に折れたのはルイスベルの方だった。 配下達に武器を下げるよう指示すると、リュウやヘレンも納刀して柄から手を離す。
「ケッ! なんだこりゃぁ…… 」
白けたエンデヴァルドは、背中を向けて一人馬車に戻って行く。
「ちょっ! エバ様! 」
呼び止めようとしたセレスの進路をハンナが塞ぐ。
「彼がいない方が話もスムーズに運ぶかも。 ここはバックアップ組に任せてくれない? 」
呆然とハンナを見つめるセレスだったが、自信に満ちた目を見て『そうね』と微笑むのだった。
「さてルイスベル 」
エンデヴァルドの背中を見送ったモーリスは、ルイスベルに向き合って口を開いた。 改めて気を引き締めるルイスベルに、モーリスは右手を顔の前に構える。
「どうだ? 久々に一杯やらんか? 」
「…… なんだと? 」
ルイスベルならず、その場の北方面軍の全員が耳を疑った。
「重装備で現れておいて、何を言い出すかと思えば…… その前に、なぜエンデヴァルドに与するのかを説明願いたい! 」
「お前、少し頭が固くなったんじゃねぇのか? 」
「貴方は相変わらず緩いな。 飲もうかと問われて素直に受け取れる筈がないだろう? 」
モーリスがハンナに振り返ると、ハンナは一つ頷いて砦門を出て行った。
「全員分は用意できねぇが、この場に席を用意させる。 お前と腹を割って話がしたい 」
モーリスは腰に提げていた斧を放り投げると、散らかったテーブルを広間の中央に置いてフェイスガードを脱いだ。 兵士にとって、敵前で自ら防具を脱ぐことは、敵意がないことを意味するのだ。
「坊っちゃんもいかがです? といっても、坊っちゃんのところに納めているいつものユグリアワインなんだが 」
「はい! 頂きます 」
笑顔になるリュウに満足そうに微笑むモーリス。 ハミルとガフェインは警戒して一歩引いたが、ルイスベルが戸惑いながらもモーリスと同じようにフェイスガードを脱ぐと、アーバンも倣ってテーブルに並んだ。
やがてハンナが、若手の魔族二人を連れて戻ってきて、木製のジョッキと両手に抱えられるほどの樽を置いていく。
「くだらん能書きはいらねぇ。 ぶっちゃけ、今の王制をどう思ってる? 」
酒樽を軽々と抱えて次々にジョッキに注いでいくモーリス。
「どう思うも何も、我々軍人に選択肢はないだろう? 」
ジョッキを受け取ったルイスベルは、口をつける事を躊躇していたアーバンを横目にグイッとジョッキを煽る。
「おお…… 美味いな! これは 」
舌鼓を打つ彼を見てアーバンも口をつけたが、『美味い』と言う割にはふたくち目に至らない。 彼はアルコールが苦手な上に、ユグリアワインはアルコール度数が高めなのだ。
「そうだろう? ユグリアは中央と比べて寒暖が激しい。 生活がツラいが、その分ブドウの質は良くなりワインが美味くなる 」
自慢気に話すモーリスに、ルイスベルの表情も僅かに弛む。
「貴方からそんな話を聞くとはな…… 」
「不服か? 」
「いや…… 貴方が処刑されたと聞いて、俺は何も出来なかった自分を呪った。 所詮は国に従う軍人だったのだとな…… 」
ジョッキの中で揺れるワインを見つめながら彼は呟く。 普段見ることのないルイスベルの様子に、ハミルやアーバンはただ見守ることしか出来なかった。
「言うな。 俺も軍隊長をしていた時はそうだった 」
一気に飲み干したモーリスは、もう一杯ジョッキに注ぐ。
「だが、お前の本心はどうだ? 犬のように従うだけの軍人でいるつもりか? 」
「…… それは、国王に歯向かえと言うことか? 」
「間違っていることには異議を唱えろということだ。 犬だって理に叶わない事には拒否を見せる。 従わない事だってある。 お前はそのままでいいのか、ということだ 」
「簡単に言ってくれる…… 」
フフッと鼻で笑って、ルイスベルはジョッキを煽った。
「あの…… 国にとって、僕達魔族はやはり悪なんでしょうか? 」
静観していたリュウが、途切れた会話に入ってきた。
「少なくても、上層部と国民の大半はそう思っているだろう 」
「少なくても? ルイスベルさんはそう思っていないのですね? 」
「…… エンデヴァルドの顔で『さん』付けされるのは気持ち悪くて生きた心地がしないものだな 」
モーリスが『違ぇねぇ』と笑い出す。 壁際で彼らの会話を静かに聞いていたセレスとマリアも吹いていた。
「茶化さないで下さい 」
苦笑いするリュウに、ルイスベルは咳払いを一つ。
「失礼…… 魔王殿は観察眼をお待ちのようだ。 お察しの通り、俺自身は魔族というだけで差別する事に疑問を抱いている。 モーリス殿との関係然り…… 人は誰であろうと人なのだ 」
「はい、その通りだと僕も思っています 」
ジョッキを両手で煽るリュウに、ルイスベルは唖然としていた。
「魔王とはもっと鬼畜かと思っていたが…… 」
「それは坊っちゃんに失礼と言うものだ 」
『失礼』と頭を下げるルイスベルに、リュウはあたふたと頭を上げさせていた。
「では、僕らが目指すところは一緒です。 争う理由がありません 」
「…… どういうことだ? 」
「我々はこの状況を変えたい。 この勇者一族が支配してきたシルヴェスタ王国を根底から覆そうと行動を共にしている 」
その言葉に武器を手に取ったのはハミルだった。
「謀叛を企て、この国を魔族の手中に納めようと言う気ですか! 」
素早くリュウに照準を合わせるハミルを、ルイスベルは自らを盾に割って入った。
「やめろハミル。 武器を下ろせ 」
「隊長…… くっ! 」
ハミルはルイスベルの威圧的な目に圧されて、渋々弓を下ろした。
「まぁ聞け。 人間族と魔族…… そのどちらがこの国のトップになっても、同じことを繰り返すのだと我々は考えたのだ 」
「何? 」
モーリスは怪訝な表情を浮かべるルイスベルに一つ頷き、後ろを振り返った。
「彼女らはダークエルフだ。 彼女らを国王に据えたい 」
「なっ………… ! 」
ルイスベルは思わず後退り、セレスとマリアを凝視して絶句するのだった。