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43話 勇者と踊り子の過去


「おや、連日ご苦労様な事だねエバ様 」


 メゾットの遊郭の入り口を潜ったエンデヴァルドを迎えたのは、ナーサという中年の遊廓の女将だった。


「セレスは? 」


「一番奥さ。 アンタには良くしてもらってるからあんまり言いたくはないけどね、面倒事は御免だよ? 」


 エンデヴァルドの肩に寄りかかり、耳元で呟くナーサはしかめっ面だった。


「悪ぃな。 ほとぼりが冷めるまでなんとか頼むわ 」


 エンデヴァルドはナーサに苦笑いし、慣れたように廊下を奥へと進む。 最奥の部屋のドアをノックもせずに開けると、虚ろな目のセレスがベッドの縁に腰かけて俯いていた。


「シけた面すんな。 ここは俺の専用部屋みたいなモンだし、女将のナーサも信用できる奴だ。 安全は保障する 」


「…… 」


 じっと顔を見つめてくるセレスにエンデヴァルドは少し考え、ため息混じりに『他の娘なら心配するな』と声を掛けた。


「こことは別の遊郭に匿ってもらってる。 もっとも、ビュゼルはお前以外は眼中にねぇだろうけどよ 」


 セレスは城下町カーラーンの北西にあるエレンから逃げてきたばかりだった。 カーラーンで宮廷踊り子をしていたセレスは、エレンの有力貴族ビュゼルに目をつけられたのだ。


 名指しでビュゼルに呼ばれたセレスは仕事仲間とエレンに出向き、突然仲間共々監禁されてしまう。 なんとかビュゼルの屋敷から逃げ出した踊り子の一人が、たまたま通りかかったエンデヴァルドに助けを求めたのだった。


「良かった…… 」


 セレスはホッと安堵のため息をつくが、その表情はとても固い。 1ヶ月以上も監禁されて執拗に体を強要されたセレスは、当初は口もきけないほどボロボロの精神状態だったのだ。


「あの…… 」


 目は合わさず、俯いて小さな声で何かを言おうとするセレスに、エンデヴァルドは咳払いを1つ。


「余計な事は気にするな、腹一杯食べてしっかり寝ろ 」


 そう言ってエンデヴァルドはゴロンとベッドに寝転がった。 何をする訳でもなく、そのままいびきをかき始める。 エンデヴァルドは気の向くまま、セレスの側で一緒の時間を過ごすのだった。





 1週間が経ち、セレスの体調もすっかり回復した。 エンデヴァルドは1日置きにセレスの元を訪れ、ベッドにただ眠りに来ていた。 何をする訳でもなく、言葉すらあまり交わさないほぼ無言の時間だったが、セレスにとってはその時間が心地良かった。 体を求めて来ないエンデヴァルドに、セレスの心は徐々に癒されていったのだった。


 ある日、セレスはこの遊郭の裏で働く魔族の子の話題をエンデヴァルドに振った。


「弟子だと? 」


「ええ。 ベアウルフの子なんだけど、勇者エンデヴァルドに憧れてるんですって。 あなたの話をしたら、とても会いたがっていたわよ? 」


 エンデヴァルドは唖然として暫く固まっていたが、突然大声で笑い出す。


「オレに会いたいだなんておめでたい奴もいるんだな!? 」


「あら、嫌われている自覚はあったのね 」


 『うるせぇよ』と睨み付けるエンデヴァルドに、セレスはペロッと舌を出す。


「女癖は悪いけど、強さや勇気を見習いたいって。 凄く素直で可愛い子なのよ! 私からもお願いするわ 」


「却下。 弟子なんてめんどくせぇだけだ 」


 口では頑なに拒否するエンデヴァルドだったが、まんざらでもなさそうな様子に、セレスは無理矢理ベアウルフの子に引き合わせたのだった。


「レオンです! よろしくお願いします! 」


 幼さが少し残る顔立ちに小さな体。 一生懸命鍛えてエンデヴァルドのようになりたいと話すレオンを、エンデヴァルドはずっと無視し続けた。 が、エンデヴァルドがセレスの元に来る度にレオンは顔を出し、渋々ながらも剣技を教えることになったのだった。


 レオンはセンスが良く、エンデヴァルドが教える事全てを短期間で吸収していく。 面と向かって誉めはしないが、エンデヴァルドもその実力を認め、性格や容姿も含めて気に入っていたのだった。




 エンデヴァルドを唸らせるような剣技を身に付けたレオンは、ある日町の片隅に佇んでいる人間族の女の子を見つける。


「お姉ちゃんが帰ってこないの…… 」


 そう言ったきり泣きじゃくる女の子に、レオンは『必ず見つける』と笑顔で約束する。 女将やセレスに相談して協力を仰ぎ、エンデヴァルドにも頼み込んだが、エンデヴァルドは『めんどくせぇ』の一言でメゾットの町を出て行ってしまう。 レオン達は空いた時間を使って行方不明の女の子を探したが、一か月経っても見つかることはなかったのだった。


 そんなある日、事件が起きる。 女の子を探してメゾットの町を回っていたセレスを、ビュゼルが見つけてしまったのだ。 セレスは身の危険を感じてすぐに逃げたが、ビュゼルの配下に敢え無く捕まってしまう。 強引に馬車に押し込まれ、連れ去られる様子を町の人々は見ていたが、ビュゼルの貴族という権力に誰も止めるものはいなかった。


「助けに行きます! 」


 町の人からセレスが連れて行かれたと聞いたレオンは、迷わず単身でビュゼルの馬車を追いかけてエレンにあるビュゼルの屋敷に乗り込んだのだった。



  


 その日の夕方にメゾットに戻ってきたエンデヴァルドは、セレスがさらわれた事をナーサから聞く。


「あの野郎…… 性懲りもなくまだセレスを追い回すのかよ! 」


 エンデヴァルドは遊廓の敷居を跨ぐことなく飛び出して行く。


「お待ち! レオンの姿も見えないんだよ! まさかあの子…… 」


「…… 馬鹿野郎が! 」


 同時にいなくなったレオンの行動を察し、エンデヴァルドは通りかかった行商人の馬をぶん取ってビュゼルの屋敷へと向かったのだった。



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