42話 束の間の休息
「なんで俺の飯は目刺し一匹なんだよ! 」
リュウの館の食堂に響き渡るエンデヴァルドの怒鳴り声。 メイド服を着て給仕を買って出たマリアは、手のひらにも満たないロウソクのような焼き魚をエンデヴァルドの目の前に乱暴に置く。 食卓に同席しているグランやレテ、セレスの前には、簡素だが焼きたてのパンや具材がたっぷり入ったスープ等が用意されていた。
「私達を岩盤の中に閉じ込めた挙句、存在を忘れて一人のこのこここへ戻りやがったんですから当然です 」
あの後すぐに引き返してきたリュウに起こされたエンデヴァルドは、リュウにマリアとヘレンの行方を聞かれるも、寝ぼけて『先に帰した』と答えたのだ。 岩壁の中に二人がいることを知らないリュウはエンデヴァルドを担ぎ上げて館に戻り、二人は次の日の昼過ぎまでに岩壁の中に放置されたのだった。
「岩壁に閉じ込められて蒸し焼きなんて初めての経験です。 裸まで見られるし…… 魔力さえ戻っていればメテオで消滅して差し上げたのに、本当に残念です 」
マリア達を囲った岩壁は朝から日当たりが良く、隙間は所々に空いていたが風通しが非常に悪かった。 太陽が真上に上がる頃には岩壁の中はサウナのように熱くなり、マリアとヘレンは暑さに耐え切れずに上着を脱ぐ。 それでも汗は滝のように流れ、下着を残して全て脱いで乗り切ろうとしていた。
二人の意識が朦朧とする中、突然岩壁が水のように崩れ去る。 グランやオーク達を交えた大人数で迎えに来たエンデヴァルドとリュウに、二人はパンツ一枚の姿を晒す事になったのだった。
「んで、あの狼娘はどうなった?」
「話を逸らさないで下さい。 魔力が戻ったら即消し炭にします 」
「ジールなら奥の部屋でぐっすり眠ってるわよ 」
いちいち突っかかるマリアに飽きたセレスが、二人のやり取りをぶった斬って答えた。 パイプの煙を燻らせ、『しつこい』とマリアに吹き掛ける。
「いいじゃない、素肌の1つや2つ。 減るものじゃないんだし 」
「オヤジ臭い事言わないで下さい。 減るんです、ゴリゴリ削られました! 年増とは違うんです 」
睨み合う二人の間に火花が散る。 すかさずその間にリュウが割り込んで、『まあまあ』と苦笑いでその場を取り繕っていた。
「ヘレンさんとエルさんが付きっきりで看病してますよ。 気になるならお見舞いしてきたらどうですか? 」
「いや、別にいい 」
エンデヴァルドは目刺しをヒョイと口に放り込み、食堂をズカズカと出ていく。 エンデヴァルドがドアを閉めたタイミングでセレスも席を立ち、静かにドアを開けて出ていった。
「ごちそうさまくらい言ったらどうな…… ! 」
後を追いかけようとしたマリアを、リュウが手を上げて引き留めた。 怪訝な表情をするマリアに、リュウは片目を閉じて優しく諌める。
「何か思うところがあるようですから、そっとしておいてあげましょう 」
「…… あの変態勇者サマにそんな情があるとは思えませんが 」
睨むマリアにリュウがフワッと微笑むと、マリアは少し顔を赤らめて目を逸らす。
「勇者だから、かもしれませんよ? 」
「意味が分かりません…… リュウ様は分かってるのかもしれませんが…… その笑顔はズルいです 」
マリアはそう呟いて調理場へと消えていった。 残されたグランとレテは、気まずい雰囲気にフォークを咥えたままリュウの顔色を伺う。
「さあ、冷めないうちに頂きましょうか 」
リュウは何も気にする様子もなく、目の前のスープに手をつけるのだった。
食堂から真っ直ぐ屋上に出たエンデヴァルドは、ドカッとソファに座り込んだ。 釈然としないきぶんにイライラし、仰向けに寝転んで空を見上げる。 流れる白い雲を目で追うこともなく、ただ悄然と空を見つめていた。
「1杯いかが? 」
その声に目を向けると、セレスがグラス2つを片手に、リュウの酒瓶をプラプラと揺らしていた。
何も言わず再び空を見上げるエンデヴァルドに構いもせず、セレスはエンデヴァルドが寝そべるソファの縁に腰を下ろしてグラスにワインを注ぐ。
「久々に見るわ、あなたのそんな姿 」
エンデヴァルドがイライラしていたのはジールの事だった。 一命は取り留めたが瀕死の状態…… リュウの館の医師の見解では、寝たきりになる可能性もあるとのことだった。
「命はあるもの…… あの時とは違うわ。そうでしょ? 」
「…… うるせぇよ 」
エンデヴァルドは差し出されたグラスを素直に受け取り、酒を一気に喉へ流し込む。
「どうしてるかしらね…… レオン 」
セレスもグラスを傾け、エンデヴァルドが見つめる空を見上げた。
「どうしてるもこうもねぇだろ。 アイツは…… ああ…… 今は満開かもな 」
エンデヴァルドは目を閉じてため息を吐く。 セレスはそれを見てエンデヴァルドのグラスを取り上げ、テーブルに置いた後にエンデヴァルドの上に寝転んだ。
「重てーよ 」
「レディに向かって重たいはないでしょ。 本当は嬉しいくせに 」
文句を言うエンデヴァルドもセレスを押し退ける事はなく、目を細めて再び空を見つめた。
「2年…… だな、あれから 」
「早いものね。 私にとっては2年なんて瞬きするくらいあっという間…… 」
それはエンデヴァルドとセレスが出会うきっかけとなった、飴玉事件が起きる2年前の事だった。




